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汚い足をゴメンナサイ! * * * メラ・ピーク山頂アタックの朝。 アタック・キャンプの標高は、5780m。 2時にシュラフから出て、身支度を整える。 高所用の道具路詰め込んだダッフル・バックからスカルパを出す。 何時もとおり薄手の靴下、毛糸のニッカー、厚手の靴下と3枚履いて、スカルパに足を突っ込む。 つま先に違和感を覚える。 高所で足がむくんでるからかなぁ。 つま先が当たって、窮屈に感じるが・・・。 テントの脇を他のパーティが出発するのだろう、カリカリとアイゼンの音を軋ませながら、何人もの足音が通り過ぎて行く気配。 動作が緩慢なのは起きたばかりだからとは言えない、もう40分以上経っているのだけど、身支度は終わっていない、早く、と気は急くが、動作は追いつかない。 足のつま先が、やっぱり窮屈だなぁ。 身支度が終わってテントの外に這い出して、踵を凍った雪面に叩いてつま先側を緩める。 何時も履いているのに、違和感をかんじるなぁ。 結局、アイゼンを付けて、このまま山頂アタックに向かってしまった。 無事、山頂に辿り着けて、出発から9時間後、よろよろでアタックキャンプに戻りついて、高所靴(スカルパ)を脱ぎ、トレッキング用のザンバランに履き替えていて、やっと気付いた。 「あぁ、スカルパのつま先に絹の靴下が詰まっていたのだ!!」 「そうだった、思い出した、二つのダッフル・バックに何とか沢山の荷物を詰め込むため、高所靴の中の隙間に、靴下のスペア1組を突っ込んでおいた。嵩張る毛糸の靴下は抜き出したが、薄手で小さな下穿きの絹の靴下をつま先部分から抜き出すのを忘れたいたのだ!!!」 高所の影響を受けて脳が回らなかったのだろう、年のせいだけではなかったのだ。 * * * 約6ヶ月を経過した、4月の後半、爪が剥がれだした。 でも爪の両脇はしっかりくっついていて、無理に剥がそうとすると、痛そうだ。 5本指靴下を脱ぐ時に引っ掛けて痛めねばいいが・・・。 気が付いた時には、爪は無くなっていた。 (参照)ヒマラヤ メラ・ピーク遠征記
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ヒマラヤ メラピーク
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昨年10月下旬にネパールから帰国後、俄かに体調を崩した在宅介護していた親父の入院、そして100歳と6日での他界、葬儀後の雑事。それらに取り紛れて、すっかりネットから離れていた。 只、帰国後、こちらも体調が何となくおかしく、普通の状態に戻るまで数週間を要していた。その間に、ネパールに出かけたNさんと何度か連絡を取り合い、カトマンズからバンコック経由の帰路、俄かに体調の変調を訴えたヤブさんの状況を心配していたが、約1ヶ月後には回復し、正常に戻った、と。 その後は、上に記したような私事で、疎遠にならざるを得なかったが、先日山友達のKさんから、「こんな記事が裾野市のYさんから届いたから・・・」と、画像添付でメールが舞い込んだ。 日本農業新聞に掲載された記事の画像であった。 このブログのメラ・ピーク遠征記事の中でも何回も触れていたが、ヤブさんは当時79歳(私は69歳)。 早速、自宅に電話したら、あの懐かしい声で 『暮れだったかの、八ヶ岳(赤岳鉱泉?)で開かれた研修会に参加されたKさん、そこに参加されたメンバーにこの新聞の記者が居られ、ヤブさんの話を聞いたら、是非インタービューしたい、と話していた、とか。その後、最近になってから、インタービューを受けた結果がその記事になったの。照れくさいずらー。断ったんっだけど・・・。』 もちろん、しばらくぶりの会話だったから、話はあちこち飛んだ。 『胃腸に変調を来たして下痢が続いたけど、病原性大腸菌何とかと言う診断がされて、結局、4週間近く医者にかかったかな。もっとも、O−157のような大層なものじゃないけど。』 私が、トレッキング中、腹の具合がおかしくなり、下痢を起していたのと同じ症状のようだった。遠征メンバー全員が同じものを口にしているのだから、その時の本人の体調いかんで、影響の出方が早かったり、遅かったり、重かったり、軽かったり、のようだ。このような話は、ヒマラヤ遠征隊の記録に何時も出て来る話ですけど。お互い、初めてのヒマラヤ遠征で、初体験をしたようだ。 『その後、暮れに、けつまずいて、肋骨3本折って、3月初旬にやっと医者から山歩きOKの許しがでたところなの。それで、5月の連休に涸沢から奥穂高に上がって来た。良かったよ、歩けて。』 私も、葬儀後の雑事が無ければ、参加したかったのだ・・・。 当然、白馬や奥穂高での事故のことも話で触れた。 遠征中の冗談を想いだしていた。
もちろんこの軽口は、山頂アタックのサクセス後、アタック・キャンプからベースキャンプへ引き上げる下山中の冗談だが 「あの雄一郎さんが、来年80歳に、エベレストの再登頂を計画しているらしいけど、ヤブさんは彼より半年年上だから、来年エベレストに登れば、記録更新になるよ! 酸素スパスパ吸って登れば、ヤブさんなら登れるよ!」、「大層なお金掛かるずら」 って、シェルパ達を交えて、冗談の言い放題であった。 |
