サントリー天然水工場(白州)との井戸水問題・他:白州の森

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カムチャッカ半島の旅 6 : ヴァチカゼツ山麓:その2

2015/7/26 ヴァチカゼツ山麓トレッキング続き。

カールの台地から別のルートで下った。

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滝の脇を降りる道だった。

この流れが、下で我々の水場になっているのは、湖畔に着いて、サイト近くに戻ってからだった。


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湖畔まで下って来た。
キャンプサイトはこの先である。

ガイド氏、「ぐるっと湖を一周して約1時間。それともここを渡渉する?」
目と鼻の先にキャンプ地はあると。
じゃ、渡渉だな。

冷たいのなんのって!
たかだか10mにも満たない、深いところで30cm程度の流れ込みだったが、最後は足の感覚がなくなっていた。
パンツ一枚で渡ってる姿を映像に残さなかったのは迂闊だった。渡り切ったら冷えた足を拭いて、蚊の襲来から逃れることに精一杯で、後から渡って来る仲間の格好をカメラに写そうなんて気が回らなかった。

ズボン、靴下、靴を履いて、紐を締めて、ほっとした。

そんなところへ、どこを歩いて来たのか、20人ばかりの軽装の団体。外国人ばかり(ロシア人?)。歩きなれた感じのガイドの中年女性が先導してたが、この流れを見て、この団体には渡渉は無理と判断したのか、流れ込みの沢の上流に向かって歩き出した。我々が下って来た枝沢の上流へ向けて。
そっちへ行ったって渡渉ポイントらしき所はないよ、とアドバイスしたいところだが、何て声を掛けたらいいのか・・・。

こちらのガイド氏も何にも言わないから、まぁ〜いいか・・・。

案の定、10数分後に、またぞろぞろと元来た道を戻って来て、ぐるっと湖を迂回して行った。



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夕食は、お粥に近いご飯に、燻製サーモンと燻製豚肉、野菜サラダ、黒パン。
持参の振りかけをまぶして食べたが、蚊の襲来が物凄く、蚊が飛び込むのを避けながらも蚊の混じったお粥を急いでかっこむ!
燻製サーモンは美味しかった。

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ロシア流情報伝達の希薄さが原因なのかは定かではないが、シュラフ・レンタルの情報がガイド氏まで届いていず、私とNさんの分のシュラフが用意されていないと判ったのがキャンプサイトに着いて荷下ろしをしている最中。
万事休す。
その言葉を聞いたとき、一瞬、皆は固まった。
ガイド氏は、現地エイジェントのマネジャーからは、追加レンタルの話は聞いていない、と言うから、それ以上追及しても仕方なしと腹を括り、シュラフ無しの一夜を覚悟した。

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こんな場所に、クロユリが咲いていました。


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画像:Nさん提供。キャンプサイトで焚火。薪は車に積んできた。


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出かける前から「ロシアですから、どんなハプニングが生じるか判りませんよ!」と言ってたのが、本当になっちゃいましたね、とお互いに重ね着をして横になったが、やはり明け方4時近くなると寒さが堪えた。
小用に起きた時、ありたけの衣類をザックから引っ張り出し、更に着膨れするように重ね着をした。
Nさんも起きだして寒いね、と。
羽毛の下ばきを羽織ってもらう。私は夏用ズボンの上に厚手の冬山用ズボンを履いた。そして、二つ折りにした予備用テントを二人の身体の上に巻き付けた。幸いなことに二人ともエアーマットは持参して来ていた。
寒くはあったが、ザックに足を突っ込まなければ堪えられないような寒さではなかったが、寒いと感じるには十分な冷え込みだった。気温5〜8°位だったのだろうか。
アヴァチャ山ベースキャンプで咳をしていたNさんの体調が気になったが、
「もう一枚、羽毛のインナーがありますから、着ますか?」。
すでに彼は羽毛ジャケットを一枚着ていた。

うとうとまどろんで、気が付くと、外は白んでいた。五時半をすぎていた。
いつも早起きのNさんがテントの外へ出て行ったが、いつもそうだが私はしばらくうだうだ寝起きが悪い。6時前にテントから出て、湖畔に向かって歩いた。

湖畔の道に出ると、朝靄のかかった道の先にNさんが佇んでいた。

(続く:その7へ)

