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前回、「その6」では独標の基部まで下降して来ました。 残るは、天狗の腰掛の上り下り、北鎌のコルから北鎌沢出合までの下降、天上沢の水俣乗越までの上り返し、そして今夜(9/12)の泊まる小屋、西岳ヒュッテまでの登りである; 独標の基部に着いた。 困ったものだ、心無いテント泊者のゴミを燃やした残置物。食料の袋やトレイやら、また簡単には燃えないものなどが残されていた。その上には、画像のように石が数個乗せられていたが。 ブルー・シートも横に残されていた。這い松の枝の燃え残りも一緒にあった。 ゴミは、きちんと持って帰りましょう! さすがに、大天井支配人の小池さんのように持ち帰ることは出来なかったが、いずれまた清掃登山が必要になっちゃう・・・。 天狗の腰掛のピークの一つで。 天狗の腰掛で。 そこから独標を振り返る。 北鎌のコル近くの下降。 北鎌のコルで。右俣を登って来た中年女性2人と男性1人のパーティが休んでいた。 かなりバテテいたようだけど、大丈夫だったかなぁ。 (これからの先の長い下りと、長い上り返しで、こちらもバテバテになったけど・・・) ぶら下がっていた置手紙。昨日(9/11)6時と書かれているから、我々が小槍で遊んでいる間に、到着したのだろうか・・・。 北鎌沢出合で、5,6人のパーティと立ち話。彼らは、ここでキャンプ。 田辺 治さんと一緒の時も、丁度彼らと同じ場所にテントを張ったようだ。 あの年は、出会い付近では水が得られず、天上沢を貧乏沢出合い方向に少し下って・・・。 そう、コフェルや水筒、沢山抱えて、つる下げたコフェルの水をこぼさないように、ゆっくり歩いてもどったけど、1/3位になっちゃっていた・・・。 天上沢の渡渉、左岸から右岸へ。 間ノ沢出合を過ぎ、支沢との合流付近で水俣乗越から下降してきた2人Pとすれ違う。 水俣乗越への最後の詰めの急登に喘ぐ。 水俣乗越に着いた。目廻りやアブの来襲。夕方、4時過ぎだったから、仕方ないか・・・。 西岳ヒュッテに向かって、梯子を上る。しかも、3っつ、4っつと架かっているのだ。 西岳ヒュッテに到着、5時半だった。 冷蔵庫で良く冷やされた缶ビールで乾杯! 今日、1日の健闘を称え合う。 食堂の窓は額縁の絵のよう。 この後は、赤沢山と赤岩岳に続きます。 |
北鎌尾根(天上、貧乏)、北鎌下降
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かなりの強行ですね。山男は強いですねぇ。
そして、たっぷり贅沢なレジャーではありませんか。
いやはや、感服いたしましたです。
美しい額縁のなかは、大喰岳? 中岳? ですか ?。
2011/9/22(木) 午前 6:41 [ きど あるく 木戸有久 ]
[tan*s*kogg]さんへ<
最初は、貧乏沢を上って大天井ヒュッテ泊で、素直に中房温泉に下山の計画だったのですが、入山が沢渡・上高地側で車を沢渡に置くので、水俣乗越に登り返そう、となり、じゃついでに100高山の赤沢山、赤岩岳ピストンも加えよう、となりました。
ちょっと欲張り過ぎ、と反省しています。
3人の画像を良く見比べたら、額縁の中は、翌日の早暁、食堂の窓から撮った早暁の常念岳、左が大天井でした。
西方向の南・中岳・大喰・槍の稜線上には、真ん丸い残月が写っていました。
1週間経つと、もう記憶がこんがらかる・・・、
2011/9/22(木) 午前 9:38
激戦の後の一杯は美味しそうですね(笑)
西岳ヒュッテの中は初めて拝見しました。
穂高から見る常念とはやはり微妙に姿が違うように見えますね。我が家には穂高岳山荘のテラスから撮った日の出前の常念の写真を飾っています。
2011/9/23(金) 午前 7:31
[KUU]さんへ<
五臓六腑に染み渡りました。
炎天下の河原歩きは、想像以上にきつかったです。
そうですね、穂高山荘からですと、常念の位置は、北東になりますものね。
思い出の光景は、色あせて来ても、何時までも残して飾っておきたいものですよね。
2011/9/23(金) 午前 10:07