七月のかすみ草

あの日から6年が経ちました。「思い出」と言うにはあまりにも辛く重いものですが、いつまでも胸の中に。。。

〜音の便り〜

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この歌は震災2年目の日に向けて、当時作っていた歌です。
ただ曲も詩も、どうしてもサビの部分以外が浮かんで来なかったため、震災の日に間に合わず、以来作りかけのままになっていました。
もっとある程度形になってから載せるつもりでしたが、ヤフブロが無くなってしまうので、お別れの記念の意味も含めて、未完成ですが載せておきます。
(タイトルも無かったので、さっき付けました(歌詞のまんまですが)。)

 
 
〜孤独の空、記憶の町〜

 
孤独の空 記憶の町
臨む言葉 月の調べ
  
  骸(むくろ)にさえ 永久(とわ)の旅を
未来目指す羅針 乗せて

繰り返す 波の枷(かせ)に負けぬように
どうか、どうか
 この碑を標(しるべ)にして
  

 
孤独の空 記憶の町
臨む言葉 月の調べ
  
骸にさえ 永久の笑みを
生まれ月の花で満たし

繰り返す 風の傷に消えぬように
どうか、どうか
この碑を標にして
  
  



 
先日、ある報道番組で震災に関する内容のものを放送していました。
震災当時小学一年生だった女の子の成長を追ったものでした。
  
祖父母の家に引き取られ数年が経ち、生活の中で意見がぶつかるようになる。
お婆ちゃんとの言い争いの中、その子の口から出た言葉、
「お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、私が殺したって思ってるんでしょ!」
うろたえるお婆ちゃんは、泣きながら、ただ抱きしめてあげるしかなかった。

震災当時、その子は学校から友だちの車で避難先へ向かった。
それを知らない父母は姉を車に乗せたまま、必死にその子を探しているうちに津波の犠牲になった。
その子は自分のせいで家族みんなが死んだ、という思いを胸の中にずっと抱え込んでいた。
そして泣く代わりに、自分の過去を恥ずかしいものと思い人にも話さなくなくなった。
  
昨年、その子に転機が訪れる。
被災した子供たちを対象にしたカナダのホームステイに招待され、そこで彼女は自分の体験を人に伝えることに価値を見出した。
帰国後、さらに大勢の前で歌声を披露するまでになった。

震災の翌年のこと、被災者を励ます手作りのコンサートが行われ、会場にいたその子はコンサートの終わり際、自分も歌いたいと言い出し、たった一人で大人たちの前で歌った。
小学2年生とは思えない伸びやかな声は天性のものに思えた。
その歌声が戻ってきた。

ある雑誌のインタビューで、高校に進学したらその間に留学して歌を勉強に行きたいと語っていた。
すべてのために震災から一年目直前に完成したこの歌を、結局どこへも発表しないままにしていた。
せめて譜面だけでも仕上げて、彼女に送ろうと思う。
(市役所に事情を説明して送り付ければ、たぶん届けてくれるだろう)

この歌が彼女の傷を癒してくれたらいい。
その歌声を聴いたすべての人の癒しになれば、もっといい。
 


〜すべてのために〜 
  
 
色の無いあの日の空に 大きな虹をかけたら
 
こんな苦しい想いも 遠くに晴れてゆくかな
  
 
すべてはすべてのために 心に灯る命は
  
未来を紡いでゆける 絆を求め続けて
 
 
いつか冷たいこの指が 君の頬包むだろう
 
遠ざかる思い出も そっと君の背中を
 
ずっと見守っているから・・・
  
ラララ・・・・
  
  
  
「すべてはすべてのために」 あなたが残してくれた
  
柔らかな温もりを 今は剛さ(つよさ)に代えて
  
  
降り出した雨たちが その涙拭うだろう
  
大空に 陽は戻り
  
暗く沈んだ心も 虹の色のひとつになる・・・
  
ラララ・・・・


 
 
