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いきなり病院のER室の画像で「なんだこりゃ?」 話を、この日(10/23)の未明から、早朝に戻さなければならない; 昨日、2011年10月22日の午後、霙が落ちる寒い峠の上り坂をスロー・ペースで喘ぎ喘ぎ登ってChetare(Big Boulder:4300m)のキャンプ・サイトにやっと入った。 シェルパのシリンが気遣ってくれて、テント泊の予定をロッジ泊に切り替えてくれた。 少しでも身体への負担が少ないだろうとの配慮であった。 いつもは付けていたメモ(日記風)も、昨日は記している余裕もないほど、疲れ切っていた。 2階の部屋で濡れた下着を乾いた物に替えて、階下のストーブの置かれた食堂で夕食を摂ったが、食は進まなかった。 ダイアモックス、ビオフェルミン、風邪薬を飲んで、今は必需品になった1リッターのP・P(山で使う尿瓶)を枕元に置いて、ダウンを着込んで、早々にシュラフに潜り込んだが、なかなか寝付けなかった。 多分、高山病・高度衰退が出ているのだろう、水分は努めて摂った。 メラ・ピークに向かう往路の途中、下痢は数日続いたが、嘔吐は無かったし、今まで本などで読んでいた頭痛や眩暈などの症状も自分では自覚できなかった。 夜は、水分を努めて摂った関係もあるが、2時間に1回は小用を模様して、目が覚めた。 シュラフから出る動作だけで、息切れがする。 3人部屋と言うこともあって、部屋の外に出て廊下の端でP・Pを使って済ませたが、シュラフの上に戻って、シュラフの中に下半身を押し入れ、チャックを上まで持ってくる動作をするだけで、呼吸の乱れが激しく、強い咳込みが続く。 汗もかなりかいていた、テルモスの湯を飲むと、喉が痛い。 咳と共に喉の奥に痛みが走る。 気管支炎になっているのかな・・・。 鼻をかむと、鼻血が混じり、咽頭炎も起している。 時計は22時過ぎを示している。 次が1時頃、その次が3時頃と・・・、尿意で目が覚めた。 空咳が出る時の苦しさが増しているように感じる。 ザトルワ・ラ(4600m)までの残りの高度差300mの急登に身体は堪えられるだろうか・・・。 全行程を自分の足で歩き通さねば、6500mのピークに登った意味がないじゃないか、何とかもう1日頑張ろう、と言う思いと、途中で歩けなくなったり、途中倒れてしまったら・・・、パーティに偉い迷惑を掛ける、と言う不安が交錯していた。 一晩中、そんな思いが頭の中を巡って、うとうとと寝付かれないまま起床時間の5時を迎え、1リッター容器に満杯になったP・Pを抱えて、暗くて寒い廊下を出て、外のトイレに向かった。 6500mの高度を、呼吸に喘ぎながらではあったが、無事山頂を踏んで来て、その酸素濃度から2日掛けて2000m近く降りて来ているのだから、身体はこの高さ、3500m内外の高さには、普通なら順応していいはずだが・・・、とコテにいる間からずっと思い続けていた。 でも、実際の自分の動作は、その思いと違っていた。 自分の今の体調は、順応しているとは到底思えないし、普段日本の山で経験している感じとはまるっきり違う。出発前に出かけた富士山のお鉢巡りの際の感じとも違っていたし、アイガーのミッテルレギ稜でも感じたことはなかった今まで経験したことの無い、呼吸の苦しさなのだ。 そう、強いて言うなら、800m走(中距離走としてはキツイ)の最後の100mを走り抜けてゴールした後の数分間の息苦しさ、または駅伝競走の最後の100mを死に物狂いで走り切った後の数分間の呼吸の苦しさ、とでも言おうか。 「残りの高度差300mの登りだけだ。そこさえ越せばルクラまで下り一方。何とか、歩き通しましょう」と、昨日の夕食時、オキシオ・メーターを当てた時に伝えたものの、昨日の午後の上り坂の現実は、登山者として初めて体験した無残な、ていたらくなものだったのだ。 少し心臓や肺に負担の掛かる登り坂になると、息が続かなくなる。 恥も外聞も無く、苦しくて、苦しくて、膝に手を当てて呼吸を整えなければ次の一歩が出ないのだ。 6500mの山頂で味わったあの一歩の苦しさと似たような苦しさが、この高度でも続いたのだった。 10/23早朝、シュラフを畳んで袋に収める動作さえ辛くてしょうがない、突然襲う空咳、強い虚脱感・倦怠感、手足の指先の軽い痺れ感、けだるい鈍い動作の中で、思い切って切り出した、「残念ながら、今日は更に体調が悪く、歩き通せそうもありません・・・、多分高度障害から来る疲労(高度衰退?)だと思いますが、息が苦しく、咳で胸が痛いので、出来ればヘリでルクラに出て、診察を受けたい、肺炎が心配なので・・・」と告げた。 中島さんとシリンさんの相談の結果、シリンさんがヘリの運行状況を確認、一方、中島さんは衛星電話で保険会社に事の次第、状況を説明、レスキュー・ヘリ要請、私をカトマンズの病院に直行させる旨の事前報告を国際電話でしていた。 