サントリー天然水工場(白州)との井戸水問題・他:白州の森

白州の森が綴る、「サントリー白州工場との井戸水問題」等の「森からの便り」

ヒマラヤ メラピーク

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79歳の青春と、69歳の青春 ― メラ・ピーク遠征記 ― その22



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10/23朝 シェルパやキッチン・スタッフとここでお別れ、別れる前の記念撮影


いきなり病院のER室の画像で「なんだこりゃ?」
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10/23午後 カトマンズの病院の救急センターで

話を、この日(10/23)の未明から、早朝に戻さなければならない;

昨日、2011年10月22日の午後、霙が落ちる寒い峠の上り坂をスロー・ペースで喘ぎ喘ぎ登ってChetare(Big Boulder:4300m)のキャンプ・サイトにやっと入った。
シェルパのシリンが気遣ってくれて、テント泊の予定をロッジ泊に切り替えてくれた。
少しでも身体への負担が少ないだろうとの配慮であった。
いつもは付けていたメモ(日記風)も、昨日は記している余裕もないほど、疲れ切っていた。
2階の部屋で濡れた下着を乾いた物に替えて、階下のストーブの置かれた食堂で夕食を摂ったが、食は進まなかった。
ダイアモックス、ビオフェルミン、風邪薬を飲んで、今は必需品になった1リッターのP・P(山で使う尿瓶)を枕元に置いて、ダウンを着込んで、早々にシュラフに潜り込んだが、なかなか寝付けなかった。

多分、高山病・高度衰退が出ているのだろう、水分は努めて摂った。
メラ・ピークに向かう往路の途中、下痢は数日続いたが、嘔吐は無かったし、今まで本などで読んでいた頭痛や眩暈などの症状も自分では自覚できなかった。

夜は、水分を努めて摂った関係もあるが、2時間に1回は小用を模様して、目が覚めた。
シュラフから出る動作だけで、息切れがする。
3人部屋と言うこともあって、部屋の外に出て廊下の端でP・Pを使って済ませたが、シュラフの上に戻って、シュラフの中に下半身を押し入れ、チャックを上まで持ってくる動作をするだけで、呼吸の乱れが激しく、強い咳込みが続く。
汗もかなりかいていた、テルモスの湯を飲むと、喉が痛い。
咳と共に喉の奥に痛みが走る。
気管支炎になっているのかな・・・。
鼻をかむと、鼻血が混じり、咽頭炎も起している。
時計は22時過ぎを示している。
次が1時頃、その次が3時頃と・・・、尿意で目が覚めた。
空咳が出る時の苦しさが増しているように感じる。
ザトルワ・ラ(4600m)までの残りの高度差300mの急登に身体は堪えられるだろうか・・・。
全行程を自分の足で歩き通さねば、6500mのピークに登った意味がないじゃないか、何とかもう1日頑張ろう、と言う思いと、途中で歩けなくなったり、途中倒れてしまったら・・・、パーティに偉い迷惑を掛ける、と言う不安が交錯していた。
一晩中、そんな思いが頭の中を巡って、うとうとと寝付かれないまま起床時間の5時を迎え、1リッター容器に満杯になったP・Pを抱えて、暗くて寒い廊下を出て、外のトイレに向かった。

6500mの高度を、呼吸に喘ぎながらではあったが、無事山頂を踏んで来て、その酸素濃度から2日掛けて2000m近く降りて来ているのだから、身体はこの高さ、3500m内外の高さには、普通なら順応していいはずだが・・・、とコテにいる間からずっと思い続けていた。
でも、実際の自分の動作は、その思いと違っていた。


