七月のかすみ草

あの日から6年が経ちました。「思い出」と言うにはあまりにも辛く重いものですが、いつまでも胸の中に。。。

にゃんこ

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ミミに毛が生えた日

 
ヤフブロで記事、コメントの投稿を出来るのがいよいよ明後日までとなりました。
ほぼ幽霊ブログに今までお付き合い下さり、本当にありがとうございました。
せめてもの御礼と、最後の記念に記事を書いておこうと思います。
 
先日新しい家族「シッポ」を迎えたのは、重病で先の長くない子がいたからでもありました。
その子が天に召されて、まだ寂しさも抜けきらないある日の夕方、メダカに餌をあげていると仔猫の鳴き声が?
車の下を覗き込むと、全身がひどい皮膚病で、とくに顔の辺りが疥癬特有の毛が抜け落ち、象のようなガサガサ肌になった小さな子がいました…。
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それほど人間を怖がる様子も無く、これだけ幼い仔猫が自分で親元を離れてきたとは考え辛く、おそらくこの子の病状が手に余った飼い主が放り出したのだと思われます。(ウチの前にピンスポットで捨てていった?)
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フードはしっかり食べたのでケージに入れておき、家の子達の晩ご飯を終えてから動物病院へ。
生後およそ2カ月の男の子で、やはり疥癬でした。
しかも原因のヒゼンダニは通常は検査で見つかりにくいにもかかわらず、簡単に100匹くらい見つかったと獣医も驚いていました。

駆虫薬を垂らし(注射のほうが効くのですが生後3カ月からしか打てないそうです)、薬の効かない卵のヒゼンダニが孵化する2週間後にもう一度薬を使って全快となります。
 
元気な成猫に疥癬はうつりにくいそうですが、もしうつったらまた病院で散財することになるので、この子は車の中に隔離することに。
ミニバンの3列目シートを上げてスペースを作り、トイレを置くとすぐに覚えてくれました。
病院では名無しということにしておきましたが、名前が無いととにかく不便だし、耳がやたらと大きいので、そのまんま『ミミ』に(苦笑)
 
日中はハッチバックを上げて、外と車中を自由に出入りさせておきましたが、雨風で締め切りにするとなれば危険な暑さになり、またいつまでも車上生活させておくことも出来ず、感染のリスクもありましたが投薬から3日目に家の中に入れてみることに。

ミミに対し最初は威嚇する子もいましたが(↓シルバー(♀))、ミミがそれに全く動ずる様子が無いのは驚きでした。
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すぐにみんニャと馴染んでゆくミミを見て、里親募集で他の飼い主を探すより、
亡くなった子の代わりの縁で、うちにやってきた来たのだと思うことにしました。。。                         
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                                 ↑シルバー(♀)
                 
                    「ゴハンまだかニャ❤」
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駆虫薬から一週間後、シャンプーの許可が出たので、ミミの生涯で(たぶん)最初で最後のお風呂に入れました。
昔はうちに迎えた子は、まず最初にお風呂に入れるのが慣例になっていました。

洗面器のお風呂も、ほとんど暴れずに無事終了♪
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シッポとは歳が一番近いせいか(体重は一番差がありますが(笑))、よくじゃれ合っています。
↓シンクロかっ!①→②→③
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                                                          ZZZ...
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3日前、ミミの疥癬の2度目の治療に行ってきました。
体重は倍!になっていたので、生後3カ月からの注射を打ってもらい、これで治療は完了。
最初はハゲ散らかしていた(笑)オデコや耳にも毛が生えて来ました♪
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2週間後には3種混合ワクチン、生後6か月を過ぎたら去勢手術とまだまだ大変です・・・。

でも、ミミが一番幸せな一生を送れる場所はこの家なんだと、
そしてミミが最期の瞬間にそう思ってもらえるように、常に何をすべきかを考え続けてゆきます。
それが生き物を飼うということの、責任と誓い。