衛星国際電話で何度かやり取りをした後で、ヘリが確保でき、9時頃にルクラを飛び立ち、こちらに向かう、と知らされた。 ヘリがカトマンズ空港の隅のヘリポートに着くと、チリンの弟のナワンさんが空港で待っていてくれ、車ですぐ病院の救急に連れて行ってくれた。 急患用のベッドに汗臭い登山服のまま横たわり、いろいろ専門的なことを聞かれたが、英語とネパール語ちゃんぽんの会話で、ろくに意味は通じなかった。 体温計が挟まれ、オキシオ・メーターがすぐ指に当てられ、心電図を取るために看護士が来て処置して行った。 そのうち若い女医(?それとも看護婦)が来て、いろいろ質問して来たが、ナワンさんの通訳でいろいろ返答したが私の拙い英語で、症状を正確に伝えることは困難であった。 When breathing, I feel pain and when coughing, I feel pain with my throat. I was exhausted and tired out after clibming the summit of Mera Peak 6500m high. I was afraid of becomming pneumonia, if I had continued trekking. 程度の会話であった。 下痢の単語(having loos bowels)を知らないために、症状を伝えることはできなかったが、嘔吐(throw up)は仕草で判り合えた。 質問の中に、Cough is dry? と聞かれたが、その時はdryの真意が良く判らなくて、返答に困った。 女医が去った後、良く考えたらdryの反対はwetだから、「痰が出るか、空咳か?」の質問だったかと気付いたが、もう遅かった。 その後、採血され、胸部のレントゲンを撮られた。結果が出るまで2時間ぐらい、とか。 動けなくなった場所の標高が4300m、カトマンズの標高が1350m、その間の移動に要した時間は、なんだかんだで数時間。兎に角、出来るだけ早く低い場所に降りることが、高山病にとっては必要。 結果が出て、入院が決まり、取り敢えずの部屋が決まり、静脈注射をされ、薬を飲まされ、モタさんが付き添ってくれて、ベッドに横になって、すぐに寝入ってしまった。 |
ヒマラヤ メラピーク
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10/21の行程は、カーラBC(5045m)からターナ(4356m)を経て、コテ(3691m)まで下る。 往路ではレスト日を含めて3日掛けた行程を1日で下ることになる。 道々、「今日ハイキャンプに居る人達はどうしてるのかなぁ〜」と、ヤブさんは私達と入れ替わりに上がって来ていた、登山者の登頂を気遣っていました。 私達は、ラッキーだったのだろうか・・・。 喉の奥から乾いた咳が出るようになって、更に体調は悪化しています。 風邪薬も利き目がないようで・・・、うまくないなぁ〜・・・、気分はますます落ち込みます。 あの時は、天気も良くて・・・。今日は、なんと寒々とした光景でしょう。 暖房はそれほど効いていないので(燃料は貴重)寒いです。 寒いのと、疲労が重なって来ていると気を配ってくれたか、ロッジ泊にしてくれました。ルクラ以来のロッジ泊です。 「ヤブさん、79歳で登頂は素晴らしいですよ!」 隣の部屋で、声は聞こえていましたが、着替えをした後、横になったら、起き上がるのが面倒になって、話題への興味より、倦怠感の方が勝って、そのままシュラフに入って休んでしまいました。 コテの標高は、3691mだから、メラピーク6500mから2800mも下がって来たことになるなるのに、その恩恵は、私の身体には巡って来ないのか・・・。 こんな体調で、4600mのザトルワ峠を再び越えることできるのかなぁ〜、と気は重くなるばかりだ。 トイレは、ロッジのを使っていいことになっているが、通常鍵が掛かってるので、3人用に鍵を借りて、隠し場所に保管、共同で利用する。でも、大以外はP・Pで済ませてしまう。でも、夜中にシュラフから出て、P・Pで済ませるだけでも一難儀なのだ。汗びっしょりかいたので、真夜中に、下着を交換。 (You Tube)「10/14午後、コテ(3691m)にて」
