出張る福島県

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上の写真は、17年5月2日の写真です。
湯川村の道の駅から、北北西にレンズを向けています。
手前の菜の花は、阿賀川堤防に咲いたものであり、
遠くの雪山は飯豊山(2105m)に連なる峰々です。

写真の右端辺りが、福島県・山形県・新潟県の県境があります。
通常は一点で3県が分離されるのですが、
この場合は違います。

尾根伝いに幅50〜400mの福島県が、
山形県・新潟県の間に出張っています。
その出張りの距離は8kmはありそうです。

出張りの地域は喜多方市なので、出張りの理由を喜多方市役所に問い合わせました。
その答えは以下の通りです。
    ①明治期に三国岳(1644m)で、三県に分離された。
    ②喜多方地方には、”飯豊山信仰”があり、地域の人達は飯豊山登山を続けていた。
     (現在でも信仰登山は続いている)
    ③上記理由でもって、侵攻登山ルートを福島県とするように、
      裁判を起こした。
    ④裁判で認められ、現在の出張りになっている。

山形県には出羽三山(羽黒山・湯殿山・月山)信仰がある事も、
福島県の出張りに寄与したのかと、想像しています。


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15/11.22  網走にて
   朝起きて気温を見ると、外は氷点下1度、
       車内は6度、寝袋の中は27度だった。  

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”トーチカ”
    網走市街からオホーツク海に突き出た防波堤を、
    1,5km程歩くと、”帽子岩”と言う大岩がある。
    その根っこには、太平洋戦争当時の「トーチカ」が
    ある。
    既に半壊状態のトーチカは、小さく丸まっており、
    年老いた自分の背中のようでもある。

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”ニポポ”
    アイヌ語で「小さい子の子供」の意味である。
       狩猟前の祈り時に使われたようだ。
    網走刑務所の作業場でも作られていると聞く。
    本来は「槐」(えんじゅ)と言う硬い木を使う。
    写真は網走大橋のニポポだが、
    これは槐ではない。

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”能取(のとろ)岬”
     市街地を抜けて海岸線に出ると、
     道路には雪があり、ブレーキを踏んでも滑る。
     道道から岬への枝道に入ると滑りが酷くなる。
     写真は能取岬の岸壁から、
     東側の海岸線を覗いた景色です。、 

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河川敷にある森

阿蘇に降り・湧き出た水は白川に集まり、
西進して熊本市に流れ込む。
その後は、熊本の中心街を東西に二分しながら南下し、
街を外れたあたりで西に向きを変え、有明海に流れ込む。

この西に方向転換する当たりの河川敷に、この森はある。
直径が1m内外の落葉樹が、流れに沿って200m程続く。
榎(えのき)や椋(むく)を主とした森である。
両者は共に実をつけ、共に粘り強い枝を持っている。
常に空腹であった小さい私は、細い枝を揺らしながら、
赤くなった榎の実や、椋の青くなった実を採っては食べた。

半月前には全くなかった葉っぱが、
今日は眩しい程に繁っていた。
この木の下では、
50人を超える人達がグランドゴルフをやっている時がある。

この森、”日吉の森”がどのようにして出来たのか、
ここを散歩する度に、私は疑問に思う。
答えをご存知の方には、是非教えていただきたい。

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手前の大きな木は「椋」、その先は「榎」のようです。

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岡山・閑谷学校

兵庫県に接する岡山県の瀬戸内沿いに、備前市があります。
備前焼が知られていますが、
備前焼瓦を載せた閑谷学校は、三百年前の姿を今も見せています。
建物は唐様の窓を開き、瓦は不思議な色模様を見せています。

1700年頃に完成した、一般庶民を対象とした岡山藩の学校として生まれました。
心を揺さぶられるのは、藩が本気だった事です。
移封されても学校が継続できるように、
学校に学田・学林を持たせました。
この事で、明治後にも学校は続いたそうです。

童謡”赤とんぼ”の三木露風や、大原美術館の創始者は、
この学校の卒業生だと案内板が教えてくれました。
今も輝く、講堂の板張りを見ていると、
当時の講義の様子が偲ばれます。
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総社の五重塔

倉敷から国道429号を北上すると、
右手に備中国分寺の五重塔が見えてきます。
地図には”吉備路”とありました。
大和に新しい政権が生まれようとしていた頃、
ここを中心とした一大勢力があったと言います。

大和と吉備は政治的な妥協を図ったのでしょう。
この地域に”反乱”の事実はなかったようです。

国分寺跡には、江戸期に建てられたのでしょう。
五重塔が建っています。
周囲には田圃が広がっており、その静寂の中にあります。
山口市の五重塔のような華麗さはありませんが、
地域の人達に守られている感じがあります。

”大地が人を支え、人が塔を支えている”
と思える所です。

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