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心電図をとられている私


自分の今の体調は、順応しているとは到底思えないし、普段日本の山で経験している感じとはまるっきり違う。出発前に出かけた富士山のお鉢巡りの際の感じとも違っていたし、アイガーのミッテルレギ稜でも感じたことはなかった今まで経験したことの無い、呼吸の苦しさなのだ。
そう、強いて言うなら、800m走(中距離走としてはキツイ)の最後の100mを走り抜けてゴールした後の数分間の息苦しさ、または駅伝競走の最後の100mを死に物狂いで走り切った後の数分間の呼吸の苦しさ、とでも言おうか。
「残りの高度差300mの登りだけだ。そこさえ越せばルクラまで下り一方。何とか、歩き通しましょう」と、昨日の夕食時、オキシオ・メーターを当てた時に伝えたものの、昨日の午後の上り坂の現実は、登山者として初めて体験した無残な、ていたらくなものだったのだ。
少し心臓や肺に負担の掛かる登り坂になると、息が続かなくなる。
恥も外聞も無く、苦しくて、苦しくて、膝に手を当てて呼吸を整えなければ次の一歩が出ないのだ。
6500mの山頂で味わったあの一歩の苦しさと似たような苦しさが、この高度でも続いたのだった。

10/23早朝、シュラフを畳んで袋に収める動作さえ辛くてしょうがない、突然襲う空咳、強い虚脱感・倦怠感、手足の指先の軽い痺れ感、けだるい鈍い動作の中で、思い切って切り出した、「残念ながら、今日は更に体調が悪く、歩き通せそうもありません・・・、多分高度障害から来る疲労(高度衰退?)だと思いますが、息が苦しく、咳で胸が痛いので、出来ればヘリでルクラに出て、診察を受けたい、肺炎が心配なので・・・」と告げた。

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ICUに移された。

中島さんとシリンさんの相談の結果、シリンさんがヘリの運行状況を確認、一方、中島さんは衛星電話で保険会社に事の次第、状況を説明、レスキュー・ヘリ要請、私をカトマンズの病院に直行させる旨の事前報告を国際電話でしていた。
衛星国際電話で何度かやり取りをした後で、ヘリが確保でき、9時頃にルクラを飛び立ち、こちらに向かう、と知らされた。

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ネパールの病院は、患者の食事サービスがない。身の回りの世話をする付き添い人が必要になる。エイジェントの手配で、モタさんが付き添ってくれ、食事時になると、「どんなもの食べたいですか?」、「チキン・カレーのダルバート(定食)でいいですか?」とか、「飲み物は、ミルク・ティでいいですか?」、「1カップでいいですか、2カップにしますか?」とか。

ヘリがカトマンズ空港の隅のヘリポートに着くと、チリンの弟のナワンさんが空港で待っていてくれ、車ですぐ病院の救急に連れて行ってくれた。
急患用のベッドに汗臭い登山服のまま横たわり、いろいろ専門的なことを聞かれたが、英語とネパール語ちゃんぽんの会話で、ろくに意味は通じなかった。
体温計が挟まれ、オキシオ・メーターがすぐ指に当てられ、心電図を取るために看護士が来て処置して行った。
そのうち若い女医(?それとも看護婦)が来て、いろいろ質問して来たが、ナワンさんの通訳でいろいろ返答したが私の拙い英語で、症状を正確に伝えることは困難であった。
When breathing, I feel pain and when coughing, I feel pain with my throat.
I was exhausted and tired out after clibming the summit of Mera Peak 6500m high.
I was afraid of becomming pneumonia, if I had continued trekking.
程度の会話であった。
下痢の単語(having loos bowels)を知らないために、症状を伝えることはできなかったが、嘔吐(throw up)は仕草で判り合えた。
質問の中に、Cough is dry? と聞かれたが、その時はdryの真意が良く判らなくて、返答に困った。
女医が去った後、良く考えたらdryの反対はwetだから、「痰が出るか、空咳か?」の質問だったかと気付いたが、もう遅かった。
その後、採血され、胸部のレントゲンを撮られた。結果が出るまで2時間ぐらい、とか。


