サントリー天然水工場(白州)との井戸水問題・他:白州の森

白州の森が綴る、「サントリー白州工場との井戸水問題」等の「森からの便り」

欧州アルプス登山

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モンブラン周回コース:モンブラン・トンネル〜アオスタ〜サン・バーナード峠〜マルティニー〜モンテ峠(7/1 後編)


St.Rhemyのレストラン横の橋のたもとにはこんな花を付けた木が。黄色のアカシア?
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トンネルでイタリアからスイスへ国境を越える新道を見送って、旧道(ルート:SS27)の峠道を辿ると、雪の消えた斜面はお花畑になっていた。
フウロソウの類でしょうか。
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ビランジに似てる花でしたが。
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色とりどりの山草が咲いていました。
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ここがサン・ベルナルド峠です。英語読みでは、セイント・バーナードと表記するのでしょうか。
「グラン・サン・ベルナール峠」が正式な表記なのでしょう。
古代からアルプス越えの要衝であり、ハンニバルが像で越えたのもこの近くと言われているそうで、また旅人の保護のため葡萄酒を入れた小さな樽を首に掛けたセイント・バーナード犬の話が有名な場所です。
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帰ってから気が付いて本を開いてみたのですが、近藤等著「アルプス 山と人と文学」の中の「古代・ギリシャ・ローマ時代」の中に、『不吉な神々から身を守るために、ローマ人はユピテルや土地の神の加護を求めることになり、アルプスの高所に神殿や祭壇を築き、祈りをこめた像を捧げた。たとえば、かつてはモン・ジュー(ユピテルの山)とよばれたグラン・サン・ベルナールの峠には、そうしたものが沢山残っている』と。もう少し、身を入れて読んでおくんだったな。


大きな池、湖があり、湖畔には数件のロッジ兼レストランが。
天気も悪く、閑散としていました。
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周りには、残雪が一杯。陽が射していないので寒いくらいです。
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天気が良い日だったら・・・、きっと最高の散策、或いは昼寝が岩の上でできただろうに、とちょっぴり残念。
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峠から下って、サン・ピエールに出て、マルティーニーの街中を抜けて、シャモニーに戻る道に入りました。
Col de la Forclaz、Col des Montesを抜ける頃には、さすがに大型の観光バスも何台か走っていて、今までの田舎道とは違った、さすがシャモニー、と言った感じ。
アルジェンティエールまで来るともうリゾート地真っ只中。

ちょっと前に読んだシェルパ・斉藤の書いた「世界10大トレイル紀行」のスイス・フランスの「オート・ルート」の項で、エギュー・ド・ルージュの麓を辿ってアルジェンティエールに出て、今我々が走っているこの道路を横切って、ここからバルム峠を越えてトリアンへとトレッキングを続けた、と書いてあった。

アルジェンティエールを抜ける頃、雨足はずっと強くなって、道脇を行くハイカーのポンチョが風で煽られていた。

モンブラン周回コース:モンブラン・トンネル〜アオスタ〜サン・バーナード峠〜マルティニー〜モンテ峠(7/1 前編)


