サントリー天然水工場(白州)との井戸水問題・他:白州の森

白州の森が綴る、「サントリー白州工場との井戸水問題」等の「森からの便り」

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武林イヴォンヌのこと:「山靴の画文ヤ・辻まこと」駒村吉重著:その1(山川出版社 2013年1月20日発行)


ニフティに置いてある私の「森からの便り」ホームページの散文集「続・森からの便り」(その21:
「春に向かって:書評「地球の春」松尾正路著」)の中で書きとめた武林無想庵の娘、イヴォンヌの記事。
http://homepage3.nifty.com/morikaranotayori/zoku_tayori/frame_z.html)

イメージ 1著者の松尾正路は、小樽商科大学を退官され、当時、北海道武蔵女子短大教授の職にあった。
その短大は同じ「武蔵」の名が冠されているように、私が4年間学園生活を送った大学と姉妹校であった。
私が通った大学の倶楽部活動の部長だった故・岡茂男教授は、学内で学部長などもされ、松尾正路氏とも知己があり、この「地球の春」を読まれており、あるコンパの席上か、教授の退官記念の宴席の席上であったか、たまたま隣り合わせた折、会話が山の文学に及んだ時「松尾正路先生の”地球の春”を、機会があったら読んで御覧なさい、いい本ですよ」。
昭和44年に出版されたこの本「地球の春」は、副題が「詩と批評のあいだ」とされ、その内容は、詩人の目を通して北の春を謳う多くの散文詩が中心であったが、その中でただ「イヴォンヌ」の章だけ異色であった。

イメージ 2稀有の自由人・辻まことの文章は、文芸誌「アルプ」を通して目にし、「山からの絵本」、「山の声」、「山で一泊」も手にしていたから、「まこと」本人にも注目、その生き方に興味を抱いていた。
他界した後出版された他の著作や関連著作、中でも「父親 辻潤」や「夢幻の山旅」
(私のブログ http://blogs.yahoo.co.jp/ogawa819/52067417.html でも触れている)
を読んで、この「地球の春」の著者・松尾正路とイヴォンヌの接点が心に引っ掛っていた。

イメージ 4たまたま、私は、この5月の連休後、坂本直行の足跡を追う短い旅をして、帯広の「六花の森」と斜里の「北のアルプ美術館」を訪れ、美術館の山崎館長から「辻さんに興味がおありですか、こんな本が出版されてますが、いかがですか?」と。
それが駒村吉重著「山靴の画文ヤ(辻まこと)」であった。

イメージ 3以下、その本からの抜粋である;
辻潤が時々散文を発表していた読売新聞から第1回パリ特派員の打診があったのが、昭和2年の年が明けた頃。
その頃、辻まことは、潤の下を離れ、静岡工業学校に通っていた。
だが、潤のパリ行きを知ると、父親と付かず離れずの距離も捨てて、「何でもいいからパリに連れてってくれ」
と言い張る。
潤も、そして当時潤に替わってまことの相談役になっていた飯森(これまた面白い経歴の人物)は、その
意志の固いことを潤に伝え、潤は2学年まで進んでいたまことの退学の意志を受け入れ、親子でパリに赴くことにして昭和3年(1928)1月下旬、神戸港からパリに向けて立った。
まこと、当時17歳。
40数日の航海でマルセイユ、それから列車でパリに。
その時のパリは、まだ春には早い、冬の様相であった。

一方、武林無想庵は、潤・まことに先立つこと8年前の大正9年(1920)、妻・文子を伴って渡仏。
(注:この8年間のことを書いておかないと、松尾正路の「イヴォンヌ」の章の理解が進まない)

武林無想庵は、高学歴・資産家、そして並外れて博識の人。文学や歴史、思想の話をひとたびはじめれば、
谷崎潤一郎、芥川龍之介、島崎藤村、小山内薫、川田順といった一流の知識人でも太刀打ちできなかった
と言う。辻潤だけが無想庵と互角にやりあう事ができたという。
二人がお互いを知ったのは、野枝が大杉のもとに走った大正5年ごろ。馬が合った二人は、すぐに気兼ねなく
行き来する間になり、無想庵が渡仏する直前には、家賃滞納で家を無くした潤が、麹町の無想庵のもとに
しばらく居候をしていた事があった。