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                          ミミ→シルバー→アトデ

                                     ミミに毛が生えた日・終      



シッポが鳴いた日

 
シッポとのスキンシップは取れるようになりましたが、それは食事時のみの触れ合いで、ねぐらに帰った後の夜の寒さや雨風の日に辛い思いをしているのではないか、そんな心配が大きくなってくる中、家の子たちに異変が起こり始めました。

いつもご飯のおかわりを催促する子が食欲を無くし、空っぽの嘔吐を繰り返すようになり、そして他の子も次々と同じ症状に…。

猫パルボの惨劇が頭をかすめましたが、皆ワクチン接種を受けていて、ただ毎年ではないため効果が薄れている可能性もあるので、一人の子を病院で診てもらったところ、僕の町のみならず両隣りの市町にまで猫の胃腸炎が大流行していることを知りました。
ただ重症化することはなくて一週間程度で治まるそうですが、その期間ほぼ絶食状態になるため体力の低い子は命の危険も。
人間でいう胃薬を飲ませるとで症状は早く改善するそうで、うちの子全員分の薬をもらい、順番のように胃腸炎に罹る子が出ても、初期に罹った子には食欲が戻り始めました。
 
家の中がそんな状態でもシッポの食欲は変らず安心していましたが、数日後、ピタっと食べなくなり、辺りに嘔吐の跡が…。
胃腸炎の感染は間違いなく、僕の呼びかけにも応えず裏山の斜面にじっと座ったまま…。
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スキンシップは取れるようになっても、口を開けさせて薬を飲ませるのは無理。
食欲も無いため、フードに薬をしのびこませて一緒に食べさせることも出来ない。
動かず、ただじっと耐えて病いをしのごうとする姿に涙が出そうになりました。
やがて暗くなり、何も食べないままシッポは僕の知らないねぐらへと帰って行きました…。
 
このまま、もうシッポに会えないかも…そんな不安のまま迎えた次の日の朝、それでもシッポは来てくれました!

何も出来ないまま、こんなにも心配するくらいなら、
万一の時に後で後悔するくらいなら、
シッポを家に迎え入れよう!そう決心しました。

玄関の前で呼び、開いた玄関から中の様子を伺いながら入ってきたシッポを、素早く抱え上げて4階建ての巨大ケージに放り込みました。
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暴れるのを覚悟していましたが、意外にもケージの中でおとなしくしていて、しかも匂いを嗅ぎに来る子たちに対し、シッポが全く威嚇しないことにも驚きました。
うちには異常に人見知り(猫見知り、犬見知り)しない子がいるので、その子を試しにケージに入れてみても、お互い平穏状態のまま。

他の子も入れたり出したり、夕方には家の中を少しづつ探検させ、廊下の突き当たりにシッポ専用のトイレを作り、また缶詰フードと一緒に薬も食べて嘔吐も無く、胃腸炎をほぼ丸一日で克服してしまったようでした☆彡
 
2日後の朝には他の子と一緒にご飯を食べさせてみましたが、ほぼトラブル無し。
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唸り声をあげる子がいてもケンカにまでは発展せず。 

布団の上で平然とオシッコをするのには参りましたが、すぐに玄関にある他ニャンとの共同トイレに入るようになって安堵♪
 
しばらくは廊下の突き当たりを自分の拠点としていましたが、やがてみんニャと一緒の部屋にいるようになり、それまで気付かなかったシッポのいくつかの特性を知ることに。
他ニャンにシャーッ!や猫パンチをされると、すぐにションボリして退席する…。
僕が嫌がることをしたり、のちに去勢手術で病院に連れて行って暴れた時も、普通なら出血するくらいに引っ掻いたり噛みついたりするはずが、暴れていてもちゃんと加減してくれる。
それは小さい頃にきょうだい猫と一緒に育った証で、シッポのかなりの甘えんぼ体質も発覚しました(笑)
 