(You Tube)「10/16朝、ターナ・キャンプに飛来したレスキュー・ヘリ」 (You Tube)「10/17朝、カーラ・キャンプへの道で」 (You Tube)「10/17正午、カーラに着いてから昼食です」 (You Tube)「10/18朝、カーラ・キャンプから飛び立つレスキュー・ヘリ」 (You Tube)「10/19朝、ハイ・キャンプに向かってメラ氷河の舌端に、そこからの展望(約5300m)」 (You Tube)「10/19朝、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る」 (You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る-2」 (You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の上に出る」 (You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ・ラ(峠)付近を通過」 (You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ峠付近からエベレストを望む」 (You Tube)「10/19午後、メラ・ハイ・キャンプ5780mに到着」 (You Tube)「10/19午後、メラ・ピーク6654m のハイ・キャンプ(5780m)にて、マカルー、ローツェ、エベレスト、チュオユー、アマダムラムが」 (You Tube)「10/20早朝、モルゲンロートの中をメラの山頂目指して」 (You Tube)「10/20早朝、メラ・ピーク6654m 山頂目指して-2」 (You Tube)「10/20午前、カンチェンジュンガ、マカルー、ローツェ、エベレストが:メラ・ピークへの途上で」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁が見えて来た」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂へ、ハーネス、ユマールをセットして」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁に辿り着く」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―1」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―2」 (You Tube)「10/20午前11時頃、メラ・ピーク6654m 山頂へ」 (You Tube)「10/20正午頃、ハイキャンプに向けて下山-1」 (You Tube)「10/20午後、ハイキャンプに向けて下山-2」 (You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプに無事帰着」 (You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプ経由でカーラBCまで一気に下る」 |
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あっと言う間の山頂の30分でした。 あの雪壁を下って、未明、9時間前に出て来たハイ・キャンプを撤収して、5045mの氷河下の雪の無いカーラBCまで下降しなければなりません。長い一日になることは判っていました。 実はこの画像、スキーで山頂直下から滑降して、我々よりもずっと早くハイ・キャンプに帰着していた中島さんが撮った画像なのです。 中島さんが、格好良く滑って行く姿をムービーにも写真にも撮って残せなかったのは返す返すも残念でした。上部では、息が苦しくて、続けてのターンも厳しかった、と後で語っていました。苦しくて、堪え切れなくて、転んじゃった、とも。 単に歩いているだけでも息苦しくて「チリン、ストップ! ちょっとレスト・・・」なんて言って休んでいたんだから、動作の激しいスキーでは、更に息苦しかったに相違ない。 ヤブさんは、彼より半年先輩。 「酸素ボンベ無しで、しかも79歳で6500m登れたのだから、来年80歳で、酸素スパスパ吸ってけば、エベレスト登れるんじゃな〜い・・・」、なんて来年の再訪を焚きつける冗談も。 でも、「成功すれば、最高年齢での登頂になるよ」、って、スパスパ吸えばあながち無理じゃない、ヤブさんなら・・・。私は、高度に弱いからダメだけど、って・・・。 「ひょっとして、瓢箪から独楽?」 早速、温かいティーが振舞われました。 時たま一緒に転びそうになったこともありました。でも転んでもたいしたことはここでは起こりません。 ここは急斜面なのでこけると大変です。 この頃は、もうバテバテです。 もっとも脇を下っていくこの道のプロ、ポーター達でさえ、滑って、こけて、籠の上の荷が転がり落ちて、「あやっ!」とか、「きゃはっ!!」とかの嬌声が、斜面のあちらこちらでしていましたから。夕方になって、更に気温が下がって来て、滑り易くなっていたのも確かですが。 雪線以下に降りて来ました。 そう、日没と共に、テントの外は雪がじゃんじゃん降ってました! 山頂から1500mも下ってきたのに、ここの空気がちっとも濃いと感じられません。 2時起床、3時半出発、BC帰着が16時半近かったですから、13時間の行動。 酸素の薄い中での13時間。 2011年(平成23年)10月20日は、ロング・ロング・デーでした、本当にきつい、と言うか夢遊病者のような気分? 疲れ切ったと言うか・・・、ボロボロと言うか、これが6000mの登山なのか・・・。 (You Tube)「10/14午後、コテ(3691m)にて」