動けなくなった場所の標高が4300m、カトマンズの標高が1350m、その間の移動に要した時間は、なんだかんだで数時間。兎に角、出来るだけ早く低い場所に降りることが、高山病にとっては必要。
結果が出て、入院が決まり、取り敢えずの部屋が決まり、静脈注射をされ、薬を飲まされ、モタさんが付き添ってくれて、ベッドに横になって、すぐに寝入ってしまった。

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病室に置かれた現地のカレンダー


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そのカレンダーのアップ。今日は10/24。ヒンドゥー暦でカレンダーのページが作られているので、西暦の感覚からすると「こりゃ、なんじゃい!」になる。



79歳の青春と、69歳の青春 ― メラ・ピーク遠征記 ― その21


2011年10月22日、ザトルワ峠(4600m)下のキャンプ・サイト(Chetare、別名Big Boulder:4300m)が目的地です。

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10/22 6:15 コテのロッジ内での朝食。
ダイアモックス1錠、風邪薬、ビオフェルミンを服用。


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コテの出発前。
私の体調が良くないことを知っているチリンが「小川さん、大丈夫ですか?」、「歩けますか?」と、「大丈夫です、何とか頑張ります・・・」と。


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ロッジの女将親子と共に記念写真


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ヒンクーコーラ(河)沿いの道をTashing Ongma(3580m)まで下る。


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ヒンクー・コーラ(河)沿いの道から、俄かにきつい登りになる。
やっとのことで標高4000m弱のTashing Dingmaのロッジに辿り着く。
急な登り坂は、私に堪えた。
後ろに付く私の荒い息使いに気付いてか、チリンはペースを落としてくれた。
それでもきつい。

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ばてて、空ろな顔つきのところを撮られしまった。
往路で、この先どんな急勾配の上り坂が待っているかを知っている。それを思うと、堪らない。
精魂尽き果てた顔って、こんな顔?


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他のメンバーは疲れた様子もない。

このロッジの先から、道はもっと急な勾配になる。
休んだ後、歩き始めの5分は、苦しくて息が継げない。
階段道を、それこそ10歩進んでは一休み、また10歩進んでは一休みの状態に陥る。


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行きずりのポーター達の会話は元気がいい。


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急登が続く。


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ヤブさんは調子がよさそうだ。


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あまりに辛そうに見えたのだろう、僅かばかりの2kgにも満たないザックをシュンビが持ってくれる。チリンが私の様子を気遣う言葉をかける。


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今日の目的地、標高4300mにあるBig Boulderのキャンプサイトの手前にはちょっとした峠がある。標高は、キャンプ・サイトと同じ4300m。
タルチョーがはためき、霙が落ち始めた。


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この峠から道は、100mほど下って、トラバース道となり、最後にまた100m登りになる。この頃には、雪が舞い交う。



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キャンプ・サイトがガスの中に遠望出来た。
でも、それからの100mの上りが辛くて、長い登りに感じた。

ムービーです:(You Tube)「10/22夕刻、Big Boulder(Chetare)のロッジの3人部屋にて」
一度はテントを設営したのですが、3人部屋が取れたので、とロッジ内に移ることになりました。
私は、先ず濡れた下着を着替えています。


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夕食は、ロッジの中で。

毎日、朝食、夕食、可能な時は昼食時にも、オキシオ・メーターで酸素飽和値を確認してきました。
取り立てて異常値を示したことはありませんでしたが、70%台後半が大部分で、70%前半を示したことが一度と、80%台が数度あったでしょうか、詳細記録は中島ガイドの記録を参照しないと判りませんが。


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ロッジの亭主は、子供をおんぶして宿泊客の対応をしていた。