今日は東日本大震災から6年目の日です。
あと、昨日は本来なら母の一周忌でしたが、今年の七月に父の三回忌も控えており
それと併せて行うことになりました。
 
その二つと特につながりは無いのですが、たまたま昨晩ふと、ある「うろ覚え」の歌が気になり、YOUTUBEで見つけ聞き入っていました。
ビデオクリップとライブ版のものもいくつか見つかり、気が付くとそれらを繰り返して
ずっと聞き入っていました。。。

現在は活動休止中のJungle Smile(ジャングルスマイル)というバンドの
♪抱きしめたい という曲でした。
 
 
〜想像しよう、独りじゃないと 耳を澄まそう、感じてみよう
ほら今日も誰かの涙が、風になって君を包むよ
 
ねぇ、あなたも独り怯えてるの?
みんな惨めで弱いのかな…
もっと勇気があったなら 私あなた抱きしめてた
 
私も独り怯えてるよ
ちっぽけで情けないんだよ
もっと勇気があったなら 私あなた抱きしめてた〜
 

冒頭でも触れましたが、今日で東日本大震災から丸6年が経ちました。
いまだにその傷を癒せずにいる人は数多くおられると思います。
人前では気丈に笑顔で振舞っていても、この歌のように陰では涙している人も
きっと…。
 
出来ることなら、抱きしめて励ましてあげたい!
そう思う数多くの手があることを、被災者の方々に忘れずにいて欲しいと、
そう、切に願いました。

 
♪抱きしめたい (Jungle Smile) ・終


♪若者のすべて


 
今年の夏も本当にいろいろな、そして大変なことが沢山ありました。
その夏の後半から今日現在に至るまで、飽きもせずに一日最低でも2回以上は口ずさんできた歌があります。
フジファブリックというバンドが2007年に発表した『若者のすべて』という歌です。
冒頭の歌詞の「♪真夏のピークが去った」に合わせて記事をアップしたかったのですが一足遅れてしまい、それどころではなかった、というのが本当のところ、、、

この歌はこれまでに数多くのミュージシャンがカバーしている名曲で、
オリジナルの紹介の前に、まずは歌詞の字幕が付いている、ミスチルの桜井がカバーしたバージョンを。
(最近ミスチルのプロデューサーの小林武史が自身の娘にもカバーさせています)


まるで自分の持ち歌のようにしてしまう、桜井のボーカリストとしての恐ろしさを感じます…。
記事の最後にオリジナルの、フジファブリックによるビデオクリップを載せておきますが、桜井のような派手さは無くとも、どこか“ぼくとつ”で温かみのあるボーカルです。

この歌を作詞作曲し、リードボーカルも取っている志村雅彦さんは、バンド名の由来にもなった山梨県富士吉田市の出身で、
2012年のある三日間だけ、歌詞にも出てくる「夕方5時のチャイム」そのままに、
この歌のメロディーが富士吉田市の夕方の時報として流れたそうです。
 

防災無線の時報に(流行りの)ポップス曲が使われるのは異例のことではありますが、その背景には、この歌が発表された2年後の2009年に、志村雅彦さんは29歳という若さで亡くなられていて、その死を悼んで同級生たちが企画したものでした。

志村さんは自宅のパソコンの前で病死しているのを発見され、ご家族は死因の特定をされなかったそうです。
そこには、「それが分かったところで…」という、ご家族の深い深い悲しみが伺い知れました…。

これほどの曲を書ける才能を持った人が若くして亡くなってしまう、その不条理さ、
無念さ、そして悲しさ…
その事実を踏まえて、もう一度この富士吉田市のチャイムを聴くと、
その音色は違ったものに、そして歌詞の通り、まさに「胸に響いて」来ると思います。
(今年の7月も期間限定で、このチャイムが流れたそうです)