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早朝からの雑踏、何と表現したらよいのかとまどうエネルギッシュさと、うるささ(特に車、バイクのクラクション)、それに舞い立つ埃。 日本の下町の雑踏とは、もちろん違う、酉の市やアメ横の雑踏とも、もちろん違う。 多分、何ヶ月も滞在しても、ちっとやそっとでは馴れそうもない感じのざわめきと言うか、喧騒と言うか・・・。 それにはここがいいよ、と薦められていた。 西欧風庭園、「Garden of Dreams」、この公園(有料)の中だけが、ほっと息つける空間だった。 一回り公園の中を歩いてから、公園の小奇麗なレストランで昼食を摂った。 久しぶりのイタリアン。 ヤブさんと私、久しぶりにハウス・ワインをちょっぴりだけ。 夕食は、またエイジェントと一緒。 チリンさんの家族と、それにこの間、病院で紹介されたベルギーの登山家も一緒すると、聞かされた。 私が入院していたICU病棟の下の外科病棟に1週間も入院していた。退院が同じ日で、彼が正午頃、私は夕方遅く。 ナワンさんが、私の病室に入って来て、後ろから左足をびっこを引きながら彼が入ってき来た。 お互いに自己紹介したが、名前は良く聞き取れなかった。がベルギー人であることだけは判った。 マナスル・トレッキング中に怪我をして入院していた、とのこと。 昨年は、チョー・オユーに登ったと言う、8000mのサミッターだった。 ネパール料理はスパイシーでホットでダメだ、という。 「ここは日本料理店だから大丈夫だよ」と串カツを摂り、「ソースは辛くないか?」と念を押し、舐めてから、「うん、これなら大丈夫」と、ウスター・ソースを掛けて、おまけに白米の茶椀にも掛けちゃって、皆を慌てさせた。味噌汁は「このスープなら大丈夫」と、納得して飲んでいた。 10/26日 明日、27日は朝から飛行場に向かわなければならない。今日がカトマンズを散策できる最後の1日。 日本からの輸入食品類が一通り揃う? 手前の棚に、すし酢、醤油が置いてありますね。パック詰めの豆腐も並んでいました。 そのうちの一枚に眼は釘付けになった。右上にローマ字で彼がサポートした隊の登頂隊員の名前が記されていた。 「TOMIYASU ISHIKAWA」石川 富康と読めるし、「TOSHIYASU SUGIYAMA」杉山敏康、次に「MASATSUGU KONISHI」小西 政継、とあるではないか!!! いろいろ本では読んでいた、中でも小西政継の生涯を描いたドキュメンタリー作家、長尾三郎著「激しすぎる夢」の文章を思い出した。 オフィスから歩いていける距離でしたが、起伏のきつい裏路地を。長い階段道では、息が切れて途中で休みました。近道だったそうですが、チリンは「ごめん、ごめん」。まだ完全に回復してない私を気遣っていました。 今晩は、お返しにこちらでお別れ晩餐会を開くことになっていました。説明は難しいので、もっぱら「Traditional Dancing Restrant」でね、と。 (You Tube)「10/14午後、コテ(3691m)にて」
(You Tube)「10/16朝、ターナ・キャンプに飛来したレスキュー・ヘリ」 (You Tube)「10/17朝、カーラ・キャンプへの道で」 (You Tube)「10/17正午、カーラに着いてから昼食です」 (You Tube)「10/18朝、カーラ・キャンプから飛び立つレスキュー・ヘリ」 (You Tube)「10/19朝、ハイ・キャンプに向かってメラ氷河の舌端に、そこからの展望(約5300m)」 (You Tube)「10/19朝、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る」 (You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る-2」 (You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の上に出る」 (You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ・ラ(峠)付近を通過」 (You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ峠付近からエベレストを望む」 (You Tube)「10/19午後、メラ・ハイ・キャンプ5780mに到着」 (You Tube)「10/19午後、メラ・ピーク6654m のハイ・キャンプ(5780m)にて、マカルー、ローツェ、エベレスト、チュオユー、アマダムラムが」 (You Tube)「10/20早朝、モルゲンロートの中をメラの山頂目指して」 (You Tube)「10/20早朝、メラ・ピーク6654m 山頂目指して-2」 (You Tube)「10/20午前、カンチェンジュンガ、マカルー、ローツェ、エベレストが:メラ・ピークへの途上で」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁が見えて来た」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂へ、ハーネス、ユマールをセットして」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁に辿り着く」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―1」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―2」 (You Tube)「10/20午前11時頃、メラ・ピーク6654m 山頂へ」 (You Tube)「10/20正午頃、ハイキャンプに向けて下山-1」 (You Tube)「10/20午後、ハイキャンプに向けて下山-2」 (You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプに無事帰着」 (You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプ経由でカーラBCまで一気に下る」 (You Tube)「10/22午後、ザトルワ峠の下のキャンプ・サイト(Big Boulder:4300m)の近くまで登って来ました」 (You Tube)「10/22夕刻、Big Boulder(Chetare)のロッジの3人部屋にて」 |