登頂時の音声入り動画です;他のBGMをOFFにしてご覧下さい

全ての動画は、「やま工房」中島ガイドの撮影したムービーです。

(You Tube)「10/14午後、コテ(3691m)にて」
(You Tube)「10/16朝、ターナ・キャンプに飛来したレスキュー・ヘリ」
(You Tube)「10/17朝、カーラ・キャンプへの道で」
(You Tube)「10/17正午、カーラに着いてから昼食です」
(You Tube)「10/18朝、カーラ・キャンプから飛び立つレスキュー・ヘリ」
(You Tube)「10/19朝、ハイ・キャンプに向かってメラ氷河の舌端に、そこからの展望(約5300m)」
(You Tube)「10/19朝、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る」
(You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る-2」
(You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の上に出る」
(You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ・ラ(峠)付近を通過」
(You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ峠付近からエベレストを望む」
(You Tube)「10/19午後、メラ・ハイ・キャンプ5780mに到着」
(You Tube)「10/19午後、メラ・ピーク6654m のハイ・キャンプ(5780m)にて、マカルー、ローツェ、エベレスト、チュオユー、アマダムラムが」
(You Tube)「10/20早朝、モルゲンロートの中をメラの山頂目指して」
(You Tube)「10/20早朝、メラ・ピーク6654m 山頂目指して-2」
(You Tube)「10/20午前、カンチェンジュンガ、マカルー、ローツェ、エベレストが:メラ・ピークへの途上で」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁が見えて来た」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂へ、ハーネス、ユマールをセットして」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁に辿り着く」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―1」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―2」
(You Tube)「10/20午前11時頃、メラ・ピーク6654m 山頂へ」
(You Tube)「10/20正午頃、ハイキャンプに向けて下山-1」
(You Tube)「10/20午後、ハイキャンプに向けて下山-2」
(You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプに無事帰着」
(You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプ経由でカーラBCまで一気に下る」
(You Tube)「10/22午後、ザトルワ峠の下のキャンプ・サイト(Big Boulder:4300m)の近くまで登って来ました」
(You Tube)「10/22夕刻、Big Boulder(Chetare)のロッジの3人部屋にて」

79歳の青春と、69歳の青春 ― メラ・ピーク遠征記 ― その20


10/21の行程は、カーラBC(5045m)からターナ(4356m)を経て、コテ(3691m)まで下る。
往路ではレスト日を含めて3日掛けた行程を1日で下ることになる。

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10/21 昨夜から降っていた雪は、朝5時にはこんな様子。積雪はさほどでもないが、今日1日、天気は悪そうだ。この山歩きで、初めてゴア上下を着込む。


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手早く、パッキングして、雪の舞う中を出発。


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シェルパ達は、相変わらず面倒見が良く、何かと気遣ってくれる。


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ポーター達と一緒になって歩き始める。


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足の速いポーターが後ろに来ると、道を譲る。


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ポーターは、籠をビニール・シートで覆って。


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雪はまだちらついています。
道々、「今日ハイキャンプに居る人達はどうしてるのかなぁ〜」と、ヤブさんは私達と入れ替わりに上がって来ていた、登山者の登頂を気遣っていました。
私達は、ラッキーだったのだろうか・・・。


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丸木橋で何度かヒンクーコーラの支流を渡る。


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ターナが見えて来た。「あぁ、休めるな〜」と私。
喉の奥から乾いた咳が出るようになって、更に体調は悪化しています。
風邪薬も利き目がないようで・・・、うまくないなぁ〜・・・、気分はますます落ち込みます。


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ターナの中心へ。往路では、レスト日もあって2日間滞在した場所です。
あの時は、天気も良くて・・・。今日は、なんと寒々とした光景でしょう。


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ロッジの中で昼食。日本蕎麦にセロリの甘酢あえ。食欲なし。何とか一椀だけ食す。
暖房はそれほど効いていないので(燃料は貴重)寒いです。


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今朝は、更に高度を下げるので、ダイアモックスは服用していなかった。メラの山頂6500mからターナの4356mまで、約2000mも降りて来ているのに、登り坂になると、ちょっとした勾配の登りでも息切れが激しく、苦しくてしょうがない。上りきると、「休ませて!」。空気の濃さなんて全然感じない。時間が経過すればするほど、身体に堪えて来る?