(You Tube)「10/16朝、ターナ・キャンプに飛来したレスキュー・ヘリ」 (You Tube)「10/17朝、カーラ・キャンプへの道で」 (You Tube)「10/17正午、カーラに着いてから昼食です」 (You Tube)「10/18朝、カーラ・キャンプから飛び立つレスキュー・ヘリ」 (You Tube)「10/19朝、ハイ・キャンプに向かってメラ氷河の舌端に、そこからの展望(約5300m)」 (You Tube)「10/19朝、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る」 (You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る-2」 (You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の上に出る」 (You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ・ラ(峠)付近を通過」 (You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ峠付近からエベレストを望む」 (You Tube)「10/19午後、メラ・ハイ・キャンプ5780mに到着」 (You Tube)「10/19午後、メラ・ピーク6654m のハイ・キャンプ(5780m)にて、マカルー、ローツェ、エベレスト、チュオユー、アマダムラムが」 (You Tube)「10/20早朝、モルゲンロートの中をメラの山頂目指して」 (You Tube)「10/20早朝、メラ・ピーク6654m 山頂目指して-2」 (You Tube)「10/20午前、カンチェンジュンガ、マカルー、ローツェ、エベレストが:メラ・ピークへの途上で」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁が見えて来た」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂へ、ハーネス、ユマールをセットして」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁に辿り着く」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―1」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―2」 (You Tube)「10/20午前11時頃、メラ・ピーク6654m 山頂へ」 (You Tube)「10/20正午頃、ハイキャンプに向けて下山-1」 (You Tube)「10/20午後、ハイキャンプに向けて下山-2」 (You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプに無事帰着」 (You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプ経由でカーラBCまで一気に下る」 |
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さて、メラ・ピーク山頂直下の雪壁の前までやってきました。 6654m(登頂証明書の標高では、でも最新の地図だとメラ・セントラルは6461mになってます)メラ・ピークの山頂に立てる夢が、目の前にあるのです。 急斜面を雪壁の下まで登るのにも、もう息は切れ切れでした。 ユマールにすがってアイゼンの歯を切ってあったステップに乗せ、最初の一歩、一段をせり上げるのにも大変で、一段せりあがって次のステップに足を上げるためには、背伸びしてユマールを精一杯高いポジションに利かせなくてななりません。多分、最初にステップを切ったとき、コンパスの大きな欧米人に合わせたと想像したくなるような、おおまたのステップ段差なのです。充分間を置いて背伸びして、次の一歩をせり上げるのに、苦しくて苦しくて、もう肺が飛び出すのではないかと思うくらいです。 横で確保していたシュンビ・シェルパが、じれったくなったか、膝頭を持ち上げてくれました。 それに合わせ、ユマールに伸ばした腕を引き上げます。 アイス・クライミングの技術云々、アイゼンワーク云々の前に、只々空気が欲しいで〜す! 息が出来ないほど苦しい〜ん、です。 