カムチャッカ半島の旅 5:ヴァチカゼツ山麓その1

7/26 朝食後、そんなに急がないからゆっくり荷造りしていいよ、とは言ってはくれたが、旅行カバンに荷物をぶちこむだけの作業にそんなに時間のかかるはずもなく、残飯置き場のドラム缶からパン屑を漁る地リスと遊んでいる間に、そこそこの出発時間になり、3日間滞在したアヴァチャのベースキャンプにおさらばして、あの広大な凸凹河原道をペトロハバロフスク・カムチャッキーの町目指して下って行った。これから向かうヴァチカゼ山麓への導入路の壮絶なる凸凹悪路が待ち構えていることなどつゆしらず・・・。

舗装された幹線道路に出た時には、平らな舗装面でのその走りの心地よさが身に染みた。
ペトロハバロフスク・カムチャッキーの郊外に来た時、ガイドのイゴールがちょっと寄り道するからと、幹線道路から離れ、林の中の無舗装道路に分け入った。
転々と民家の続く村の中のダート道をくねくねと車を走らせた。いわゆるダーチャ(週末菜園コテージ)村のなかにある彼の親戚の家に寄る、とのことであった。そこで新鮮な野菜を仕入れる様子。周辺の簡素な手造り小屋の庭には青々とした野菜やハーブ、色とりどりの花々が咲き乱れていた。

新鮮な野菜を確保したあと、元来た道を戻り、幹線道路沿いにあるそれほど大きくないスーパーに入り、イゴールがヴァチカゼ山麓のテント泊で使う青菜以外の食料を調達しているあいだに、我々は赤ワインを求める。いつもなら携帯している五徳ナイフを、今回は誰も持って来てないことが判明。ワイン・オープナーをやっと探し当て買い求めたはいいが、これが粗悪品だったことが、後で利用する段になって判明。憤懣遣るかたなしだが、後の祭り。

ヴァチカゼ山(1556m)はペトロハバロフスク・カムチャッキーの市街から西南に15km程度の距離である。
ところが舗装された幹線道路から一歩離れた林の中の道(?)に入り込むと、もうそこはドライバーにとって地獄(日本人の感覚では)。樺の林の中をくねくね縫うように轍は右に行ったり左に行ったり。さもありなん、大勢の団体ツアー客を乗せる大型トラックを改造した六輪駆動車がその重さをものともせず、あのトラクラーの様なでっかいタイヤでつっこむから、轍はいたるところで深さ30cm〜40cmに達し、我々の乗る小さな三菱デリカのような車高のない小型車が突っ込んだら腹がつかえて、にっちもさっちも行かなくなる。轍の深いところへ来たら、右か、左の樺の林の中に突っ込んで迂回するのである。
後ろにひっくり返るのではと危惧する坂を越え、左に横転するのではないかと冷や冷や、今度は右にひっくり返るのでは、と車内の我々は頭を車の屋根にぶつけないよう、ドアの外の放り出されないないように、まるでサーカスの曲芸師のように上下左右に巧みにバランスを取りながら、ひたすら車の取っ手にしがみ付く1時間?

平らな湖畔の駐車場らしき所に出た時には、船酔いしたように地面が揺れているようだった。それほど、経験したことのないような悪路だった訳である。
毎年、夏の2か月間、大勢の観光ツアー客をこんな所に連れ込むロシアのワイルドさ? 道の補修など毛頭考えていないその神経の太さ!

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湖畔からちょっと離れた、綺麗な小川がある場所をテントサイトに決め、車からキャンプ道具を下ろしていると、イゴールが「シュラフは1個でけで、残りの二人は持参してるな?」と。
あっちゃー、出発の10日ほど前にシュラフのレンタルを2個追加して「間に合うな」と念を押してあったのに、現地ガイドを請け負ったイゴール兄ちゃんには伝わっていなかったことが、ここで判明。
荷物の嵩を抑えようと、急きょレンタルに変更したのが裏目に出た。

