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画像の整理が出来る前に、その後の太陽光発電の状況を・・・。 4月、5月 来年1月に100歳になる親父が、40年前にくも膜下出血で倒れてから、半身に麻痺があり、冬場、夏場、エアコンだけでなく、足を暖める電気あんか、専用トイレの便座にヒートパネルなど、これ以上の節電はなかなか難問。私の部屋では夏場もエアコンは使ったことはないが(そもそも設置してない!)、我が家全体での節電しろは小さいな・・・。 |
太陽光発電、環境・原発問題
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毎日新聞の「特集ワイド」記事の「巨大地震の衝撃 日本よ! この国はどこへ行こうとしているのか」には、先般にも引用させてもらった哲学者・梅原猛氏、柳田邦男さん(ノンフィクション作家)等が意見を寄せられているが、他にも下記のようなインタービュー記事があった; ・梁石日さん(作家)は『きずな再構築の予感』(3/22夕)、 ・石原信雄さん(元官房副長官)は『「想定外」に逃げるな』(3/23夕)、 ・柳田邦男さん(ノンフィクション作家)『効率主義との決別を』(3/29夕) ・金子兜太さん(俳人)は『生き物感覚と知性と』(3/30夕)、 ・梅原猛さん(哲学者)『100年先を見なければ』(4/1夕) ・津島佑子さん(作家)『責任は「私達」にある』(4/4夕) ・保坂正康さん(作家)『欠けていた「想像力」』(4/5夕) ・内田樹さん(神戸女学院大 名誉教授)『危機最小化の発想を』(4/14夕) ・緒方貞子さん(JICA理事長)『今は海外の力必要』(4/15夕) ・石橋克彦さん(神戸大学名誉教授:地震学)、山地慶治(地球環境産業技術研究機構所長) 『科学技術過信の果て 予想された「想定外」 レベル7の「原発震災」』(4/18夕) ・伊集院静さん(作家)『文学の役割きっとある』(4/21夕) ・倉本聡さん(脚本家)『闇に文明問い直そう』(4/22夕) ・鎌田慧さん(ルポライター)『見よ繁栄下の「踏み台」』(4/28夕) ・有馬朗人さん(元東大学長)『自然界に「想定外」当然』(5/6夕) ・辻井喬さん(詩人・作家)『「美徳」の強さ 公共に』(5/13夕) ・黒井千次さん(作家)『一日一日、一歩一歩先へ』(5/20夕) ・吉本隆明さん(文芸評論家)『科学技術に退歩はない』(5/27夕) などと連続的に掲載されている。 この中で、一際、私が気になった記事がある。 それは『自然界に「想定外」当然』の記事である。話し手は元東大学長で、その後理化学研究所の理事長を歴任、日本科学技術振興財団会長で現・武蔵学園園長、俳人でもある有馬朗人さんインタビュー記事である; 『「2004年12月のスマトラ沖地震を受け、私も含め日本の科学者たちはなぜ日本の津波対策を考え直さな かったのか。それが私の科学者としての一生の不覚です。」 ・・・。 東大学長や文相などを歴任し、日本のリーダーや科学者の育成を先導してきたこの人の表情は、苦い。・・・。 ・・・原子物理学者である有馬さんは科学技術の進歩によって地震や津波の被害は防ぐことはできると言い切る。 では福島第一原発事故は、なぜ防ぐことができなかったか。 「阪神大震災直後に静岡県で開かれたシンポジュウムで津波の話が少しだけ出て、私達は中部電力の浜岡原発の視察をしました。その時は約10メートルの砂丘が防波堤になると説明を受け、これならば大丈夫だろうと思いました。それ以来、私の周りの研究者から津波の話が聞こえてきたことはありませんでした。地震科学者のもっぱらの関心は地震そのもや地震予知です。ごく一部の研究者が津波の危険性を言っていたけど、それを地震科学者や防災科学者が虚心坦懐に聞いて、国を動かすくらいまですべきだった」 なぜそれができなかったのだろうか。