**********************************
補足の説明として、バンドのほとんどの歌の作詞作曲をし、リードボーカルも担当していた中心メンバーが亡くなったことで、誰もが解散を予想したフジファブリックですが、残りのメンバーがボーカルと曲作りの続行を宣言し、一昨年武道館公演を成功させるなど、志村さんが在籍していた頃よりも更に活躍の場を広げています。
**********************************
 
 
冒頭に書いたように、今年の夏は僕にとって大変なことが沢山ありました。
 
姉の離婚原因が男との浮気と判明し、その浮気男とグルになって親父の遺産相続の裁判を起こしてきたため、姉弟の縁を切り、現在互いに弁護士を立てて係争中…
弁護士との打ち合わせの度に、そこへ向かう車中でこの歌を口ずさんでいました。

そして台風9号はこれまでの僕の生涯最強の台風で、その被害も甚大でした。
自宅は瓦が数枚飛んだだけで済みましたが、
空き地に植えてあった杉の巨木が倒れて隣りの家のブロック塀を全壊させ、
サーファーたちに貸している家の屋根瓦の半分近くが砕けてダメになり、
(どちらも保険に入っていないため、業者に頼めば相当な金額に…)
更にしっかり固定していたトタンがあの豪風で吹き飛び、近所の車に傷をつけ10万円近くの修理代を請求をされています。
更に更に弱り目に祟り目、、、借家の水道管が老朽化で水漏れしていたのに気付かず、2万5千円もの水道代の請求が…。 
 
次から次へと起こる問題にそれでも、いえ、それだからこそ、この歌を頭の中で繰り返していたのかもしれません。
台風9号の豪風の中、カッパを着てずっと外を見回っていました。
身体を浮き上がらせるほどの風に悪戦苦闘しながらも、この何処かひょうひょうとした歌声が頭の中で流れていて、そのお蔭なのか、冷静を保っていられたような気がします。
 
どんなことがあっても、今生きていることへの感謝と喜びを忘れずに。。。



 ♪若者のすべて・終


 
ブロ友から大切な人がいなくなったと聞いた
てっきり転勤や引っ越しで会えなくなった程度のものと思い込んでいた
しばらくして
それがもう二度と会えない別れだったと知った
 
悩んだとき
泣いたとき
辛いときに
いつでも飛んできてくれる「心友」と
自慢げに話すのを何度も聞いていた
 
一体どれほどの悲しみの底にいたんだろう
心配するブロ友たちに
嘘でも元気な声を聞かせてあげられない自分を責めていた
 
ようやく最近少しづつ食べ物を食べられるようになったと
そう聞いて安心した
 
心優しいブロ友と
そして宙の上の「心友」へ
 
 
 
中島美嘉/FIND THE WAY

どうして君は 小さな手で
傷を背負おうとするのだろう
誰かの為だけじゃない 見失わないで
どうして僕は 迷いながら
逃げ出すこと出来ないんだろう
望むのは光射す日を 日を…
 
君は言った 永い夢をみた
とても哀しい夢だったと
それでもその姿は 少しも曇らない
僕は言った 泣いていいんだと
ずっと傍にいてあげるよ
欲しいのは 抱き上げる手を 手を…

FIND THE WAY
言葉なくても
飛ぶ翼(はね)はなくても
乱す風に負けぬ様に
今誰より早く 痛みに気付けたなら…

FIND THE WAY
輝く宇宙(そら)に 手は届かなくても
響く愛だけ頼りに
進んだ道の先 確かな光を見た…
YOU'LL FIND THE WAY
 
 
 
 
 
 
大切な人が宙(そら)への道を迷わないように
その道を照らしてあげることが
地上に生きる僕たちの役目
 
僕たちが生きることで
その道を照らしてあげられる
 
追って命を絶てばその道を一緒に行けるなんて
僕のおごりだったと
最近になってようやく分かってきた気がするよ
   
 
♪FIND THE WAY・終
 

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