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さて、夕ニャンで僕が高井麻巳子に夢中になったのには色々な訳がある。その、ルックスや佇まいはもちろん、番組いや芸能界に対するスタンスだ。例えば、国生(コクショーファンの人すいません)などは石にかじりついても芸能界で生きていこうという雰囲気を漂わせていたのに対して、麻巳子はそういうものを達観しているような、独特なポジションに身を置いている様子が画面から伝わってきた。
今、手元にはないが当時「よいこの歌謡曲」という、アイドルについて論じ、沢山の部数をほこっていたミニコミ誌があった。そこで思い出す2,3のエピソードを揚げてみる。高井麻巳子が福井にいた頃の思い出でバイクの二人乗りをしたんだって。で、後部座席につかまって感じるスピード感、風(陳腐な表現だな〜)が絶対忘れられないというエピソードや、彼女はRCサクセションが大好きで武道館ライブにいきき、思わず「エンジェル」という名曲で泣いたという。これは、高校生以来のRC好き、清志郎好きの僕を捉えた。事実、後のRCの問題作「COVERS]で彼女はコーラスでゲスト参加している。
彼女は短い間に様々なレコードをリリースした。但し、ソロの曲は彼女をステレオタイプ化したものが多く、あまり好きになれなかった。真骨頂はゆうゆと組んだ「うしろ指さされ組」であろう。詞曲とともに冒険作の香りがする曲をほんのちょっと照れながら歌う彼女に親近感が沸いた。うしろ指の二人の関係も微妙で、仲がいいのか、悪いのか、それは演出なのか独特な距離感であった。
残念なのはその時代の彼女関係のソフトを僕が1枚も所持してないこと。熱心なファンではあったが、当時は洋楽(特にファンク、ソウル、パブロック)の中古盤集めにレコード収集に小遣いをつぎこんでおり、アイドル歌謡のレコードを買うことは血気盛んなそのころの僕のプライドが許さなかった。ということで、「高井麻巳子」を僕はレンタルでダビングしたカセットか録画したビデオ(ベータ)で楽しむ毎日だった。
でも、そんなゆるい日は長くは続かず、1987年僕は就職、社会人となる。宿舎は新宿河田町、フジテレビの目と鼻の先だ。                           
                                     最終回に続く


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