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コテに向かいます。


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ヒンクーコーラの右岸沿いの道を下ります。


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記憶に残っている岩の上に苔の乗った石がごろごろしている河原です。


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コテに着きました。
寒いのと、疲労が重なって来ていると気を配ってくれたか、ロッジ泊にしてくれました。ルクラ以来のロッジ泊です。


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COSMO TREK の二人のガイドさんの中の1人(水上の方)が部屋を訪ねて来られました。
「ヤブさん、79歳で登頂は素晴らしいですよ!」
隣の部屋で、声は聞こえていましたが、着替えをした後、横になったら、起き上がるのが面倒になって、話題への興味より、倦怠感の方が勝って、そのままシュラフに入って休んでしまいました。


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コテでの夕食。どんなメニューだったかも覚えていない。

コテの標高は、3691mだから、メラピーク6500mから2800mも下がって来たことになるなるのに、その恩恵は、私の身体には巡って来ないのか・・・。
こんな体調で、4600mのザトルワ峠を再び越えることできるのかなぁ〜、と気は重くなるばかりだ。
トイレは、ロッジのを使っていいことになっているが、通常鍵が掛かってるので、3人用に鍵を借りて、隠し場所に保管、共同で利用する。でも、大以外はP・Pで済ませてしまう。でも、夜中にシュラフから出て、P・Pで済ませるだけでも一難儀なのだ。汗びっしょりかいたので、真夜中に、下着を交換。



登頂時の音声入り動画です;他のBGMをOFFにしてご覧下さい

全ての動画は、「やま工房」中島ガイドの撮影したムービーです。

(You Tube)「10/14午後、コテ(3691m)にて」
(You Tube)「10/16朝、ターナ・キャンプに飛来したレスキュー・ヘリ」
(You Tube)「10/17朝、カーラ・キャンプへの道で」
(You Tube)「10/17正午、カーラに着いてから昼食です」
(You Tube)「10/18朝、カーラ・キャンプから飛び立つレスキュー・ヘリ」
(You Tube)「10/19朝、ハイ・キャンプに向かってメラ氷河の舌端に、そこからの展望(約5300m)」
(You Tube)「10/19朝、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る」
(You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る-2」
(You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の上に出る」
(You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ・ラ(峠)付近を通過」
(You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ峠付近からエベレストを望む」
(You Tube)「10/19午後、メラ・ハイ・キャンプ5780mに到着」
(You Tube)「10/19午後、メラ・ピーク6654m のハイ・キャンプ(5780m)にて、マカルー、ローツェ、エベレスト、チュオユー、アマダムラムが」
(You Tube)「10/20早朝、モルゲンロートの中をメラの山頂目指して」
(You Tube)「10/20早朝、メラ・ピーク6654m 山頂目指して-2」
(You Tube)「10/20午前、カンチェンジュンガ、マカルー、ローツェ、エベレストが:メラ・ピークへの途上で」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁が見えて来た」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂へ、ハーネス、ユマールをセットして」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁に辿り着く」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―1」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―2」
(You Tube)「10/20午前11時頃、メラ・ピーク6654m 山頂へ」
(You Tube)「10/20正午頃、ハイキャンプに向けて下山-1」
(You Tube)「10/20午後、ハイキャンプに向けて下山-2」
(You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプに無事帰着」
(You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプ経由でカーラBCまで一気に下る」

79歳の青春と、69歳の青春 ― メラ・ピーク遠征記 ― その19


あっと言う間の山頂の30分でした。

あの雪壁を下って、未明、9時間前に出て来たハイ・キャンプを撤収して、5045mの氷河下の雪の無いカーラBCまで下降しなければなりません。長い一日になることは判っていました。

イメージ 1
スキーで下った中島さんが、離れた場所から、下ってくる我々を。


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そうなんです、もうハイ・キャンプに着いちゃったのです。
実はこの画像、スキーで山頂直下から滑降して、我々よりもずっと早くハイ・キャンプに帰着していた中島さんが撮った画像なのです。