イメージ 18 予報の如く、7/1の早朝から天気は崩れ始めた。
そんな訳で、岩登りはお休みで、今日は観光です。
レンタカーでドライブです。
モンブラン・トンネルを抜けて、
イタリア側のクール・メユール〜アオスタと走り、アオスタの街歩きと旧跡を見学した後、
サン・バーナード峠を越えてスイス領に入り、
サン・ピエール〜マルティニー〜コル・ド・モンテ峠を越えて、
またフランス領に戻り、アルジェンティエール経由シャモニーへと、モンブランを周回するコース。
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凱旋門風? オウガスタスの門(Arch of Augustus)
インフォーメーションで頂いたパンフレットを読むと、この門が立てられたのは、紀元前25年、この地方を治めることに成功したローマ軍、皇帝オウガスタスを称え、この街が形作られた時代に構築された門・アーチのようだ。
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アオスタの街に入って車を駐車して、ぼちぼち歩き始めます
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メインストリートは小奇麗な店が並んでいます。
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これがアオスタのシンボル、随分古いタワー・ゲートですね。
現在、修復工事中? 遺跡ですから発掘調査も兼ねているのでしょうか?
パンフレットを拾い読みすると、この四角いタワーは、中世、Dell Porta Sant'Orso と言う貴族の居城だったとか。
Praetorian Gateと言うそうで、City of Augusta Praetoriaへ通ずるゲートだったとか。
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このタワーの傍の建物の中にインフォーメーションがあり、市内と郊外の地図をもらいました。
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いわくありそうな大きな木彫がありました。
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ショウウィンドウの中なのが残念。
何が残念って???
生のおねぇチャンだったら、そしてショーウィンドの外にいたらよかったのに、と思っただけ。
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広場に出ました。右手の建物が P.zza San Francescoとか。ホテル?
タウン・ホールだった?
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広場をぐるっと歩いて、中央のカフェで一息つきます。
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カプチーノの「大」をオーダー。
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あの親子は、お巡りさんに道でも尋ねているのでしょうか?
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アオスタの見物後は、サン・ベルナルド峠(Col du Gd St-Bernard)へ向かいました。
トンネルで国境を越えるのも能が無いので、天気は悪いかもしれないが新道(ルート:T2)を辿らず、細い旧道(ツート:SS27)を辿ることにしました。途中、ちょっぴり道を間違えましたが、直ぐ気が付き逆戻り、正規の旧道ルートに戻れました。
旧道の宿場町・村落 St-Rhemy(サン・レーミ)と言う名の小さな集落の中の洒落たレストランに立ち寄り、昼食をとることにしました。
橋を渡った奥に駐車場があり、集落まで歩いて戻ります。橋の上から見るとこんな佇まいです。
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集落の中はこんな細い道なので、車ははいれませんね。
奥に人がたっていますが、あそこがレストランの入り口だったかな・・・。
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メニューはフランス語だけ。オバサンがどんな料理か簡単な英語で説明してくれました。
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中島さんには悪いけれど、H井さんと二人だけはハウス・ワインもオーダーしました。
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駐車場に戻って来ました。
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この先で、旧道はトンネルに入る新道とクロスしてますが、我々はそのまま旧道を走り、池?湖のあるサン・ベルナルド峠に向かいました。
(続く)

ル・ファイエの岩場

シャモニー近くのクライミング・ゲレンデ:ル・ファイエ


今後の日程打ち合わせのためジャン・ピエールから朝10時(6/30:土曜)に電話が入る。
アパート近くのレストラン・Monkeyで落ち合う。
今晩より天気が崩れ、回復は火曜(7/3)の午後、とのこと。
従って、プラン針峰の縦走は7/3の夕刻スタート。その晩、コスミク小屋に泊まって、翌7/4日の早朝4時に小屋を出て、プランまでの往復とする。コル・デ・プランから下ってルカン小屋経由でメールドグラス氷河に出て、モンタンベールに出るコースは、ルカン小屋手前の氷河の状態が良くないので、私達には勧められないので、プラン針峰からエギュー・ド・ミディへ戻るルートを取る、と言う説明であった。
天気もその後ちょっと不安定だとか。
我々に、異存はもちろんないのでOK。

と言うことで、明日からは岩登りはお休みで、観光?

でも、今日はまだ天気ももっているし、午後がもったいないですねぇ。
ということで、午後、郊外のル・ファイエの岩場に遊びに連れて行ってくれるとか。
丁度、ご子息のマックス君も連れて、一緒に登ろう、ということになって、午後1時半だったかに車でピックアップしてくれる。

シャモニーにはガイアンとかコンタミヌとか、いろいろ良いクライミング・ゲレンデがあるが、ル・ファイエもその中の一つ。

車で20分ぐらい走ったローカルな公園の一角にある岩場。

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(説明:このル・ファイエのゲレンデ、上段、下段の二箇所の岩場がある、と言う。私達が攀ったのは下段、ローワー・レベルのゲレンデ。左の部分に行くほどスラブが手強くなっていた。最初は右の、比較的易しいところから取り付いた)


