アルパマヨ&ワイワッシュ山群トレッキング受託手荷物も一昨日発送。サムソナイト旅行ケースが21kg、60Lザックが15kg。どちらも上限の23kg以下でOK。南米に向かうアメリカン航空の受託手荷物は、エコノミークラスで2個で、23kg以下/個なのです。
機内持ち込み手荷物は普段利用している40Lザック。制限容積は、三辺が56cm、35cm、23cmで、重量の制限規定はないようだ。貴重品や常備薬等は、別途ショルダーバックに入れているが、機内に持ち込むときはこのザックの中へ入れる。
最後にパックした、お土産にする近江八幡の「たねや」の水羊羹等がちょっと重かったので心配したが、制限重量以下だった(宅配便受付所で、正式に計量してもらった)。ワラス市内で古くから雑貨商を営んで、初期の日本からのアンデス遠征隊でお世話にならなかった隊はないと言うくらいにお世話になっている谷川さんへの手土産。
私も、1962年の早稲田(稲門山岳会)隊の浜野吉生さんの書いた「アンデスからヒマラヤへ」の中で、日本から移民してワラスで暮らされているそのような方がいることを覚えていた。
相方のKoさん(アンデスは今回で3回目)が、前回お世話になったとかで、手土産を、となった訳です。 ガイドブックは、置いていこうかと思ったが、矢張り他の地図と共に携行することにした。
明日、6/1の成田発ダラス行、AA060便、ダラス空港で南米行きに乗り換え、ダラス発リマ行、AA980便、ペルーのリマ着は6/2 00:10、と深夜。
ペルーからアクセス出来ればいいけどなぁ〜・・・。 |
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朝日新聞デジタル「吉田調書」”福島原発事故、吉田所長が語ったもの”が、朝日新聞デジタルで公開されています。
登録すれば、制限はありますが、無料購読できます。
菅直人内閣が、非公開情報としたこともあり、秘密情報法案を通した安倍内閣も公開することはなかったでしょうから、永久に国民の目に触れることのなかった内容だと思われます。
あの日、あの時のことを、しっかりと受け止めるためにも、是非目を通してください。
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「受託手荷物の仮計量」(ペルー・アンデスへ)AA航空の受託手荷物の制限量は、23kg X 2個+機内持ち込み7kg。
画像は、サムソナイトの旅行ケースと60リッターザックの2個。 高所用靴、ピッケル、アイゼン、ストックなど登山用具はサムソナイト(約22kg)に入れ、衣類、7回分の日本食フリーズド食(コックが作ってくれる物が喉を通らない時)、小容器に入れた醤油・ポン酢、嗜好品、旅行用ツールなどはLAFUMAの60Lザックに集約(約15kg)。
寝袋、ハーネスは、ガイド・エージェントでレンタルの予定。 数kgの余裕があるけど、まだ全部が揃った訳ではないので。 他に機内持ち込みが7kg。普段使ってる山野井さんデザインのPVC40Lザックに直ぐに使う着替えやカメラ、洗面道具を入れて、機内持ち込みにする予定。 主要な物は大方入ってる積り。 アメリカのダラス経由で、受託手荷物にはロックが掛けられないと言う。 貴重品は、全て機内持ち込みのPVC40Lザックに入れなければ・・・。 地図、ガイドブック、主要なメールのコピーなど、紙類の重さも馬鹿にならない。
あれも必要、これも必要と思い出す度に買いに出かけて、落ち着いてる暇がない。今回の相方とも、最終的な打ち合わせを、と言って、富士山以後まだ会ってないし・・・。 罹りつけの医者に行って、常備薬はもちろんのこと、ダイアモックス、下痢止め薬、風邪薬、抗生物質、睡眠導入薬など、処方してもらわねば・・・。 カメラのバックアップバッテリー、メモリーカードなどもまだだ・・・。 200Vアダプターは、入れたが・・・。バッテリー・チャージャーはどれも忘れないように・・・。 切りがないなぁ〜。 5/28中には、宅配業者に渡して、空港カウンターに届けてもらわねば・・・。 |