中島さんが、格好良く滑って行く姿をムービーにも写真にも撮って残せなかったのは返す返すも残念でした。上部では、息が苦しくて、続けてのターンも厳しかった、と後で語っていました。苦しくて、堪え切れなくて、転んじゃった、とも。
単に歩いているだけでも息苦しくて「チリン、ストップ! ちょっとレスト・・・」なんて言って休んでいたんだから、動作の激しいスキーでは、更に息苦しかったに相違ない。

イメージ 3
番外の話ですが、下界のカトマンズで小耳に挟んだとこでは、来シーズンかの有名人、三浦雄一郎氏が再度エベレストにチャレンジするとか・・・。それに先がけ、高度順応を兼ねてメラを滑るとか、どうとか・・・。
ヤブさんは、彼より半年先輩。
「酸素ボンベ無しで、しかも79歳で6500m登れたのだから、来年80歳で、酸素スパスパ吸ってけば、エベレスト登れるんじゃな〜い・・・」、なんて来年の再訪を焚きつける冗談も。
でも、「成功すれば、最高年齢での登頂になるよ」、って、スパスパ吸えばあながち無理じゃない、ヤブさんなら・・・。私は、高度に弱いからダメだけど、って・・・。
「ひょっとして、瓢箪から独楽?」


イメージ 4
一足先に着いた中島さんが、下って来る我々をズームで。


イメージ 5
我々もハイ・キャンプに、無事帰着しました。
早速、温かいティーが振舞われました。



イメージ 6
キャンプの撤収です。このまま、5045mにあるカーラBCまで、1500mを一気に下降してしまいます。


イメージ 7
うぅ・・・


イメージ 8
中島さんはスキーで下降して、降りてくる我々を下から撮っています。


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行きでは新雪で歩き易かった緩斜面も、踏まれて気温が下がった今は滑りやすくなっていました。アイゼンを脱いじゃったし、軽アイゼンは持ってないし、シェルパが脇を固めてくれました。


イメージ 10
両脇にシェルパが。
時たま一緒に転びそうになったこともありました。でも転んでもたいしたことはここでは起こりません。


イメージ 11
メラ氷河の舌端まで降りて来ました。
ここは急斜面なのでこけると大変です。
この頃は、もうバテバテです。
もっとも脇を下っていくこの道のプロ、ポーター達でさえ、滑って、こけて、籠の上の荷が転がり落ちて、「あやっ!」とか、「きゃはっ!!」とかの嬌声が、斜面のあちらこちらでしていましたから。夕方になって、更に気温が下がって来て、滑り易くなっていたのも確かですが。




イメージ 12
カーラBC手前の茶店で休憩です。
雪線以下に降りて来ました。


イメージ 13
もうその先を下れば、カーラBCが下に見えるはずです、今我々はモレーンの丘の上に居るのですから。


イメージ 14
5045mのカーラBCのテント村が、目の下に見えてます。


イメージ 15
アルコールが解禁です。ヤブさんは焼酎派。


イメージ 16
チリンが缶ビールを差し入れてくれましたが、もうバテバテの私はショート缶一本も飲めませんでした。冷たかった〜!
そう、日没と共に、テントの外は雪がじゃんじゃん降ってました!
山頂から1500mも下ってきたのに、ここの空気がちっとも濃いと感じられません。

2時起床、3時半出発、BC帰着が16時半近かったですから、13時間の行動。
酸素の薄い中での13時間。
2011年(平成23年)10月20日は、ロング・ロング・デーでした、本当にきつい、と言うか夢遊病者のような気分?
疲れ切ったと言うか・・・、ボロボロと言うか、これが6000mの登山なのか・・・。


