サントリー天然水工場(白州)との井戸水問題・他:白州の森

白州の森が綴る、「サントリー白州工場との井戸水問題」等の「森からの便り」

介護雑感

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急遽、入院

胸の動悸が強まり、「胸が痛い」と、私やヘルパーさんに訴えたり、「少し顔が黄色くなった・・・、のでは・・・」と言うヘルパーさんもおられて、在宅診療医の診察時に血液検査を依頼、その結果を聞いても「これと言って、悪い所はなさそうだが・・・」と。

もともと、かなり前から不整脈があると指摘されていて、本人も「息苦しい」と言ってるし、呼吸が荒いときもがあるようだからと、「一度、総合病院の循環器内科で診察を受けてみて下さい」と、紹介状を頂き、10/20に診察を受けた。

例によって初診は、予約時間帯を指定されているにも関わらず、長いこと待たされて、やっと出た循環器内科の所見は「循環器には異常は無いですね。ただ血液検査の結果、肝臓機能を示す項目に異常値が出てますので、消化器内科の診察に回ってください。」

車椅子に乗せられた100歳の父は、また延々と待たされ、やっとエコーの検査が終わって、所見を聞いたら入院して精密検査を受けることお薦めします。取り敢えず今日はX線CTだけでもやっておきましょう」
夕刻5時半頃、もうくたびれた父は、結果を聞かなくてもいいから「帰ろう!」と。朝から、横になれないで、車椅子に座ったままの姿勢で、一日いるのはさぞ辛いだろうけど、ここで結果を聞かずに帰ってしまったのでは、何の為の今日一日だったのか、と何とかなだめすかす。

その結果が出て、所見を聞いたら「胆管閉塞の可能性が高い。即、入院した方がいいが、入退院センターも、会計ももう閉まっているから、明朝一番で、入院手続きがとれるよう手配しておきましょう。朝一番で、センターからご自宅へ電話が行きますから」と。
途中で、在宅診療医師への電話報告(夕方、診療に自宅に来る予定だったが、総合病院の診察に手間取って夕方3時前に帰宅は出来ないので)。
帰路の車椅子の介護タクシーの予約も完全に狂ってしまって、キャンセル。普通のタクシーの座席に抱き上げて押し込み、車椅子は、折り畳んでリア・トランクへ。

10/21 「午後一番で、入院手続きを取られたし」と病院から、寝ぼけ眼の朝一番に電話が入り、ケア・マネジャーに事情を知らせ、2箇所のヘルパーさんの派遣先への連絡、2箇所のデーサービス先への連絡などをアレンジ依頼。
入院用具の取りまとめ、介護タクシーの予約を取り付け、何とか午後1時半までに病院に到着。
病室に入って落ち着いてから、担当医師から今後の精密検査・手術・治療の具体的な話を聞く。
「胆管閉塞」を起している原因を調べるための診察と、閉塞状態を直すための治療・手術の説明であった。内視鏡検査とチューブ挿入手術は、10/26と決まった。

10/22 MRI検査。その結果はまだ聞けていない。

白内障の手術の結果は良くて、視力は普通の状態に戻ったのですが・・・。

目の手術でしたから、術後目を包帯で塞いでいました。
特に夜間の小用のための一人歩きは危険ですから、離床センサーを敷いて、ベッドを降りてマットの上に体重をかけたら、ナース・センターでモニターされ、看護士が介助に駆けつけるようになっていた。
昼間も、ベッド脇の呼び鈴でナースを呼んで介助してもらっていた。
両目で、合計1週間。
退院後、私の遠征日程(ヒマラヤ)に合わせて特養施設でのロングステイで2週間。
もちろん、視力は回復しているが、この習性で、介護士さんの手を煩わせたのだろう・・・。

それが習慣になってしまったのか、自宅に戻っても、夜中、何かと呼び鈴を押す。

オヤジの部屋の呼び鈴、60歳の時、そう40年前にくも膜下出血で倒れ、長期入院・リハビリ後、自宅に戻ってきてから、夜中に何かあったら知らせてと、取り付けた、単1電池を用いた旧式のベル式のもの。
静かな夜には、けたたましい音を立てる。
今までは滅多に鳴らすことはなく、部屋で転倒したときに鳴らされた位で、1年に1回位であったろうか・・・、そのお陰で大事に至らず今日まで来た。