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(説明:クライミングはバランス。マックス君が片腕だけで攀り始めました。バランスを身に付ける良いトレーニングが片手腕を腰に回して、片手でホールドを掴む。この方法でクライミングすれば、嫌でもスタンスのバランスを重視して攀らざるを得ないです、と)


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(説明:私も、片腕でトライする。次の段階は、ブラインドで攀る、と言う。中島さんがトライする。目を閉じて手で岩肌の感触を掴みながらスタンス、ホールドをまさぐるのだから、時間が掛かる。登っている本人は真剣で、両手の届く範囲をまさぐって、岩の特長を頭に入れてそっと足を掛けて一歩一歩上がっていくのだから時間がかかる)

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(説明:暑いので、裸になってトップロープ。傍で、マックス君はダブル・エイトノット)


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(説明:暑いのでかなわん、とペット・ボトルの水を首筋に)


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(説明:自分も片腕でやってみたが、勝手が違う。この後、中島さんに続いて、私にもブラインドでやってみろ、とピエールは言う。尻込みしたが、思い切ってやってみた。ウゥ〜ン、難しい。手で何度もスタンスの位置、ホールドの位置を確認して、記憶して、そろりそろりと体重を移動する。アドレナリン一杯であった)

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(説明:こんなオチビさんもやってます)

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(説明:そのお兄ちゃん)

こんな岩場がごろごろしているシャモニーが羨ましい。
すぐ脇の公園の草地には、ミニ・SLが走っていて、子供も大人も一緒になって楽しんでいた。
マックス君は、岩場は一本だけだったけど、このミニSLには二回も乗っていた。

ランデックス岩稜を攀る−その2


6/29 エギュー・ド・ルージュ山群の一岩峰、ランデックスの岩稜を登攀しました。
中島さんから、私が攀っている様子を撮影した画像が届きましたので、アップします。

目の前一杯に広がるシャモニー針峰群、モンブランからエギュー・ド・ミィデ、これから登攀するプラン針峰、エギュー・ド・ブラティエール、グレポン、そしてメー・ド・グラス氷河を挟んでラ・ベントにドリュウ、更にアルジェンティエール氷河の窪みを越えてエギュー・ド・シャルドネ、エギュー・ド・アルジェンティエール。大パノラマを一望しながらのクライミングは最高としか言いようがなかった。

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(説明:Les Prazのロープウェイの駐車上で。今日は、クライミング・シューズで攀る、アプローチはほとんど雪はないので、山靴でないアプローチ・シューズでOKと)


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(説明:ランデックス岩峰の全貌)


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(説明:1ピッチ目を登る私)


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(説明:バンドに出てシャモニーを見下ろす。目の前にはモンブランから、タキュル、そしてエギュー・ド・ミディ針峰群が左に続いている。雲の下の針峰が目標にしているプラン針峰)


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(説明:2ピッチ目の凹角)


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(説明:3ピッチ目の上部をうかがうジャン・ピエール、確保するH井さん)


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(説明:3ピッチのスラブを登るH井さん)


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(説明:ザイルの束をほぐしている。背後はメール・ド・グラス氷河)


この感じ、堪らな〜い〜すぅ!!!
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(説明:4ピッチ目、左にメール・ド・グラス氷河、プラン針峰から右にエギュー・ド・ミディと続いている)


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(説明:60m2本のザイルをダブルにして、ブルージックをとっている)


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(説明:60mラッペルの1本だけで下降)


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(説明:懸垂下降の後は、しばらくクライム・ダウンしてから、このガラ場の下り)


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(説明:雪渓を上ってリフトの山頂駅に戻って来た)


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(説明:リフトのワイヤーの奥にメール・ド・グラス氷河。奥で雲に覆われているのがグランド・ジョラス。氷河の両脇がグレポンとドリュにベルト)


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(説明:リフトからロープ・ウェイに乗り換える中間駅。真正面にベルトとドリュ。左にアルジェンティエールとシャルドネ)