登頂時の音声入り動画です;他のBGMをOFFにしてご覧下さい

全ての動画は、「やま工房」中島ガイドの撮影したムービーです。

(You Tube)「10/14午後、コテ(3691m)にて」
(You Tube)「10/16朝、ターナ・キャンプに飛来したレスキュー・ヘリ」
(You Tube)「10/17朝、カーラ・キャンプへの道で」
(You Tube)「10/17正午、カーラに着いてから昼食です」
(You Tube)「10/18朝、カーラ・キャンプから飛び立つレスキュー・ヘリ」
(You Tube)「10/19朝、ハイ・キャンプに向かってメラ氷河の舌端に、そこからの展望(約5300m)」
(You Tube)「10/19朝、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る」
(You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る-2」
(You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の上に出る」
(You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ・ラ(峠)付近を通過」
(You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ峠付近からエベレストを望む」
(You Tube)「10/19午後、メラ・ハイ・キャンプ5780mに到着」
(You Tube)「10/19午後、メラ・ピーク6654m のハイ・キャンプ(5780m)にて、マカルー、ローツェ、エベレスト、チュオユー、アマダムラムが」
(You Tube)「10/20早朝、モルゲンロートの中をメラの山頂目指して」
(You Tube)「10/20早朝、メラ・ピーク6654m 山頂目指して-2」
(You Tube)「10/20午前、カンチェンジュンガ、マカルー、ローツェ、エベレストが:メラ・ピークへの途上で」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁が見えて来た」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂へ、ハーネス、ユマールをセットして」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁に辿り着く」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―1」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―2」
(You Tube)「10/20午前11時頃、メラ・ピーク6654m 山頂へ」
(You Tube)「10/20正午頃、ハイキャンプに向けて下山-1」
(You Tube)「10/20午後、ハイキャンプに向けて下山-2」
(You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプに無事帰着」
(You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプ経由でカーラBCまで一気に下る」

79歳の青春と、69歳の青春 ― メラ・ピーク遠征記 ― その18


さて、メラ・ピーク山頂直下の雪壁の前までやってきました。
6654m(登頂証明書の標高では、でも最新の地図だとメラ・セントラルは6461mになってます)メラ・ピークの山頂に立てる夢が、目の前にあるのです。

急斜面を雪壁の下まで登るのにも、もう息は切れ切れでした。
ユマールにすがってアイゼンの歯を切ってあったステップに乗せ、最初の一歩、一段をせり上げるのにも大変で、一段せりあがって次のステップに足を上げるためには、背伸びしてユマールを精一杯高いポジションに利かせなくてななりません。多分、最初にステップを切ったとき、コンパスの大きな欧米人に合わせたと想像したくなるような、おおまたのステップ段差なのです。充分間を置いて背伸びして、次の一歩をせり上げるのに、苦しくて苦しくて、もう肺が飛び出すのではないかと思うくらいです。
横で確保していたシュンビ・シェルパが、じれったくなったか、膝頭を持ち上げてくれました。
それに合わせ、ユマールに伸ばした腕を引き上げます。

イメージ 1
私の登りが遅いので、心配そうに下から見つめるヤブさん達。
アイス・クライミングの技術云々、アイゼンワーク云々の前に、只々空気が欲しいで〜す!
息が出来ないほど苦しい〜ん、です。






雪壁を登っても、その先に10数メートルの斜面が続いています。
固定ロープがセットしてありますので、ユマールを手一杯のばして、ロープを手繰り寄せますが、息が止まりそうで足が進みません。
膝をついて、大きく深呼吸を何度も繰り返し、やっとの思い出立ち上がって、一歩、一歩手繰り寄せました。
この酸素の薄さが6500mの高度なのでした!

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アンディと抱き合って喜ぶヤブさん!
ヤブさん79歳の青春です!!!
2011年10月20日 午前9時半でした。


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シュンビと抱き合って喜ぶヤブさん!