しかし、最近は、特に夜間、のべつまくなく呼び出される。
あまりの音量に(夜間だから)耐え切れず、先日、大工センターに出向いて、最近の音の優しい、チャイム音のワイヤレス式の物に替えた。

しかし、それでコールの頻度が減る訳ではない。

夜中の3時、4時台に続けて起されたり、今起されて15分も経たない内に又鳴らされて、実の親子同志であるから、思わず大きな声で諌めてしまうこともあった。

そんなことが1週間近く続いたので、先日、良く充分言い含めて(微妙な言い回しであるが、親子喧嘩調?)ある時間帯だけチャイムの電源を切った。
替わりに、私がトイレに目覚めた時に合わせ、隣室のオヤジの様子を覗いている。

コールの殆どが、ベッドから上手く立てないとか、転びそうになったとか、上手くパンツ・ズボン下・パジャマの3点が降ろせない、上げられないなどの理由のコールなのである。

私も60歳代に入って、夜中にトイレに起きる頻度が増えてきて、100歳の男がどの程度頻尿になるのかは想像がつく。以前は尿瓶が使えたが、今はそれを自分で使うことも出来ない。もちろん、リハビリ・パンツをはかせており、尿パッドも夜間用のものを使わせている。
でも、ある面、頭はしっかりしているので、必ずベッド脇の椅子式携帯トイレでしまつしようとする、紙オムツの中にもらすことを嫌がる。その想いが、半身不随でありながら、今でも自立して用をたせるベースになっているのであろうが・・・。
自分でやるにはますます時間がかかるようになっているのは、理解するし、だから周りに居る家人に手伝ってもらいたくなってチャイムを押したくなるのも、判らないではない。

でも、である。
のべつまくなく起される身は堪らない!
完全に寝不足である。
ソファにはシュラフが常備され、ちょっとの時間でも腰まで足を突っ込んで眠れるようになっている。
しかし、あらゆる雑用が、容赦なく、眠りを叩き起こす。

あっちは、昼間、四六時中、寝るのが仕事のような日々。少々時間が掛かろうが、トイレに座って、こっくりやろうが、暖房は充分聞いている部屋だ、尻を出してる時間が長くても、風邪を引くような温度にはなってない。

でも、こっちは、そうは行かないのだ!

無事退院しました

白内障、両眼の手術、何事も無く終わって、先ほど退院して参りました。

1日経った昨日の夕方、
「どう、良く見える?」って聞いても、
「すっごく、明るくて、隣の蛍光灯がまぶし過ぎて困る!」

水晶体の濁りが無くなって、明るく見えるのと、
瞳孔を開く薬が、多分まだ影響していたのでしょう。

先ずは、一安心です。

手術後の翌日、今日、面会したら、眼の眼帯取れていました。

もともと、40年前の、くも膜下出血の後遺症で左半身が不随。
その影響であろう、こんなに白内障が進行している間にも、利き目の右目だけで、特別倍率の点眼鏡を覗いて文字を読んでいた。左目は、ほとんど閉じて右目だけで読んでいた。

手術後、どの程度回復するかは、少なくとも1、2週間経たないと判らないらしいが、本人は「左目がずっと明るくなった」と言っていた。

手術前の病院の説明によれば、眼球を2.5mm程度切開し、水晶体の入っている袋の前側(前嚢と呼ぶらしい)を削除。水晶体の核と皮質を超音波で砕いて、吸引。替わりに人造の水晶体(レンズ)を挿入する、と言うことのようだ。

明日、右目の手術を行う予定。

イメージ 1

参考に、病院からもらった説明書の図を抜粋しておこう。

左目の手術終了

今、病院から帰って来ました。

手術に要した時間、30分でしたから、何事もなく終わったようです。
「歳が歳だから、事によったら1時間くらいかかるかもしれません」と言われていたが。

終わってから、1時間ほどして、遅い昼食を摂ったら、元気に色々喋っていましたので、
大丈夫なようです。
明日の午前中に眼帯を外して結果を検査するようです。
「きっと、本人がびっくりする位、良く見えるようになりますよ」と看護士さん。

明日が、楽しみ?

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