他ニャンにペロペロ毛づくろいをされると、「至上の喜び」とばかりにウットリ❤
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                          「ねーちゃん❤」
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他の子とも打ち解けていって、、、
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家猫の中で最年長のたれちゃんとも、くっついて寝ていました!
写真を見ていたら、ふたりの姿がハートに見えてきました❤
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こうして、すっかりシッポは我が家の一員となり、親父から「もう猫は増やすなよ」と言われていたにもかかわらず、更に大家族化が進んでしまいました(汗)。
家ニャンが全部で何匹になったかは、個人情報の兼ね合いから明言を避けますが、
遂に二ケタ突入!とだけお伝えしておきます…。
 
ある日の「日向ぼっこだョ!全員集合」の風景。。。
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優しいお兄ちゃん、お姉ちゃんたちに囲まれて、よかったねシッポくん^^
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本当によかったね。。。
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野良シッポが毎朝うちに来るようになってからのこと、
その日は名前を呼んでも現れず、諦めていたら僕の背中から猫の鳴き声が・・
?と見るとシッポがそこにいました。
何とも可愛らしく、子猫のような甲高い鳴き声に思わず笑ってしまいました^^
「お前そんな可愛い声してたのか!」
野性の残る猫は、自分の存在や痕跡を隠したがります。
鳴き声を上げるのも危険な行為で、僕にその存在を伝えるために鳴いてくれたことが、僕への警戒心を完全に解いてくれたことが何より嬉しかった。
 
あの鳴き声を初めて聞いた瞬間から、
僕はシッポを飼うことを決めていたのかもしれない。
 
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                                                                                シッポが鳴いた日・終


シッポに触れた日


  
その子との初めての出会いは今年の2月に入ってすぐ、近所の地域猫とのケンカの真っ最中でした。
キツネ?!と見紛うくらいに尻尾が膨れ上がっていて、普段は見かけない子なので発情期のオス猫の一時出張かと思っていましたが、かなりお腹を空かしているようで、フードを置いて僕が離れるとすぐに食べていました。
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それから数日、うちから三軒隣の空き家の裏にフードを置き、その子の姿は見えなくても、数分離れて戻るとフードが無くなっている、ということが続き、
更に数日後、どうやって分かったのか、我が家の裏にその子が姿を見せるようになりました!
 
空き家までフードを運ぶのは面倒だったので、そのまま「餌付け」をすることに。
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最初は僕の姿を見るだけで逃げていましたが、数粒フードを置いて、食べては置く、を繰り返し、空腹に耐えかねて少しずつ僕との距離を縮めていきました。
そして朝夕、「ご飯だよ〜!」の声と一緒にその子の名前を呼ぶと、しばらく経ってから現れるのが日課に。
 
名前は見たまんまの、「シッポ」くんと名付けました(笑)
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毎日少しづつ間合いを詰めていき、無我夢中でフードを食べている隙にオデコを触れる距離まで近付いた時点で、もう僕の「勝ち★」でした^^
耳をつまんだりした後は肩甲骨と進み、背中を触られて最初はビックリして飛びのいていても、やがて食べてる最中に尻尾の付け根までカジカジされても、諦めて食べ続けるようになりました。。。

そして、こんなポーズまで見せるように❤
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ただ、真冬の一番寒い時期のこと、段ボール箱の中などには入るはずもなく、
寒風をしのげるエアコンの室外機の囲いの中で食べさせても、食べ終わると何処かへと消えてしまう…。
僕の知らないシッポの日常を心配する日々が続き、そして家の子達にも心配な出来事が起こり始めました…。
 
                                      シッポに触れた日・終   
 

家の子と外の子と

 
ここしばらく落ち込んでいました…。
 
以前生まれたばかりの外ネジの子猫たちの姿をお伝えしましたが、
そのうちの一匹を我が家で引き取り、もう一匹は近所の方に引き取られ、
残った2匹は里親募集を出しながら、交通事故に遭わせないように物置の中で
生活させ、朝夕のご飯時に、見守れる時間がある時は日中も外に出して遊ばせていました。

