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1番目は、標高6000m以上のピークを踏むこと。 2番目は、黒部の赤木沢。 3番目は、北鎌尾根の下降、 1番目は、昨年秋から計画を練ってもらっていたアンデス・ワスカランの遠征が、種々の理由で中止になり、今年に入って俄かに浮上したポスト・モンスーンにネパール・ヒマラヤのメラ・ピーク(6476m)遠征で実現できそうだ。 しかし、2番目の黒部・赤木沢は、のろのろ12号台風の悪天で、今シーズンは諦めざるを得なかった。 そして、3番目がこの北鎌尾根下降(逆北鎌)。 どうせ槍まで登るなら、小槍の登攀を。更に車で沢渡まで入るなら上高地に下りたいから、ついでに日本100高山に入っている赤沢山(2670m)、赤岩岳(2769m)も上ろうよ、って。どちらも一般ルートは無く、ネットで過去の記録を調べると、どちらもかなり手強そうなピーク。表銀座(東鎌尾根)の稜線上にあるのだから、西岳ヒュッテを足がかりにして、両山頂ピストンも加えて、水俣乗越から槍沢に下りて、上高地に出た方がいいんじゃない、となった。 台風後、幸いに天気は安定しているので、そのどちらもまとめて「山工房」の中島ガイドに助っ人をお願いしようと決まった。相方と二人合わせて140歳のパーティだから何かあったら高年登山者の無謀登山の謗りは免れない。 強行軍になりそうだが、3泊4日の行程で何とかなりそうだ、と見通しがつき、他の付き合いは不義理させてもらって、浮かせた自分の時間は、山優先。 山ノ神を口説き落とし、せっせと日常の介護仕事をこなしてゴマを摺り、機嫌をとって、100歳になる親父の白内障手術入院の日程も、病院側の手術日程の都合でちょっと先の9月の下旬に決まったので、ジジイの二人にとっては、きつい山歩きになると覚悟して、この期に出かけることにした。 しかし、何と間が悪く、直前のショート・ステイ(9/2〜7)の退所の日に転倒、腰を打ったと。介護施設で近くの外科医に連れてって、レントゲンを撮って調べた結果、骨には異常が無く、単なる打撲。自宅に戻っても、痛みを強く訴え、ベットからも起き上がれない、食事はほとんど喉を通らない。急遽、在宅診療をしてもらっている掛かり付けの医師に相談して、痛み止めのロキソニンを処方してもらう騒ぎ。3日後の9/9の夜には、何とか痛みも和らいで来たようで、ベッドの脇の携帯トイレで用もたせるようになって、ガイド山行を直前でドタキャンせずに済んだ。綱渡り的な毎日。まったく、何が起こるか判らない在宅介護。 吾が"山ノ神"や、ヘルパーさんに感謝、感謝で、山に出かける。 ってな、ことであんまり威張れるざまではないけど・・・、家に居たんじゃ出来ない山歩き好きの宿命? ところで、今日は北鎌尾根下降の2回目、穂先基部付近から北鎌平付近までの画像です; 太陽が低い雲を抜けて出てきた。 北鎌平向けて更に下ります。 ソロの登山者がテントを撤収しているのが蟻のように見えてます。 独標まで道は遠いなぁ〜。 槍の基部に我々の影法師が写っています。 昨日、攀った小槍に半分陽が射し始めました。 北鎌平付近までやって来ました。 槍山頂が大分遠ざかりました。 P14の左に裏銀座の山並みが。 「春雪の北鎌に逝く」のプレート。 大槍、孫槍、小槍をバックに。 その3に続く |
北鎌尾根(天上、貧乏)、北鎌下降
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どっちが言い出したか知らないが、「下りは楽じゃん」。 ロートルは、楽をしたがるから・・・。 でも、それがそれが大間違い。 攀るより遙かにしんどかった!!! ちょと厳しい所は、懸垂下降で一気に降りちゃうから、いいんだけど、長い下りは膝にガタが来て、北鎌沢の下降が予想を超えてきつかった。 おまけに、欲出して、翌日、赤沢山と赤岩岳をやろうと、貧乏沢経由中房温泉を、水俣乗越から西岳ヒュッテにしたもんだから、天上沢の登り返しと、乗越から西岳ヒュッテまでの登りでグロッキー! 今回は、穂先の下までの下降です。 いざ、出陣! 緊張気味です。 穂先についても、まだこんな状態でした。 夜明けを穂先の上で待ちます。 数パーテーが山頂で日の出を待っています。 光が当たり始めました、祠の横から下降開始です。 二つのチムニーは一気に懸垂下降で。 穂先の基部まで降りてきました。 |