インターネットを利用した瞬時にメールが飛び交う今日、日本側の旅行エイジェントからロシアの旅行エイジェントへ、更に請け負ったガイド氏へ、どこかで連絡が途絶えていた・・・?
空港であった時に念を押して確認しておくべきだったと、今更、後悔したって後の祭りじゃ。
明け方、そんなに冷え込まないことを願うのみ、ここの標高は1000m近い。
テントは2張り。1張りは2〜3人用の形。1張りはシングル。「自分たちで張って下さい、私は他のキャンプ道具のセットとお茶を沸かす用意をしますから」とイゴール。
「おいおい、この形のテントは張った経験ないよ。ポールは3本あるけどどこを通すのかい?第一、どっちが本体で、どっちがフライ?」
ペグだってたったの5本しかないよ、4隅を固定したら、あと1本しか残ってないよ。まぁ〜、いいか。その辺の枝をペグがわりにすりゃ、ってな調子。
これがロシヤ風だと思えばいいじゃないか。
あぁ〜あ、「 ここ〜は、地の果てカムチャッカ・・・(カスバの女の替え歌:ここは地の果てアルジェリア、どうせカスバの夜に咲く、酒場の女のうす情け)。

蚊の襲来の中を何とかテントを張り終えて、昼食後、ちょっと散策。
歩きたくないなぁ、と皆そう思いつつイゴールの後に付いて歩き出す。今日は日曜日、日帰りで結構ツアー客が降りて来るのに出会う。

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途中、「おいおいこんな急な雪渓登るななんて聞いてないぞ!」

一段雪渓を登り上がった先には、素晴らしいカールが広がっていた。


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涸沢カールや千畳敷カールを彷彿させる爽快な空間が広がっていた。


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これがヴァチカゼ山(1556m)で、明日の目的地だよ、と聞かされる。
「のっぼりませ〜ん。ノー・サンクス!」


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入山者の踏跡は少なく、いたるところ花が咲き乱れていた。

お目当ての「キバナノアツモリソウはどこ?」と聞いたら、「保証はできないが、運がよけりゃ、巡り会えるかも・・・」と素気ないガイド氏。

(続く:その6へ)


カムチャッカ半島の旅:アヴァチャ山(2741m)登山:その4

7/25 この日は予備日としてとってあった。
我々は好天に恵まれ、最初の日(昨日)にアヴァチャに登頂することができた。

70歳台半ばの高齢者(?)にとって、北緯53°の北の地とはいえ、炎天下の12時間にわたる行動は身体にこたえた。
ガイドのイゴールはせめてまだ登ってないラクダの瘤辺りに案内したいようであったが、我々はノー・サンキュウの表情。

一段上の丘の一般キャンプサイト辺りのお花畑にでも行って、花の写真でも撮って来ようよ、ってな程度。からきし、歩き回る元気がないのである。

朝から次々とツアー・パーティが去っていくのを横目に、大きな岩の上に寝そべって空を眺めてぼっけとするばかり。

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そして、汗もかかずに何となく1日が終わって、がらんとした食堂で我々だけで、200ルーブルのビールと共に夕食を流し込んだ。


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イゴールは、「今日はシャワー室が空いてるからたっぷり使えるよ、どうする?」、と誘ってきたが、何となく、ノー・サンキュウ。別にけちったわけではないが、彼は残念そう・・・。


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今晩も夕映えのコリアックが綺麗だった。

明日は、ヴァチカゼ山麓の方へ移動する。

(続く:その5へ)



カムチャッカ半島の旅:アヴァチャ山(2741m)登山:その3

7/24 いよいよアヴァチャ山登山の朝です。
雲は残ってますが、天気は快方に向かってます。
7:20出発。
BCの標高が約850m。標高差約1900mの往復になりますから、かなりのものです。往復10時間が目安と案内には書かれていますが、我々70歳半ばのロートルパーティにとっては、大いなるチャレンジです。

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背後に聳えるのは標高3456mのコリヤックスキー。


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ラクダの瘤の高さを越えました。


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山頂直下の雪の着いた急斜面は、丁度、6月下旬の富士山の九合目から上の状態で、アイゼン無しでキックステップで登れました。最後の50mばかりは固定ロープが張られていましたが、握るほどではありません。


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昨日は雨と強風で、引き返えしたり、登れなかったパーティが再チャレンジすることもあって、かなり沢山のパーティが前後して登ることになりましたが、山が大きいので100人弱くらいの人数では、桁違いの登山者数の富士登山のような混雑度にはなりません。


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山頂のパノラマ画像
山頂のクレーターは、富士のお釜を二回りも小さくしたような感じです。
違いは山頂斜面の至る所からガスが噴き出していることです。
お鉢巡りをするにはこの噴出孔をまたいでいかねばなりません。





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ガスの噴出孔



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こんなに残雪が多いのなら、事前に尻セード用のツールを用意してくればよかったと悔やんだ。
最後には、ままよとばかり登山ズボンのまま尻セード。
制動はストックで。
お陰でパンツの中までビショビショ!


