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背が高いといっても、コシノコバイモと比較しての話しで、10数センチの高さ、せいぜい20cm程度のショウジョウバカマ。 その紫がかったピンクの線香花火に目が行って、「あれっ!」 そのショウジョウバカマの葉に隠れるようにもたげているコシノコバイモの白い釣鐘。 原画の大きさに拡大しないと小さくてわからないかもしれない。 渓谷沿いの山側の斜面を見ながら歩いていると1輪だけ咲いているのはすぐに見つかったが、それからかなり歩いても見つからなかった。 もう見つからないかな、と思っている時だった。 ショウジョウバカマの下に2株、そして画像には入らなかったがその右と左脇に1輪づつ、合計4株が目に入った。 これで今回7株の「越の小貝母:コシノコバイモ」に出会ったことになる。 でもあらためて考えてみるとおかしなものだ。 青春時代何十回となくこの林道を登り下りしているのに、 当時これらの花たちに深い関心を示したことはあまり無い。 梅雨から暑さの残る初秋の頃までの季節はあまり経験していない、 殆どが晩秋から盛春の頃。 花の咲くこの残雪の季節にだって、何回と無く歩いていたのに。 只々、歩くこと、登ることに、 先を、先を見ることばかりで、 足元の花や横の土手に咲く花には目を向けていなかった。 そんな路傍に咲く小さな命に愛おしさを感じる、 それが60の坂を越えて生きてきたことの証左なのだろうか・・・。 |
星の小舎(浦佐)
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離れた4箇所で、7輪のコシノコバイモと出逢うことができました。
この辺に咲いていると過去の経験で、目を皿のようにして探すのだけども、 同じ場所からちょっと離れた場所。 今回は、4株が極近くに咲いている場所に出くわしました。 |
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魚沼三山の盟主、駒ケ岳。
左から郡界尾根、駒山頂、グシが鼻。 蓬山からカネクリ、池の搭、フキギと若い頃遮二無二に歩いた郡界尾根が懐かしい。 |
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越後、水無川渓谷の入口にある
山小屋で遊んできます。 カタクリ、ショジョウバカマ、イワウチワ、サルナシ、キクザキイチゲ、スミレサイシン、そしてお目当てはコシノコバイモ。 癒し系、カエデの若葉です。 |
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”アルプ”とは、ヨーロッパ・アルプスの山裾野に広がる牧草地帯の総称だが、それをイメージして創文社から発行されていた稀有な山岳文学雑誌「アルプ」のことである。 迂闊にも13年前にオープンしていたとは知らなかった。 日野春小学校の前をいつも通りながら、そこから一歩入ったところにあるこの建物に気付いていなかった。昨年、晩夏から晩秋にかけて、しばらくの間、確かちょっとした手製の看板が七里岩ラインの道路沿いの電柱だったかに付いていたのは記憶していたが。 昨年の暮れに近い頃、私のログ建設の師匠のKさんから、「こう言う美術館があるよ!」とパンフレットを渡され、「あぁ、そう言えば、日野春の傍で看板を見かけたことがある・・・」と。 「是非、行って御覧なさい!」と勧める。 機会があったら、と思っていたが、冬の間は閉館らしい。 先シーズンが終って、道路沿いの標識は取り外され、そのままらしい。 それが、今回やっと果たせた。 私達の年代の山歩きを趣味とする人は御存知だろう、串田孫一や岡部牧夫、三宅修によって編纂され、 串田孫一、坂本直行、大谷一良、曾宮一念、畦地梅太郎、一原有徳などの版画やスケッチ画、 そして尾崎喜八、串田孫一、辻まこと、熊谷(大野)榧、青柳健、朝比奈菊雄、岡部牧夫、宇都宮貞子、更級源蔵、手塚宗求、今井雄二、大滝重直等など多彩な顔ぶれの執筆者が文章を寄せていた。 美術館の御主人Sさんと話が弾んだ。 1時間話していても、話しは続く。 そりゃそうだ、昭和33年に創刊号が出た時私は高校生。 それを読み下せるほどの人間形成は私は出来ていなかった。 定期購読するようになったのは大学に進学してから、それから300号(最終刊)まで購読を続けた。 その間25年の内容を思い出すままに1時間で語ろうと言うのだから。 再訪を約して失礼する。 坂本直行の絵があんなに揃っているなんて! |


