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18日の夜遅く、洗面所で"どたん!"、と音がしたので、慌てて洗面所のドアを開けたら、親父(97歳)が床に腰を落として倒れて居た。
抱き上げて起こして、立たせ、「どうしたんだ?」と聞いたら、うがいをしようとして、頭を上げたらバランスを失って倒れ、倒れる時に麻痺している左手首を強打したらしい、と言う。
盛んに痛がる、が袖をまくりあげて手首を見るが変化はない。
指先も動く(もともと左半身不随でよく動かないのだが・・・)
骨折でなければいいが・・・(足が不自由で、これまでも風呂場で尻餅を着き、起き上がれないようなことが、幾度もあって・・・)。
1時間ぐらい経ったら、吐き気がすると。
手首が若干腫れて来たかな・・・
それから1時間、痛くて我慢できないと。
手首が大分腫れているので、骨折と判断し、夜中の12時過ぎに車に乗せて、広尾の日赤救急センターに駆けつけるが、六本木通りは金曜深夜の混雑、もう19日の午前1時頃。不景気だと言いながら、ここは不夜城。
やっとたどり着けたはいいが、この折、直接の救急患者は受け付けないシステムになっていたのだ!
言われて思い出した、「24時間 電話対応の医療機関案内」に前もって電話してからでないと、駄目になったと。
日赤救急センターの夜間窓口で、電話番号を書いた保健医療センターのパンフレットをもらい、「ここに電話して、近くの医療機関を紹介してもらって下さい」と。
5分で行けると言う都立広病院の救急センターで受け付けるので、来てください、と。
道順が判らない、私の車にはカーナビが付いていない。
痛がる親父に「もうちょっと我慢して」と。
都内地図を開いてみるが、暗いし、老眼だし、地図を左手に持ってゆっくり運転して、右に曲がって、すぐ左折して、また左折して、外苑西通りに出て、また左折して、やっと救急センターの前に辿りつく。
途中、親父は「なんまいだ〜、なんまいだ〜」とお題目を呟く始末。
5,6人の泣いたり、わめいたりの急患。
場所柄、酔い客の事故か、半分は酔って転んだ、痴話げんかで殴られた、と泣き喚く少女、ぐでんぐでんの外国女性まで入ってくる。
治療室からは「先生、痛いよう!!」、「痛いよう!!」とわめき、「もう少し我慢ね!」と医師の声。
待合室ではこの急患を搬送した救急車の担当者が備え付けのテレビで大相撲の画面に見入っている(音声なし)。
待たされる事約1時間半(その間も、親父は「なんまいだ〜、なんまいだ〜」)
やっと、外科の順番が来て、「すぐレントゲンを撮りましょう」
治療室の前のレントゲン室前で待つように、と。
撮影が終わって、画像が出てきて、見せられると「やっぱり折れていますね」、「少し、手先の方の骨の向きを直しますから、ちょっと引っ張りますので、痛いですよ」と、看護婦(今は看護士か)が押さえていて、手を引っ張る。
副木を当てて、包帯を捲いて、「9/24に癒着状態を調べますので、来院して下さい」と、いろいろ痛み止め薬のこと、夜間の受け取り窓口の位置などの説明を受け、料金の支払いが終わって、車椅子を押して、病院の外に出たら、白々と夜が明けて来た。
家に着いたら5時半!
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