でも引き取り手は現れないまま月日は過ぎ、仲良し兄弟が引き離されるよりも、
このまま地域猫として暮らしてゆくのも幸せかも、と思うようになっていました。
生後半年を過ぎた頃からは、気休め程度の高さの柵ですがそれで門をふさぎ、
外に出しておく時間も長くなっていきました。
 
数日前、その兄弟の一匹が突然元気が無くなり、病院に連れて行ったところ、
皮膚の下に腸が飛び出し、肋骨にもヒビが入っていて、おそらく交通事故に遭ったらしいとの診断でした…。
 
治療をするのであれば高額になるのは必至で、折しも先月我が家の猫が入院し、
その治療費に20万円近くを支払ったばかりでした。
この子を助けるにはそれ以上の治療費がかかるのは間違いなく、
仮に治療が済んで元気になって退院しても、その翌日に車にひかれて
死んでしまうかもしれない、という現実…
僕はそれ以上の詳しい検査はせず一晩だけ入院させ、弱った心臓を持ちなおす治療だけを頼みました。
翌日少し元気になったその子を連れ帰り、物置でペーストにした食べ物を注射器で与えていましたが、数日後に息を引き取りました…。
 
いつこんなことが起こっても諦めがつくように自分に言い聞かせ、
後悔の無いように、毎日出来る限りの愛情を注いできたつもりでした。

でも

道路に出る怖さをもっと強く教えればよかった、
もっと必死になって里親を探してあげればよかった、
後悔は次から次へと止めどなく、、、

名前を呼ぶと全速力で走って来て、僕の膝にじゃれついていた可愛いその子を、
まだ一歳にも満たないその子を、僕は見殺しにしました。
助けようとすれば助けられたはずの、小さな命でした…。

家の子と外の子と、その扱いの差の「一線」を実際に引くのが、これほど重く辛いこととは知りませんでした…。

  

 
 
これまで、家の子が亡くなった時は少し離れた畑の空き地に埋めていましたが、
この子は毎日兄弟で遊んでいた庭の、子供のビワの木が2本並んで立っている
その後ろに埋めてあげました。
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このビワの木が実を付けるまでに育ってくれることを祈っています。。。
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                      弟?も毎日会いに来れます。


もし不幸にも、この子まで事故に遭って命を落としてしまった時は、きっとこのお墓の隣に埋めることになると思います。
 
その時、僕は涙を流さず弔うことが出来るだろうか?
外の子として、事務的に機械的に処理することが出来るだろうか?
 
それが分別ある大人として成長したことになるのか、
あるいは、老いが感情が鈍らせただけなのか、
その時の自分に問うてみなければ分からない。
 
でも多分その時の僕も、今と変らずに後悔と涙をしてしまうのでしょう。
 
  
家の子と外の子と・終
 

この光景を見るために

 
今年最後の記事の更新になります。
 
12月中旬、一大決心をして我が家の(小)改装をしました!
改築といっても壁をぶち抜いて、そこを窓にする、というものです。
うちの廊下の突き当たりは南に面しているのに壁(と隣の部屋の押し入れ)になっていて、この家が建ってからずっと、もしここに窓があったらどんなに家が明るくなるだろう。。。そう考えてきましたが、たぶん縁起の方角などを考えての間取りと思われ、
しかし両親が相次いでがんで亡くなり、姉とは縁を切った状況で、もう縁起の話でもないだろうと、一念発起しました。
 
うちの猫たちは現在、完全室内飼いですが、以前は好きな時に外に出して遊ばせていました。
しかし初代のネジくんが一歳の誕生日目前に家の前の道路で交通事故に遭い、命を落としてからは、もう決して猫たちは外に出すまい、と心に決めました。
 
