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入院初日の夜はたぶん一睡もしていなかったと思います。
猫たちのことも気がかりでしたが、急きょ入院が決まった病棟は、お年寄りの末期治療、緩和治療が主で、そこの4人部屋でした。
(翌日知ることになるのですが、その部屋から3〜4つ隣りが1年前にお袋が入院し、息を引き取った部屋でした。)
食事の時に痛み止めを服用しましたが、やはりそれだけでは治まらず座薬を入れてもらい、痛みのほうはどうにか落ち着きました。
しかし消灯後、しばらくすると廊下を挟んだ向かいの部屋の辺りから、認知症と思われるお婆さんの「煙が来てるよ!火事だよ!」という声が聞こえ始め、息子?の名前まで連呼するように。
看護士さんたちはいつものことなのか、そのうち眠ると思っていたのか、結局対応に来たのは深夜になってからでした。
会話でなだめた後、薬で眠らせたのか静かになり、これでやっと眠れる思ったら、今度は台風の豪音が響き始めました。
昨年の台風9号で未曽有の被害を受けたことを書きましたが、今年はそれ以上の強風が吹いたようで、話しによれば砂浜の砂が海岸沿いの道路に押し寄せ、砂浜が空っぽに近い状態になったそうです。
停電も発生し、夕方近くまで復旧が遅れたため、町で唯一のスーパーまでもが臨時休業したそうです。
僕の家回りの物も強風対策を取れないまま入院することになってしまったので、重しを乗せることが出来なかった物が片っ端から近所へ飛散し、後述するお爺さんがそれらを拾い集めてくれたそうです。
病院のベッドで豪風の音を聞いている間、怪我の前に新しく作った窓のシャッターを下ろしてきて本当に良かったと、胸をなで下ろしました。
もしもガラス戸のままだったら飛んできたものでガラスは確実に砕け、そうなった後の惨状は想像に堪えません…。
風の音は外が明るくなってから、しばらくすると止みました。
翌朝、携帯電話は間もなく電池切れとなり無用の長物となりました。
とにかく一刻も早く猫たちの世話をしてくれる人を見つけなければいけない。
病院へ運んでくれた従兄弟の家は猫とは無縁で、また係争中のバカ姉と親しい人物のため頼りにするわけにはいかない。
唯一の親戚の叔父の家は自宅から20キロ以上離れているので、毎日餌やりを頼むには無理がある。
朝9時を回った頃、昨晩怪我の報告だけしておいた、向かいの家で独り暮らしをしているお爺さん(←?結構なお歳だがサーフィンやバイクを今でも。)がお見舞いに来てくれ、説教もしてくれました(苦笑)。
猫たちの世話を頼みたかったのですが、糖尿から来る持病がいくつかあり、東京の病院に泊りがけで通う日がしばらく続いてしまうとのこと。
別の近所のご夫婦にも僕の入院を知らせてくれていて、お爺さんと入れ替わりでそのご夫婦もお見舞いに来てくれました。
近所で猫を飼っている家は唯一そこのご夫婦だけということもあり、うちの猫たちの面倒を頼むと快諾してくれました。
僕の家の中はそこらじゅう荷物であふれかえっていて歩くと危険なので、玄関から上がった場所に餌場を作ってもらい、ふたつある猫用トイレも家の奥まったほうはそのままで、玄関に置いてあるもののほうだけ処理を頼みました。
他にも物置にいる2匹の(外)猫の餌とトイレ、メダカの餌やりも引き受けてくれ、
一気に肩の荷が下りました。。。
帰り際に「一生の恩に着ます!」と言うのが精一杯で、それ以上は胸が詰まってしまい、言葉を声に出来ませんでした。
その日の夜は昨晩のような騒がしい声も無く、ようやく安心して眠れたように記憶しています。。。
涙の入院日記 その2・終
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