・・・国策に反する少数意見を排除する動きはなかったのか。 「それはなかったと思います。(巨大津波の)経験がなかったからでしょう。震災後の今でこそ約1200年前に貞観地震で今回のような大津波が来たことが知られていますが、残念ながら私も地震後に知りました。国もそのことを事前に認識し、十分な対策を提示することがなかった」 ・・・。なぜ科学者たちはスマトラ後も日本は大丈夫だと思ったのか。 「分からない」 有馬さんは・・・「地震科学者は確かに地震研究に情熱をかけていた。しかしながら、イマジネーションの不足は起こりうる。それは人間の限界であり、日本の科学者に限ったことではない。・・・。未知のことを研究する。だからあらゆることが想定できるなんてあり得ません。・・・。」 さらにこう続けた。「私が心配しているのは、地球温暖化の問題です」。 有馬さんによると、日本中の家の屋根に太陽光発電の設備を付けても、まかなえる電力量は日本全体の消費電力の7%。二酸化炭素を出す火力発電が全体の約60%、原発が30%で併せて約90%。これを風力や水力の自然エネルギーで代替できますか。自然エネルギーの利用推進はもちろん必要ですが、安全で安心できる原発を造るしかない。理想的にはない方がよかったとしても、現実的に考えて、今ある原子炉は使わざるをえません」 ・・・。 地震から2ヶ月近くがたったが今も福島第1原発事故の収束の見通しは立たず、反原発の声が高まって いる。有馬さんの原発推進の意見は変わらないのだろうか。 「変わりません。天災は技術で防ぐしかありません。現に福島第2原発にも津波がきています。 第2原発の方が第1原発よりも新しいから、冷却のための発電機などが建物内にあり被害を受けませんでした。費用はかかるが、被害が出る前に、防災をしっかりすすめなくてはなりません」 今後も原発の運転を続けるのならばなおさら、今回の災害を機に科学者のあり方を問い直すべきでないだろうか。有馬さんは「科学の世界は縦割りで、異分野間の情報交換機会は限られている。比較的津波の研究がなされている土木工学と、地震工学の研究者が一堂に会する機会をもっと増やすべきです。科学者はもっと広い視野を持つべきです」 最後に席を立とうとしてこう付け加えた。「しかしながら、私は日本人にもっと自信を持とうと言いたい」。あれだけの大地震でも新幹線は脱線せず停車し、福島第1以外の原発は自動停止し冷却できた。日本の技術の優れているところは評価し、反省すべき点は反省すべきだと。 震災を受けて4月上旬に開かれた静岡県の臨時会議。浜岡原発について、砂丘や堤防で津波は防げると 主張する中部電力に、有馬さんは「津波は前面からでなく、前後左右から回ってくるものもある」と対策の甘さを指摘している。・・・。』 (以上、引用) 技術は進歩する、それには同意します。 しかし、度重なる原発事故、海外ではスリーマイル島、チェルノブイリ、国内ではJOC、そして中越地震時の柏崎刈羽原発のような前例を東京電力も、それを取り巻くいわゆる原子力村を中心とした科学者たちも活かすことができなかった。なぜできなかったのか、がない。後で建設された原発の方が少しは改善がされているのだろう、前述の如く。それは、古い原発の弱点を知っていたからだろう。(注:GEの炉の設計者自らそう伝えていた)それならば、同時に、その弱点を改善する手立てを古い原発に何故打たなかったのか。 それこそが問題なのであって、電力発電コストとの問題であろう。最新の加圧水型原発と同じようなレベルの安全性を古いすべての原発にもたせるように何故しないか、しなかったか? 答えは簡単、コストが膨大にかかるから。政府・科学者・電力会社が一丸になって作り上げた建設当時の 「安全神話」を自ら否定することにも繋がりかねないからであろう。 風力やLNGガス発電の電力コストなどとの発電コストに近づいてしまうからか。これはうがいすぎか。 (注:風力、水力、石油は約2倍、太陽光は10倍、LNGは約1.5倍と言われている、原子力に対して) 津波に関しては、前述の如くごく「一部の研究者が津波の危険性を言っていた」と、だけど反対意見は無視した、と言うことであろう。虚心坦懐に聞くなどという耳は持っていなかった、と言うことであろう。このようなミスを犯すのが人間という生き物。イマジネーションの不足なんかじゃない。(注:石橋克彦氏、神戸大学名誉教授が提唱した大地震と原発事故とが重なる複合災害、「原発震災」) 14年前、石橋克彦神戸大学教授が発表した「原発震災」の論文を、現在の原子力安全委員長である 斑目氏や内閣参与だった小左古氏が無視した事実を、原子物理学が専門で当時理化学研究所の理事長を されていた方が、この事実をご存じなかったのでしょうか、という疑問が浮かぶ。しかも他の分野との交流を、という言葉をこの記事で伝えているのに。それは単なる自戒なのでしょうか。 「あらゆることが想定できるなんてあり得ません」、その通りです。想定できない事を起すのが自然です、そんなことはとうの昔に体験しています。そしてそのたんびに日本人はその災害から立ち直ってきました。 3割の電力を失えば日本の経済は立ち行かなくなる。短期間のうちに失えばそうでしょう。 原子力発電技術の進歩を信じるのであれば、何故それ以外の再生可能エネルギーの開発や自然エネルギーの開発や省エネ技術や節電技術の進歩を信じないのでしょうか。 原子エネルギーを制御することがどんなに難しいことか、地震国日本においては無理があることが、今度実体験していることではないですか。 無論、直ぐ止めますと言って止めることは無理でしょう、危険度の高い原発を仕分けして、それから 順次停止、廃炉へと、エネルギーの転換度合いとの兼ね合いを調整しながら、もちろん省電力と節電 技術・協力は最大限求めながら、長い時間をかけて。 新幹線は今回は確かに止まりました。P波と言う地震波を感知できた遠く離れた場所の地震だった からで、P波を伴わない直下型の地震だったら・・・、とJRの技術者が語っていたが。 浜岡原発を持つ静岡県知事、川勝平太氏の記事「再生への視点 脱原発に向けて緩やかに」の中で 語っていますが、経済産業省原子力安全・保安院の指針では600ガル(加速度の単位)で浜岡は800ガル まで耐えられる。福島第1原発2号機が550ガルで最高を記録。脱線するが、私が経験した、"地震による 計測器ラックの転倒防止"の条件が確か800ガルではなかったか・・・。 核分裂を伴う原発の開発は、車、航空機、ロケットや宇宙船の開発・進歩とは、明らかに違います、 "万が一の時"の影響の度合いが、日本だけの問題でなく世界を巻き込んでしまいます。しかも、4基も同時に事故を起した、その事実。技術への楽観には、おのずと限界があることを知ったのではないですか、日本人は。 ともかく、時間がかかっても封じ込めが出来るよう、祈って、節電に努め、被災者への再度の義援金の協力をしましょう。 |
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今朝のニュースは伝えた「今日にも、内閣不信任案を提出」と。 「この後、では、どう国創りをする」を、具体的に、どちらも国民には伝えていない。 大災害にあたって、絶対多数を持たない政権だったことが日本の不幸か? 絶対多数を持った政権だったとしても、中で割れる? 結局、国民の方を向いてない政治家しか選んでこなかった自分達に責任は還ってくる。 そう昔、誰かが言っていた「国民はその国民に相応しい政府しか持てない」と。 地震、津波、原発と三重苦、四重苦の被災者や、避難者は、この政治のていたらくをどのように観ているのだろうか? 結果はどうであれ、「それでもやはり日本は脱原発を目指すべきだ!!!」 * * * 4/24、毎日新聞 朝刊「論調観測」のコラムは下記のように言っている(全文引用); 『「福島第1」事故後の原発政策 「転換」か「維持・推進」か 「想定外」のリスクの可能性は誰も否定できない。だから、原発政策をめぐる論議は、突き詰めれば、「想定外」の事態が引き起こすかもしれない原発事故とそれがもたらす災難をどう考えるか、になる。 何より事故回避を優先する考えに立つなら、危険度の高い原発の廃止を求め、原発の新増設にも否定的にならざるを得ない。現存する原発の老朽化・廃炉を見通せば、結果的に、原発政策の大きな転換となる。 もう一つは、電力の3割を原発に依存している「現実」から出発する考えだ。将来も原発は有力な電力源であり続け、新増設もあり得る。安全の徹底で事故の可能性を低くし、事故対応の充実でその影響を極小化することを前提にしている。理屈上は、安全措置にもかかわらず起きた事故と被害は甘受する、ということになりかねない。福島第一原発の事故を受けた原発政策で、各紙社説の主張は割れた。政策の転換を明確に主張したのが毎日、朝日だ。 毎日は、今回の事故で津波対策や事故対応の不備などに言及したうえで、「安全装置を重ねても絶対の安全はなく」、原発事故は「影響があまりにも大きく、長期に及ぶ」と指摘。さらに、「今後の原発の新設は事実上不可能だろう」とし、既存原発の一斉廃止は現実ではないが、「危険度に応じて経憂さの優先順位をつけ、依存度を減らしていきたい」と述べた。また、原発の比重低下の対策として「再生可能エネルギーの促進や低エネルギー社会の実現」を提言した。 朝日は「(原発)推進から抑制へと軸足を移す」よう求め、「一定の原発は安全管理を徹底することで動かしていくほかない」としつつ、「事故のリスクが大きすぎる原発は廃止への道筋をつけるような仕分け作業ができないだろうか」と提案した。 これに対し、産経、読売は今後の原発政策を正面から論じた社説はなかったが、維持・推進の姿勢を強くにじませた。 産経は「一時の感情に流されて原子力の否定に傾斜するのは短慮にすぎる」とし、「国のエネルギー安全保障上も危険である。高度な現代社会は、膨大なエネルギーを求めている。その上に成り立っているのが、われわれの暮らしなのだ」と強調。読売も「エネルギー安全保障や地球温暖化の観点からも、原発は安全に管理する限り、電力供給で重要な位置を占め続けよう」と述べた。が、両紙とも「それでも起きるかもしれない事故」への言及はなかった。〔論説委員・岸本正人〕』 * * * この論説が出されてから既に1ケ月以上が経過している。 長々と前文を引用させてもらったのは、一連の政治の動き、内閣不信任案提出の源は上記の二つの考え方にあるからだ、と私は推定しているが、決してそれだけではない、底にはよこしまな党利党略がうごめいているからだ。 なんやかや色々な立場で政治家は言っているが、『「福島第1」事故後の原発政策 「転換」か「維持・推進」か』のどちらに付くかを争点にして国民の判断を仰ぐなら今、この時でなくてよい。 今、最優先すべきは、震災後の対応と、原発事故対応だ! (続く) |
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5/24日、「第一原発の1号機に続いて、2、3号機でも燃料の大半が溶融していることを東京電力が認めた」と、そして「2,3号機では、1号機よりも高濃度の放射性物質を含む汚染水がタービン建屋地下に漏れ出すなど、状況は1号機より深刻だ」と、毎日新聞は5/24の夕刊で報じていた。 やはり、恐れていた状況に近づきつつあるな・・・。 5/25日のMSBのラジオ放送で流されていた京都大学原子炉実験所の小出助教授の話の如く、溶け出したウラン燃料が格納容器を溶かしてこぼれ出し、更に建屋の底のコンクリートを溶かす、と。 想像するのもおぞましいが、発電所下の地中に流れ出す・・・、それは時間の問題・・・? 