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喜び合うシュンビ、アンディ、ヤブさん!
私は、3人の後ろでまだ息をハーハーさせて、空気の薄さを呪っていました・・・。


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ヤブさん、私、79歳の青春と69歳の青春です!!!
どちらもサングラス、ゴーグルを掛けているので涙(?)は見えません。

喜びを声に出して叫べない位、只々消耗して、息が苦しくて・・・。
空気、下さ〜い!!!


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中央のミン・バートルを囲んで。
中島さんがシャッターを押してくれました。
我々のような中年、いや高年になってからまともに山に登り始めた一般登山者が、この6500mクラスの高度の山頂に立てたのは、経験豊富なシェルパ達がサポートしてくれたお陰です。そして、キャンプの間、食事の世話をしてくれたキッチン・スタッフ、そして重い荷を運びあげてくれたポーター達のお陰であったことは言うまでもありません。


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中島さんが入って、並びを位置を替えて。


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中島さんが、何やらボール紙に書いたものを掲げました。


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応援メッセージの寄せ書きのプレートを前に掲げて。


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かれこれ山頂に30分はいたでしょうか。
そろそろ去らねばならない時間です。
時間が経つに連れて、雲が大分湧いて来ています。


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さきほどの雪壁を懸垂で降りなければなりません。


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足元に目をやると、嫌でも遙か下の氷河が視界に入ります。足がすくんでしまいますが、それ以上に息が上がって、ロープを掴んだまま気を失うまいと必死です。
いつも北アルプスでやっている懸垂下降とは苦しさが違うのです、一段降りるだけで、息が上がって、足を踏ん張り続けられないのです・・・、へたをすればガクンと腰が砕けそうです。
下の、ロープの末端はアイスバーで固定され、万が一に備え、最初に下ったアンディ・シェルパが固定ロープをがっしり押さえています。


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ヤブさんが懸垂の準備をしています。


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降り始めました。


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あの氷河の方へ転げ落ちるのではないかと、下降しながら私はビビリました。
今は、ヤブさんが降りてくるのを、下で見上げているだけですが・・・。
こんなに苦しい思いをしたのは初めてでした。

人は、何故こんな苦しい思いをして、登ったり、降りたり、するのでしょうか・・・。

それは、きっと、
「ヤブさんが"79歳の青春"の中に居て」、
「私も"69歳の青春"の中に居る」からなのでしょう。



登頂時の音声入り動画です;他のBGMをOFFにしてご覧下さい

全ての動画は、「やま工房」中島ガイドの撮影したムービーです。

(You Tube)「10/14午後、コテ(3691m)にて」
(You Tube)「10/16朝、ターナ・キャンプに飛来したレスキュー・ヘリ」
(You Tube)「10/17、カーラ・キャンプへの道で」
(You Tube)「10/17正午、カーラに着いてから昼食です」
(You Tube)「10/18朝、カーラ・キャンプから飛び立つレスキュー・ヘリ」
(You Tube)「10/19朝、ハイ・キャンプに向かってメラ氷河の舌端に、そこからの展望(約5300m)」
(You Tube)「10/19朝、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る」
(You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る-2」
(You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の上に出る」
(You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ・ラ(峠)付近を通過」
(You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ峠付近からエベレストを望む」
(You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ・ハイ・キャンプ5780mに到着」
(You Tube)「10/19午後、メラ・ピーク6654m のハイ・キャンプ(5780m)にて」
(You Tube)「10/20早朝、モルゲンロートの中をメラの山頂目指して」
(You Tube)「10/20早朝、メラ・ピーク6654m 山頂目指して-2」
(You Tube)「10/20午前、カンチェンジュンガ、マカルー、ローツェ、エベレストが:メラ・ピークへの途上で」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁が見えて来た」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂へ、ハーネス、ユマールをセットして」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁に辿り着く」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―1」
(You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―2」
(You Tube)「10/20午前11時頃、メラ・ピーク6654m 山頂へ」
(You Tube)「10/20正午頃、ハイキャンプに向けて下山-1」
(You Tube)「10/20午後、ハイキャンプに向けて下山-2」
(You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプに無事帰着」

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