猫はストレスをあまり溜めない生き物なので、家の中だけの生活でも不満は無いようですが、小窓を開け網戸にすると数匹が急いでやってきてそこから外を眺め、
朝の陽が差し込む玄関で猫たちがたむろしていたり、陽の光や外の景色に飢えているのは明らかでした。
南向きの窓がある部屋もありますが、大量の大切な荷物を置いていて猫たちを入れると荒らさせてしまうため締め切っています。
 
猫たちに不自由な想いをさせていて、でも事故の危険にさらすわけにはいかない。
その板挟みで胸が痛むのが僕の日常となっていました。
外に出せないのなら、せめて目一杯、体中で太陽を浴びられる場所を作ってあげたい、それが今回の改築の本当の目的でした。
 
さすがにこの工事だとDIYの域を越えているので、近所の工務店に相談してみたところ、台風でも大丈夫なシャッター付きの窓枠を勧められました。
見積もりの段階で決して安くはない工事費でしたが、親父が僕名義で残してくれていたお金があり(本人名義の口座などは現在も凍結中)、台風に壊された所の修繕は自分の手作業で出費を最低限に抑えているし、そのお金を使わせてもらうことにしました。
 
工事の始まる直前まで、徹夜で玄関や廊下の荷物整理に追われていましたが、
いざ工事が始まってしまうと天候にも恵まれ、すこぶる順調に進んでいきました(職人さんは二人だけ)。
 
突き当りのスペースが押入れだった場所で、その手前までが廊下です。
下のほうに何か小さいものが写っていますが、前の記事同様、今はまだ秘密にしておきます^^
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そして、なんと工事開始から2日目で完成!

そして
 
この光景を見たかった。。。
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現在8匹にまで膨らんだ我が家の猫たちですが、奇跡的とも言えるくらい全員が仲良しです❤
このブログにお付き合いの長い方でも知らない子ばかりだと思いますが、追々に紹介してゆきますので。

新窓の外観になります。上部の天袋の部分にシャッターが入っています。
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物置暮らしをしている長女のメイがやってきました。
メイは他の子たちを危険にさらすイタズラをするようになり、いくら叱っても繰り返してしまうため、家猫を卒業、庭の物置を住家にする外猫になりました(この子の知恵があれば交通事故とは無縁).。
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       メイ「みんニャ、ひさしぶりニャね♪」
 
オシッコをさせに庭に出してあげたジュンくん、ついでに日向ぼっこを。
(3代目)ネジくんも遊びに来てました♪
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ヒトよりはるかに短い生涯を駆け抜けるこの子たちだから、せめて幸せな時間を一瞬でも多く過ごさせてあげたい。
その一心からの今回の工事でした。
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翌日から朝の日課が一つ増え、暗い新窓の前で
「シャッター開けるよーっ!」
僕がそう叫ぶと猫たちが集まってきて、シャッターが上る中、我先にと庭を眺める。
でも朝陽は差しこまないので、しばらくすると寒くなってファンヒーターの前に帰って行くのでした(笑)
というわけで、今年一年も本当に沢山のいろいろなことがあり、満足に記事を書く余裕すら無かったのが実情です。
 
(元)姉との相続問題は、弁護士同士の話し合いによる解決を模索していましたが、
バカ女の頑な要望により裁判(調停)が正式に決定し、来月から月に一回程度裁判所に通うことになりました。
弁護士から、短くとも一年は覚悟するように言われています。
 
台風で被害を受けた屋根もいまだ修繕中で、この記事を書き終えたらまた屋根に登ってきます。

それでも「困難を楽しめ!」の言葉を胸の中でくり返しながら、来年も僕は生きていきます。
親父やお袋が生きられなかった、来年を生きていきます。
 
それでは本年も拙いブログにお付き合いして頂き、誠にありがとうございました。
来年の始め、「恒例の記事」でお会いできることを祈っています^^
 
  
この光景を見るために・終
 

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