まるで自分の持ち歌のようにしてしまう、桜井のボーカリストとしての恐ろしさを感じます…。
記事の最後にオリジナルの、フジファブリックによるビデオクリップを載せておきますが、桜井のような派手さは無くとも、どこか“ぼくとつ”で温かみのあるボーカルです。
この歌を作詞作曲し、リードボーカルも取っている志村雅彦さんは、バンド名の由来にもなった山梨県富士吉田市の出身で、
2012年のある三日間だけ、歌詞にも出てくる「夕方5時のチャイム」そのままに、
この歌のメロディーが富士吉田市の夕方の時報として流れたそうです。
防災無線の時報に(流行りの)ポップス曲が使われるのは異例のことではありますが、その背景には、この歌が発表された2年後の2009年に、志村雅彦さんは29歳という若さで亡くなられていて、その死を悼んで同級生たちが企画したものでした。
志村さんは自宅のパソコンの前で病死しているのを発見され、ご家族は死因の特定をされなかったそうです。
そこには、「それが分かったところで…」という、ご家族の深い深い悲しみが伺い知れました…。
これほどの曲を書ける才能を持った人が若くして亡くなってしまう、その不条理さ、
無念さ、そして悲しさ…
その事実を踏まえて、もう一度この富士吉田市のチャイムを聴くと、
その音色は違ったものに、そして歌詞の通り、まさに「胸に響いて」来ると思います。
(今年の7月も期間限定で、このチャイムが流れたそうです)
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補足の説明として、バンドのほとんどの歌の作詞作曲をし、リードボーカルも担当していた中心メンバーが亡くなったことで、誰もが解散を予想したフジファブリックですが、残りのメンバーがボーカルと曲作りの続行を宣言し、一昨年武道館公演を成功させるなど、志村さんが在籍していた頃よりも更に活躍の場を広げています。
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冒頭に書いたように、今年の夏は僕にとって大変なことが沢山ありました。
姉の離婚原因が男との浮気と判明し、その浮気男とグルになって親父の遺産相続の裁判を起こしてきたため、姉弟の縁を切り、現在互いに弁護士を立てて係争中…
弁護士との打ち合わせの度に、そこへ向かう車中でこの歌を口ずさんでいました。
そして台風9号はこれまでの僕の生涯最強の台風で、その被害も甚大でした。
自宅は瓦が数枚飛んだだけで済みましたが、
空き地に植えてあった杉の巨木が倒れて隣りの家のブロック塀を全壊させ、
サーファーたちに貸している家の屋根瓦の半分近くが砕けてダメになり、
(どちらも保険に入っていないため、業者に頼めば相当な金額に…)
更にしっかり固定していたトタンがあの豪風で吹き飛び、近所の車に傷をつけ10万円近くの修理代を請求をされています。
更に更に弱り目に祟り目、、、借家の水道管が老朽化で水漏れしていたのに気付かず、2万5千円もの水道代の請求が…。
次から次へと起こる問題にそれでも、いえ、それだからこそ、この歌を頭の中で繰り返していたのかもしれません。
台風9号の豪風の中、カッパを着てずっと外を見回っていました。
身体を浮き上がらせるほどの風に悪戦苦闘しながらも、この何処かひょうひょうとした歌声が頭の中で流れていて、そのお蔭なのか、冷静を保っていられたような気がします。
どんなことがあっても、今生きていることへの感謝と喜びを忘れずに。。。