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この砂礫の丘を下って行った先が、又緩やかな雪の長い斜面で、いい加減うんざりしながらぼっけとしながら下っている時に、「あっと驚く為五郎的」光景が出現したのです。雪の反射に眩しく、陽炎でも見るかのような夢心地光景で、70代中間のオジン3人と30代の若者、男4人があんぐり。


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(同行のK氏撮影)

遥か彼方からカラフルな色彩が両手のストックを左右にリズミカルに動かしながらだんだん近づいて、何と超ビキニの水着姿の麗しき美女二人。
あっけにとられながら下る我々4人の横を、先方から「ハーイ!」とにっこり微笑みながら軽快にストックを突きながら駆けあがって行った。
しばし、その後ろ姿が小さくなるまで見とれていた。
雪渓の中の人魚・・・。

どうやら、我々のキャンプから更に一段上の火山の監視施設のあるケビンに合宿に来ているノルディックの女性選手のようであった。


BC帰着19:04.
12時間かかったことになります。
長い1日でした。

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赤線:往路  黄色:復路

汗でビショビショなので、シャワーを使いたいが先に帰還したパーティの予約で満杯とか・・・。
ガイドのイゴールが交渉してくれて、600ルーブルでサウナ室を使わせてくれると言う。本来のサウナ利用料は30分/3000ルーブルなのだから、かなり割安。
イゴーリも申し訳なさそうに、「May I join ?」、「Sure! Why not !」
お湯と水のコックを開き、大型のたらいに貯めて、柄杓でザブザブ浴びる。
何杯も何杯も・・・。
試しにサウナも入ってみた、アッチッチ・・・。

備考:アヴァチャ山のベースキャンプのロッジ周辺は、それほどモスキートは多くなかったですが、夕方には部屋に蚊が入り込み、気になります。蚊取り線香を持って行ったのは、正解でした。

(続く:その4へ)

カムチャッカ半島の旅:アヴァチャ山登山-その2

7/23 朝食をホテルのレストランで済ませ(パン食を中心にしたバイキング形式の簡単なもの)、イゴーリさんの三菱DELICA四駆に乗り込み、車で約2時間半の道のりのアヴァチャ・ベースキャンプ・ロッジに向かう。

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川に沿って適当に道を付けた、日本では考えられないような凸凹道を、残雪を越え、流れを渡って、泥をはね上げながら進む。四駆に装着されたタイヤはトラクターに付いてるような深い溝の着いたタイヤ。

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雪渓の急斜面を上がる時は、ローギヤの最低速で、窓から顔を出して、タイヤの溝が雪面をしっかり捉えているのを確認しながらアクセルペダルをなぜるように踏み、そろりそろりと登り上がる。
人数が多ければ、軍用の六車駆動を改造した特製バスを利用するようだ。

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アヴァチャ登山のベースキャンプ、KAMCHATIN TOURの食堂。
バンガロー風のロッジが12棟、インフォーメーション棟、シャワー・サウナ棟、屋外簡易トイレ4個が主たる設備。
生憎の空模様で山は、すっかり雲に覆われていて、姿を見せていないが、天気は回復に向かっていて、夕方には晴れ間が出る、とのこと。

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昼食は、ロシア風スープにパスタ。

午後は、「ラクダの瘤」まで往復3時間ばかりの足慣らしの予定だったが、天気も良くないこともあって、キャンプサイト脇の丘までの花見散歩になった。

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雲が上がって行って、ロッジ前からアヴァチャ山頂が見えて来た。

我々はこのロッジに3泊する予定。1日は登山予備日。

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夕食のメニューもキャベツのサラダにパスタ。
ビールはロング缶で200ルーブル。ドルでも応じてくれた。
カムチャッカのロゴを入れたTシャツなども売っていたが、段ボールにいれたまま床に置いてあったので、最初は気付かなかった。商売気がない。



(続く:その3へ)

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