付近のモニタリング・ポストの空間線量率の大きな変化はまだ報じらていないが。 高レベル汚染の中で、現場作業に携わる作業員は、命がけで事故・破損状況の把握、対処可能な措置は講じているのだと報じられていますが、この先が思いやられます。 日本の原子力関係者、政治家などはもちろん、IAEAを含め世界の全知全能を集め、高濃度汚染が更に広がる事態にだけはして欲しくない。 近隣避難者には、何と言ってよいか、言葉はみつからないが、何十年にわたり政府の原子力発電政策を 黙認してきた日本人の一人として、「長期戦になることは覚悟している、それによる負の清算は、全国民が、俺は反対だった・俺は賛成だったに関係なく、甘んじてうけなければならないと思うから、これ以上の汚染拡散にならないよう、願う。」 政治家よ、汗を流す問題を、はきちがえるな!!! * * * 3/11以来、多くの著名人がこの事故に触れて多くを書いてきた; 3/26、東大教授の加藤陽子氏は大岡昇平の言葉を引いて 『・・・。これまで自分は、軍部のやり方を冷眼視しつつ、戦争に関する知識を蓄積することで自ら慰めてきたが、それらは、死を前にした時、何も役にたたないとわかった。自ら戦争を防ぐという行動に出なければならなかったのにもかかわらず、自分はそれをしなかった、こう大岡は静かに考える。・・・。この大岡の自戒は、同時代の歴史を「引き受ける」感覚、軍部の暴走を許容したのは、自分であり国民それ自体なのだという洞察だろう。 以上の文章の、戦争や軍部という部分を原子力発電という言葉に読み替えていただければ、私の言わんとすることがご理解いただけるだろう。・・・。敗戦後の総括については自力では行えなかった日本。ならば、せめて今回は同じ過ちを繰り返したくない。・・・』と。 ノモンハン事件でその敗因をうやむやにし、従ってそこから学ぼうとはせず、関東軍の暴走を止められず、従って戦争に突き進む陸軍と内戦をしたくないと追従した海軍と、そして太平洋戦争へと突き進む。 反対意見は危険思想として排除し、国民には情報統制をし、都合のいい事のみを流し続けた。 そこには真摯な姿勢での原因究明に立脚した責任追及と反省はなく、学び取り、次に活かそうの姿勢は無く、ただ保身のみが見え隠れしていた。 戦後は「総懺悔すればそれで済むのか・・・」と、それまでと同じように自ら総括できずに「東京裁判は勝者の論理」と切り捨てた。 今回も"想定外"の一言。 戦後の原子力平和利用の歴史を紐解けば、国策として電力需要に対応するため原子力発電を推進し、安全神話を作り上げ、その過程で出された反対意見は時の自民党政府も、そしてそれに乗っかるようにマスコミも抹殺し、政府は建設に応じた地域には補助金を出し続けた。 3/29、ノンフィクション作家の柳田邦夫氏は「特集ワイド」コラムで
『「巨大地震の衝撃 日本よ! この国はどこへ行こうとしているのか」−効率主義との決別を−
「あらゆる前提条件が破られた。前提条件とは、いつか破られるもの。この震災の教訓は、そこにあります」・・・。「自治体や企業が防災を考えるときに、どこかで線引きをするのはやむを得ない。例えば、今の数倍もある防潮堤を造ることなど財政的に不可能でしょう。問題は、その線引きを越える事態が起きた場合にどうするか。そこまで想定して次善の手、三善の手を打っておかねばならない。ところが現実には、線引きを絶対視してしまい、それに応じた対策をとって安全としている。ミニマム(最低限)であるはずの前提条件が、いつのまにかマキシム(最大限)になっている。ここに落とし穴があるのです」・・・。 「防災にかかわる分野での効率主義との決別。これは国の思想の転換、思想革命です」』
そして、同じ夕刊(3/29)にこんな記事が、見過ごしてしまうぐらい小さなスペースで
