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冷たい雨がそぼ降る寒い日、珍しく何の日程も入らない日が出来た。 (私) 「雨降ってるけど、行ってみる?」 (山ノ神)「行く。」 それで、前からなかなか訪れる機会が持てなかった板橋の「植村直己冒険館」へ出かけてみた。 数沢山いる、居た、冒険家の中で、少年少女に最も愛されている冒険家、植村直己。 講義より山に出かけている日の多かった青春のある一日、 「ここが山岳部の部室で、植村直己って凄い人が居る部屋よ」 って、付き合って間もないある少女(その後山ノ神に変身)が 明治大学の駿河台キャンパスの部室も前に連れて行ってくれた、 昭和40年の頃だったろうか。 アラスカ、マウント・デナリ(マッキンリー)で消息を絶ってから、何年後だったろうか、板橋に記念館ができたと。 行ってみたいと思いながら月日が経って、記念館の場所も移ったと。 それからも、もっと時間が経った。 もうそれから、4ヶ月も経ってのアップです。 大広告企業の後押しで北極点を目指した水平の旅よりも、世の中に知られずに夢を追って一人放浪し、世界を歩き回った「青春を山に賭けて」の日々。 そして、グリーンランド縦断の犬ぞりの冒険行。 そして、それより前の山仲間、小西政継や佐藤久一朗との邂逅の日々の話が、私には楽しい。 |
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小西政継「ボクのザイル仲間たち」の中に、植村さん以外に1人だけ知っている名前を見つけました。田辺壽さんです。友人のヒマラヤ写真展で知り合い、その1週間後に田辺さんご自身の水彩画展があって、またお会いしました。TBさせてください。
2012/6/9(土) 午後 3:56
今の子供らに人気のある冒険家は植村ですか?私らが子供の頃はアムンゼン、スコット、白瀬中尉、間宮林蔵、河口慧海なんかでした。子供の頃、冒険家の伝記を読んだことがその後山にのめり込んでいくことにつながりましたね。東京に出たとき機会があれば植村冒険館寄ってみたいです。
2012/6/9(土) 午後 7:17 [ ワンダーフォーゲル ]
[横浜ヒマ吉]さんへ<
石坂昭二郎著「ヒマルチュリ日記」では、1959年の日本山岳会:村木潤一郎隊長の時の記録で、"辺ホ"の愛称で登場していますが、翌年1960年の慶応義塾創立百周年記念登山隊:山田二郎隊長でヒマルチュリ(7864m)の初登頂者ですね。
2012/6/9(土) 午後 10:03
[ワンダーフォーゲル]さんへ<
そうですね私達の時代の冒険ヒーローは、白瀬中尉等でしたね。また、違った意味で島田啓三の「冒険ダン吉」の南海の島に漂流した冒険物語の主人公ダン吉に憧れました。
植村直己は、登山界では、唯一の国民栄誉賞受賞者ですものね。
2012/6/9(土) 午後 10:13