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最終回、北鎌平〜槍、山頂 祠までです。 画像1:北鎌平付近で、槍の穂先をバックに 画像2:さぁ〜、穂先のてっぺんに向けて最後の登行を開始。 背後は独標です。 画像3:穂先の基部に着いた。高いな〜〜!! 画像4:チムニーに向けて、左へ左へと登りあがって。 昨年は、この辺りで、右に斜上して、チムニーを避け、チムニーの上に出てから左に大きく回りこんで、杭の見えるポイントに出ました。 画像5:一段目のチムニーを越えて 画像6:後続の筆者が続きます 画像7:二段目のチムニーに入り、右の壁に乗り移って。 画像8:最後の力を振り絞ります。 画像9:私、白州の森が続きます。 画像10:チムニーを登り切り、左に回りこんで、頂上の杭が見えてくると、「小川さん、先頭で祠の横に出てください」と中島ガイド。 画像11:登りあがると、無人の頂上でした。 祠の前に、へたり込みました。 先ずは、記念写真をと、手袋を外しています。 画像12:「きつかった〜・・・!!!」、「よく、頑張れたな〜・・・」 山頂は、一面ガスに包まれていました、でも満足です!!! 大天井ヒュッテ出発が未明の午前3時、北鎌沢出合を出発したのが5時45分、北鎌のコル到着が8時過ぎ、それから7時間かかって槍の穂先到着が午後3時でした。合計12時間の登行でした。 長い間、見ていただき感謝、感謝! 詳細は筆者の「山野跋渉」のHPを; http://hoshinokoya.world.coocan.jp/
ついでに「森からの便り」のHPも; http://homepage3.nifty.com/morikaranotayori/ |
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今回は、独標〜北鎌平〜の間の画像です。 画像1:遥か下に、辿ってきたルートの一部が見えています。画像が縦画像で、右端が入っていないので定かではありませんが、トラバースに入る地点を見下ろしています。 崖には沢山の花が咲いています。 画像2:独標から若干下ってP11近辺で取った画像でしょうか・・・。 画像3:灰色をして、登れば今にも崩れそうなP13でしょうか・・・。 この手前から千丈沢(右側)へザレ場を数十メーター下降します。 画像4:その手前のポイントで、しばし小休止。 画像5:下降します。こんな場所です。 画像6:降りた先で、また稜線に上り返しました。 画像7:P14に上りあがったところです。 画像8:しばらく稜線を進むと、「諸君、頑張れ」だったか「頑張れ、諸君」だったかのプレートの前に出ました。 画像9:その先からクライム・ダウンです。 画像ではかなり急に写っていますが、それほどでもありません、比較的足場はしっかりしています。 画像10:終わりの方はトラバース気味に。 画像11:降りた場所は平たい鞍部です。下降距離は20m弱だったでしょうか。 画像12:広い稜線の大岩の小さな起伏を越えて行きます。 画像13:割れた岩の間を通過します。 後方がP14でしょうか・・・。 画像14:北鎌平の近辺です。 画像15:横浜蝸牛山岳会の遭難碑。 画像16:見上げる槍の穂先 画像17:ここから穂先の基部まで、大岩のごろごろした上を登り上がって行きます。 |
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さぁ、いよいよ北鎌尾根の核心部に入ります。 トラバース道は、どこまで行って、どこから稜線に出るか・・・。 ネットでいろいろの方々の記録を参考にしてのぞみました。 画像1:幾つからの小ピークから成る天狗の腰掛に上りあがるまでは、這い松、木の根、両手も総動員してのエテ登りが続きます、結構消耗します。 画像2:途中、えぐれた大岩の脇から独標が望めます。道は、この大岩の右を捲き気味についています。 画像3:さぁ、天狗の腰掛のピークに来ました。まだ手前のピークが邪魔してトラバース道は見えていません。 画像4:そこから観た裏銀座の山々です。 画像5:手前の小ピークに来ると独標が威圧感を与えて峻立。 画像6:トラバース道の最初の難関。でも固定ロープがありますので、足元に注意すれば大丈夫。足場は昨年より悪くなっていました。ここがもっと崩れるとやっかいですね・・・。 画像7:慎重にカラビナを架け替えながら・・・、あまり頼り過ぎずに、足元を注意して。 画像8:トラバース道は、登り坂になります。 画像9:二番目の難関、出っ張った岩の下を潜ります。一段下の岩に足を下ろして、背中のザックを岩にぶつけないように注して潜ります。 画像10:最後に私が潜ります。 画像11:問題は、この取り付きポイントです。画像に残すのを忘れました。昨年は、残置ハーケンにスリングの架かった大岩の所を越えて一旦下降し、更にトラバースを続けましたが、その手前のルンゼ状(?)の所から独標のピーク目指して上りました。約4ピッチ程度でしたでしょうか・・・。何箇所か、残置ハーケンもありました。 画像12:1,2箇所、3級(?)程度の箇所がありましたが、あとは2級程度(?) 独標ピーク直下で、ここまで来れば、やれやれですすが、息は大分上がっています、はぁはぁぜぇぜぇです。 画像13:独標に上りあがって、このポイントから、振り返って天狗の腰掛を見下ろします。 画像14:前方を見れば、槍の穂先部分にはガスが纏わり付いて、全貌は判りません。 画像15:テラス状のところで休憩です。ロートルですから、小刻みに小休止を入れます。 画像16:P11〜P14でしょうか? 北鎌平は、まだまだ遠いです。 これらの画像は、中島ガイドが、私たち二人を撮ってくれたものに、休憩時に自分で撮った画像を加えたものです、行動中は、なかなかカメラを手に取ることが困難ですから。 |