無想庵は渡仏の直前に駆け込むかのように結婚していた。
その相手、妻となってパリに同道した中平文子である。日本でも、そして渡仏してからも、パリの社交界で
無想庵以上に名が売れたような傑女。
というのも18歳で結婚して裕福な家で三児をもうけながら、一方的に家庭を捨てて、松井須磨子が居た
芸術座で女優を目指すが、一転、中央新聞の門をたたいて婦人記者となる。女性記者が珍しい時代、何の
実績もこれといった学歴もなかったが、女優張りの華があった。体験ルポルタージュ欄に登場するやいなや
たちまち人気者になり、それもつかぬま、言い寄られた社長との男女関係が噂になって、
一方的に解雇されるはめに。我慢ならない彼女は、中央公論上に暴露記事を書く。
持ち前の美貌は彼女に好機を与えもしたし、トラブルも呼び込んだ。だが彼女は、その度にスキャンダル
を平然と平らげて来た。上昇のためなら、女も道具に出来た、鵠沼に住んでいた人気の女流作家を
頼って当地の宿に入った大正9年(1920)の春、そこにふらりと現れた長身のインテリ、洋行を
ひかえた武林無想庵を見たときもそうだ、チャンスの芽をみてとった文子は、人の妻に恋煩いしていた
無想庵に、思い切りよく結婚というエサを投げ出すのだ、但し「洋行に一緒に連れてってくれること」
との条件も付けて。
しかし、降ってわいた結婚話には問題が一つあった。無想庵の洋行の相手は既に決まっていたのだ。
その約束を、この期におよんで反故にしなければならない、「悪いがな・・・」と。
その約束の相手が他ならぬ無二の親友、辻潤だったのだ。

パリは、文子が恋焦がれた地である。
武林夫妻は、パリで一児にめぐまれる。やがてまことの人生と浅からぬ縁を持つその女児は、
イヴォンヌと名付けられる。
優雅な武林一家三人のパリ暮らしは、それなりに文子を満足させた。だが、実家の土地を処分して
つくった潤沢な有り金にも自ずと限界があり3年ほどで尽きてしまう。されど、無想庵は
日本の文壇で芽を出す兆しはない。一家は、文子の細腕にぶらさがるよりほかになかった。
女優の真似事をしたり、舞台で日本舞踊を披露したり、はたまた別の日本男性を骨抜きにして
日本料理店の出店を手がけたり、あれやこれやで食い扶持を持って来た。そのたびに親密なる
男たちとの関係は複雑にならざるを得ない。
一方、無想庵といえば・・・、なりふりかまわず、妻を寝取られた男(仏語でコキュ)の悲嘆を
小説にした、大正14年改造に発表された「『コキュ』の嘆き」。文壇の一部からは好意的な
批評もあったが、埋もれた無想庵の地位を土中から引き上げるほどの反響は呼ばなかった。
武林夫妻の名が世界中に広まる大事件がそんな時に起きた。
モナコのモンテカルロに、乾いた銃声が響いたのは渡仏から8年目の冬、大正15年の1月。
現場は、文子が愛人を巻き込んで出店させたダンスホールの通路。ホールの呼び物だった
振袖姿の「マダム・タケバヤシ」が気分を害し、出演を拒み、ヒステリックに騒ぎ出した
ことが引き金になった。愛人の放った弾丸は、彼女の左頬を付きぬけ、彼女の奥歯で止まり、
一命を取り留める。東洋男女の血なまぐさい殺傷沙汰はたちまち新聞メディアで報じられ、
日本にも届く。

辻潤とまことが暮らすパリの宿に無想庵が尋ねたのがその後。無想庵の顔には、もう剥落の
色が浮き出していた。俗に言うモンテカルロ事件があってから3年後。文子は、すっかり
元気になっていたが、武林一家はもはや家庭の体をなしていなかった。

潤は時々重い腰を上げてパリの知識人たちに会いに出かけた。ダダイズムの提唱者、フランスの
詩人トリスタン・ツァラをはじめとする知識人。時にはまことも同席した。

あるとき、わざわざ潤に面会を求める在留邦人があらわれた、アンドレ・ジイドら当代一流の
文化人とも対等につきあった滞在7年目の古株で、松尾邦之助といった。東京外語学校で
仏語を学び、逓信省職員を経て、パリ大学高等社会学院を出た松尾は、街に自前の印刷所を
持って、文芸誌の発行を手がけていた。日仏文化連絡協会を運営するほどの顔役であった。
松尾は、気取りのない辻潤に好感を抱き、人を紹介したり、なにくれと親子の世話を焼く
ようになった。余談ながら、潤の帰国後に読売新聞の文藝特派員の肩書きを引き継ぐことに
なった松尾は、戦後、読売新聞の論説委員、副主筆として活躍。

パリ時代にまことは無想庵の娘・イヴォンヌに度々会っている。潤と無想庵が話しにふける
間のお守り役になったのだろう。

そうして、昭和4年12月、辻親子はシベリアまわりで帰国する。

昭和11年から昭和12年にかけて、日本には軍国主義の音が鳴り響きだす。
しかし、まことは今で言うグラフィック・デザイナーの若い仲間等と金鉱探しに熱を上げて
いた。岩を砕くトンカチ、地図をみるコンパスを持って、山から山を巡る。

その時代、ヨーロッパの武林一家はどうなっていたか。


(その2に続く)

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「森からの便り」(21編) :ログハウス建設当時の詳細や井戸水問題・環境・原発問題が掲載されています。「続」(26編)、「新」(25編)とエッセイは続いています。
「山野跋渉」 :私、「白州の森」のアルプス遠征(2008年)や、北鎌、北方稜線、前穂北尾根等の山行記録
「星の小舎便り」 :MWV OB会のページ
「オールドローズ」 :「山ノ神」の趣味、オールド・ローズ、イングリッシュ・ローズ、Xmasローズ等

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