雪壁を登っても、その先に10数メートルの斜面が続いています。 固定ロープがセットしてありますので、ユマールを手一杯のばして、ロープを手繰り寄せますが、息が止まりそうで足が進みません。 膝をついて、大きく深呼吸を何度も繰り返し、やっとの思い出立ち上がって、一歩、一歩手繰り寄せました。 この酸素の薄さが6500mの高度なのでした! ヤブさん79歳の青春です!!! 2011年10月20日 午前9時半でした。 私は、3人の後ろでまだ息をハーハーさせて、空気の薄さを呪っていました・・・。 どちらもサングラス、ゴーグルを掛けているので涙(?)は見えません。 喜びを声に出して叫べない位、只々消耗して、息が苦しくて・・・。 空気、下さ〜い!!! 中島さんがシャッターを押してくれました。 我々のような中年、いや高年になってからまともに山に登り始めた一般登山者が、この6500mクラスの高度の山頂に立てたのは、経験豊富なシェルパ達がサポートしてくれたお陰です。そして、キャンプの間、食事の世話をしてくれたキッチン・スタッフ、そして重い荷を運びあげてくれたポーター達のお陰であったことは言うまでもありません。 そろそろ去らねばならない時間です。 時間が経つに連れて、雲が大分湧いて来ています。 いつも北アルプスでやっている懸垂下降とは苦しさが違うのです、一段降りるだけで、息が上がって、足を踏ん張り続けられないのです・・・、へたをすればガクンと腰が砕けそうです。 下の、ロープの末端はアイスバーで固定され、万が一に備え、最初に下ったアンディ・シェルパが固定ロープをがっしり押さえています。 今は、ヤブさんが降りてくるのを、下で見上げているだけですが・・・。 こんなに苦しい思いをしたのは初めてでした。 人は、何故こんな苦しい思いをして、登ったり、降りたり、するのでしょうか・・・。 それは、きっと、 「ヤブさんが"79歳の青春"の中に居て」、 「私も"69歳の青春"の中に居る」からなのでしょう。 (You Tube)「10/14午後、コテ(3691m)にて」
(You Tube)「10/16朝、ターナ・キャンプに飛来したレスキュー・ヘリ」 (You Tube)「10/17、カーラ・キャンプへの道で」 (You Tube)「10/17正午、カーラに着いてから昼食です」 (You Tube)「10/18朝、カーラ・キャンプから飛び立つレスキュー・ヘリ」 (You Tube)「10/19朝、ハイ・キャンプに向かってメラ氷河の舌端に、そこからの展望(約5300m)」 (You Tube)「10/19朝、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る」 (You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の舌端をハイキャンプに向かって登る-2」 (You Tube)「10/19正午近く、メラ氷河の上に出る」 (You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ・ラ(峠)付近を通過」 (You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ峠付近からエベレストを望む」 (You Tube)「10/19正午過ぎ、メラ・ハイ・キャンプ5780mに到着」 (You Tube)「10/19午後、メラ・ピーク6654m のハイ・キャンプ(5780m)にて」 (You Tube)「10/20早朝、モルゲンロートの中をメラの山頂目指して」 (You Tube)「10/20早朝、メラ・ピーク6654m 山頂目指して-2」 (You Tube)「10/20午前、カンチェンジュンガ、マカルー、ローツェ、エベレストが:メラ・ピークへの途上で」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁が見えて来た」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂へ、ハーネス、ユマールをセットして」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁に辿り着く」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―1」 (You Tube)「10/20朝、メラ・ピーク6654m 山頂直下の雪壁を―2」 (You Tube)「10/20午前11時頃、メラ・ピーク6654m 山頂へ」 (You Tube)「10/20正午頃、ハイキャンプに向けて下山-1」 (You Tube)「10/20午後、ハイキャンプに向けて下山-2」 (You Tube)「10/20午後、登頂後、ハイ・キャンプに無事帰着」 |