男三人、シャモニーでのアパート生活


今回の旅は、シャモニーの街中に腰を据えて、天気の良い日に併せて、モンブラン山群の中のミディ針峰を中心としたコスミク岩稜、プラン針峰縦走、エギュー・ド・シャルドネ、そしてトリノ小屋付近のダンデ・ジュアン登攀、ミディからタキュル登山へと、天気が悪ければ観光へと切り替える、お天気次第で自由に予定を変更できるように、現地に着いてから、ガイドのジャン・ピエールと相談しながら進めると言う、自由度の高いアレンジメントにしてくれていた。

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(説明: 部屋のドアーを開けるとこんな感じ)

ベースになるのはロープウェイのエギュー・ド・ミディ駅から歩いて数分のアパート(駐車場付き)の一室で、インターネットで予約されていた。インターネット画面上の画像で、3人で11日間宿泊するに充分な設備を備えた部屋だと判断して決めたが、やっぱり予測していた広さとは若干違っていたようで「画像だけでは、なかなか判断は難しい」との感想。


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(説明:左に開いたままのソファ・ベッドと畳んでソファになっているベッド、右がベッド室)

とは言え、6/26〜7/7の朝まで、これと言った不自由さは感じなかった。
正規のベッド・ルームにソファ・ベッドが二つ、寝具3セット付き。
キッチン、バス、トイレ、冷蔵庫、什器・備品付きで、キッチンには4連のIH、食器類、マイクロ波オーブン、トースター、数種類の鍋、フライパン等が備えられて、自炊するための一通りの道具は備わっていた。


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(説明:これがベッド室)

自炊しているうちにお玉がないことに気付き、スーパーの日用雑貨のコーナーで手に入れ、また包丁はあったが、切れが悪いので、新調した。


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(説明:キッチン。自炊の時は輪番制で食事当番が決まった。今晩は、H井さん)
一応、テレビも備わっていたが、フランス語がわからないので・・・)


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(説明:キッチンの手前が4連のIHコンロ。棚に乗っているのが「チン」と湯沸しポット)


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(説明:小さいながらベランダも付いていた)


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(説明:ベランダの椅子で読書中のH井さん。皆さん数冊づつ本を持って来ていて、街中の散策にも飽きた時や、眠れない朝など結構本を読んでいたようです。H井さんは森田勝の生涯を書いた「狼は帰らない」、私は渡辺一枝の「チベットを馬で行く」、中島さんは村口徳行の「エベレスト登頂請負業」など)


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(説明:食事風景1、このときはソーメン)


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(説明:食事風景2、この時はステーキ)


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(説明:アパートの1階はピザ・レストラン、我々の部屋は2階、このピザ屋さんの真上だった)


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(説明:着いた日の昼食は、そのピザ屋さんでマルガリータの「大」を注文)


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(説明:現地ガイドのジャン・ピエールとは何度も次の山行の打合せをしたが、この画像の時はプラン針峰縦走の予定が天気が悪いので先延ばしにして、ラファイエの岩場あたりに出かけようか、の相談だったかな・・・)

アパートの自炊生活に特別珍談・奇談はなかったが、唯一、トイレの水タンク(陶器製)の下部より水漏れが生じて、水道の元栓を閉じて、水を抜いて陶器製の水槽位置を調整する騒ぎが生じた。
どうやら用を足す時、便座の蓋(厚い木製)をパタンと開けて、水槽側に倒した時、後ろに位置するこの陶器製の水槽に力が加わって、パイプの取り付け位置がほんの僅かずれ、パッキンのところからぽたり・ぽたりと。30分もすると便座の周りが水びたし。
最初は、応急作業で足拭きタオルを置いて吸い取って、ちょっと水槽を叩いたりして位置を調整したが、水漏れは止まらず、結局元栓を閉じて、水槽の水を落とし、陶器製水槽を底から固定している蝶ネジを緩め、位置調整してから改めて締め直すことで、水漏れはなくなった。
しかし、その直後に流した後の水がトイレに出っぱなしなる症状が発生。水槽の位置を若干ずらせた結果、水槽の中のフロートが垂直にぴったりとパイプの出口に乗らなくなったのが原因らしい。
再調整してOK。
こんなことも起こり得る。
でも、山やはありがたい、弄くりまわすことはお手の物。
あぁ、そうそう、自炊で、菜バシがないのが不便だったな(割り箸持っていくの忘れていた)。

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