富士山(ペルー・アンデス準備登山:2014/5/18)6/1の出発を控え、高所順応を兼ねてのトレーニング登山がやっとのことで、実行できた。
日本を発つ前に出来るなら、2回登っておきたかったのだが、予定がきまった日の天気予報が悪く、予定日が二転三転したので、まあまあ一回登れただけでも・・・。
富士宮口の普段の登山口のゲートは、固く閉ざされていて、駐車場の一番奥、駐車場の外れから、即アイゼンを装着して登りだすような雪の状態であった。
今回、富士市在住のAさんがアレンジしてくれ、Aさんが下見した2週間前と比較して、かなり積雪は減っていると言う話であったが(下界でもかなり暖かい日があったから)、登山口から繋がっていた雪渓の切れ間で一度、砂礫の上を宝永山火口側(右側)に200mばかり斜上したのを除けば、あとは全て雪の上を只ひたすら直登する形となった。
登り始めは、雪面も程よくクラスとして登りやすかったが、八合目あたりでは気温がぐんと上がって、日差しが強かった関係で、表面を踏み抜き、前歯が滑るようなところも出てきたが、九合目五尺から上は、気温も零度近くに下がって、かえって歩き易かった。
5時15分に駐車場を出て、7時間かけて、ゆっくりゆっくり山頂に上がった。
鳥居の露出度は、2009年6月15日に登った時より出ている感じであったが、夏道の露出度は、遥かに少なく、「これだけ残ってるから、今年の7月初めの山開きは遅れるのでは・・・」、と会話しながら登った。
左から、Aさん、私、Koさん。
山頂でゆっくり時間を使って、小一時間。
下りはもっち、尻セード!
滑り疲れて、駐車場に降りてきたら、あんなにあった車は、数台が残るのみ。
遊びすぎたか・・・・。
往復約11時間、高所順応になったかな〜。
(追記)携行したパルス・オキシメーターで、八合目から計測してみた;
八合目、九合目、九合五尺と、ザックを下して約数分経ってから計測。皆、80%中間の良い傾向を示していたが、流石に山頂に着いた時は、70%台に落ちた、脈拍数も110を示していたが、5分程間を置いて、再度計測したら酸素飽和度は80%台に、脈拍数は、100を切る数値に落ちていた。
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準備登山(富士山)の日程は、ままならぬ今度のアンデス・トレックの相方、Koさんと海外の山を歩くのは二回目。
お互い70歳を越えているから、気ままに決められるかと言うと、おっとどっこいで、事前準備の山歩きの日程がままならぬ。
4月の最初だかに企画した安達太良が、予定した日の天候が悪く、流れてしまった。妙義でお茶を濁したが。
富士山も、当初は5/13に組まれていたが、予報が悪く、5/20に延期したら、またまた週間予報は、悪い。
そこで、急きょ晴れマークの出ている5/18(日)に、繰り上げることになった。
週末は避けたかったが、もちろん天気が優先。
今回の準備登山は、ツェルマットのホテル・バンホフでマッターホルンを目指しているとき(2008年)に、たまたまご一緒した富士市在住(?)のAさんがアレンジしてくれている。先日も9合目まで下見のために登ってこられたと、添付画像付きで懇切丁寧なコメント・メールを頂戴した。
2008年にマッターホルン、アイガーを目指した時には、直前に富士山を2回登ったし、ヒマラヤのメラ・ピークの時はポスト・モンスーンだったから、高度順応を兼ねて登ったのは9月後半の夏のシズーンが過ぎた時期だった。
私は、5月中旬に登ったことはないが、2009/6/15に登った時の状態はこんなだった;
富士宮口を登った山頂の鳥居は、半分以上埋まっていた。
お釜の縁はこんなだった(その時の同行者、Ka氏が、撮ってくれた私)
Aさんから頂いた、今頃の富士宮口の登山ルート図(画像)。
斜面の雪の上に止まっていた石、岩が、雪が緩んで突然、音もなく落ちてくる、いわゆる落石に一番注意しなければいけませんね。
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