『1979年のきょう、夕刊は1面でスリーマイル島原発事故を大きく伝えた。「今度の事故を"対岸の"と見過ごすことはできない」と解説記事に。32年たった春。』 そしてそれより少し前の3/23には 『日本の原発は、「コスト優先」 米外交官、06年に疑惑 ウィキリークス暴露 同紙によれば、米外交官は公電で、電力各社にコスト削減を強いる電力自由化の問題点を指摘し、日本政府が原発の安全性に関してルーズなのではないかと疑念を示した。また、原発の耐震性に関心を寄せ地震が多い地域で原発建設への反対運動が増加していると指摘した。外交官はさらに、使用済み核燃料から取り出したプルトニュームを再利用する「プルサーマル発電」に関して、東京電力の事故隠しで延期されたものの、日本政府が推進すると決めた以上、電力各社に選択の余地はないとする関係者の話を紹介。「われわれは経費節減と生産性向上を合言葉に、安全が犠牲になる例をあまりに多く見てきた」と報告したという』と。 時の政権政党は、言わずもがな自民党である。それを、党として推進してきたことを党としてまともに 総括せず、現在の野党の立場で揚げ足取り的質問を繰り返している。被災者や避難者に対しては、先ず、政治家が一致協力体制を示すことが一番安心感を与えられるのに、その反対の行動を、この国難に際してさえ。 民主党も、政権内部で内輪もめしている時か! 4/1、夕刊の「特集ワイド」のコラムでは、梅原猛が『巨大地震の衝撃 日本よ! この国はどこへ行こうとしているか」 ・・・。お茶をすすり、ふーっと息を吐く。哲学者の悩みをさらに深くしたのは福島第一原発の事故「原発震災」のことであった。ずっと「反原発」の旗を立て、その危険性について発言してきた。 「原発は10年で半減し、20年でやめるべきだ、と。政府要人にも言いました。・・・。 ソ連の社会主義崩壊も、アメリカのイラク戦争の失敗も私の予言は当たりました。痛烈に批判しましたから。でも、原発反対は、もう一つ強く叫べなかったんですよ。私が初代所長を務めた国際日本文化研究センターに関連する財団が設立されたとき、当時の関電社長に理事長になっていただいたり、東電の社長とも親しかったのでね。多少、遠慮したんです。それを後悔してるんです。」もっときっぱり「反原発」の旗を高く掲げるべきだったと苦渋の告白が続く。』 そして、小松左京の「日本沈没」の話へと、この記事は続いていた。 幾度も幾度も続く余震の中、幾度も幾度もテレビが流す津波の惨状映像を見ながら、私は傍らの理系の高校に通う孫につぶやいた「何となく小松左京の”日本沈没”の一場面を見てるような・・・。日本はどうなるのだろうか・・・」と。 そして上記の特集ワイドのコラムの脇に「しあわせのトンボ」近藤勝重(4/1夕刊)のコラムに 『・・・。それにしても、今度のような巨大地震に見舞われると、自然にはまるで無力な人間を思い知らされる。関東大震災を体験した寺田虎彦の自然観は、慈母と厳父の両面を併せ持っている。生命をはぐくむ一方で、容赦なく生命を奪い取る自然の二面性を言うのである。・・・。 この災厄に人はどう立ち向かえるのか。このところMBSラジオの番組でよくご一緒する京都大学原子炉実験所の小出裕章助教授は、福島原発の事態にふれて「東電に頑張ってほしい。私は祈っています」と語っていたが、科学者の口から祈るという言葉が出るというのは、よほどのことであろう。・・・。』と。 でも、やはり祈らずには居れない・・・。 (続く) |
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予断が許さなくなってきた・・・。 それから更に一ヶ月半。 予断はますます許さない事態に・・・ 「小出裕章(京都大学原子炉実験所 助教)非公式まとめ」のページ http://hiroakikoide.wordpress.com/ から目を(耳を)離せないですよ。 「循環冷却の効果に疑問」5/25日付けMBSラジオ (注:あまりにも重い問題。でもHPだけでなく、ブログでもこの問題に触れることにした) |


