サントリー天然水工場(白州)との井戸水問題・他:白州の森

白州の森が綴る、「サントリー白州工場との井戸水問題」等の「森からの便り」

ペルー・アンデス

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ペルー・アンデスの旅:ワイワッシュ山群一周の旅ーその6

第6日目 2014/6/16、今日の行程は、5つの峰からなるカヨック(最高峰、5652m)を東側から西側へ、ぐるっと半周するコースで、その半円を描く中ほどにプンタ・カヨック(4950m)が控えている。
峠を越えれば、後はワナック・パタイ谷に沿って約4200mの高度まで下って今日のテントサイト、ワナックである。
 
5:30 起床、6:15 朝食、7:00 出発。
 
快晴です。
 
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カヨックをぐるっと半周するんですから、カヨックの峰々の七変化が堪能できます。
 
 
 
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下を通り過ぎるまで、落ちて来ないでよ、頼むから・・・。
 
 
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花の名を聞いたけど、メモ忘れて・・・。
覚えられる訳ない・・・、数字の1〜5 チンコでストップ、8 オイチョで・・・、なんだから。
 
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峠にやって来ました。
 
ギヨさんがしきりに遠くの稜線上を気にしています。
野生のビクーニャが居ると言うのです。
峠の直下は結構急坂のガレた場所で、足元を気にしながら稜線を見上げるのも難儀です。
 
動画:動画:http://youtu.be/ID-iXSd6JEc
 
 
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見上げると、高いなぁ〜!
首が痛くなるなぁ〜・・・。
 
 
 
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文句なく、素晴らしいでしょ!
 
 
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西側に回り込むと、すぱっと切れ落ちているんですよね。
上の画像の丁度右端のくびれ部分が越えて来た峠です。
 
 
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私は峠まで楽しみましたので、下りは近藤さん、「This is my turn.」
 
 
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カヨックがどんどん小さくなります。
広大ですよねぇ〜・・・。
 
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着きました、今日のテントサイト、ワナック(標高約4200m)です。
 
 
 
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サイト着 13:55分。
天気が良かったので、写真撮影に忙しい1日でした。
 
 
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残照のカヨック峰。
 
 
順調に来ているなぁ〜。
 
(続く)
 
 
 

ペルー・アンデスの旅:ワイワッシュ山群一周の旅ーその5

 
第5日目 2014/6/15 5:45 起床、みぞれ、7:17 出発
 
今日の目的地は、この周辺で最大の湖、ラグナ・ヴィコンガ近くの温泉のあるキャンプサイト、アグナ・テレマル、標高4365m。
歩行距離は結構ある、しかもその中間点にワイワッシュ峠(4780m)が控えている。
出発点のワイワッシュの標高が、同じような4350mだから、標高差400mを登って、400m下ることになる、だらだら登りのだらだら下りの1日だった。
 
ガスっていて、何も見えないだだっ広いワイワッシュ峠だったが、地図をよく見ると、ここも分水嶺になっている。峠から北への流れはリオ・ワイワッシュになって東に向かっておりアマゾンへ、峠の南はラグナ湖に向かい、西に向かってリオ・プマリンリになって、行く着く先は太平洋だ。
 
ルートの西側には、シルラ・グランデ(6344m)から南に連なるサラポ(6127m)、カルニセロ(5960m)、トラペシオ(5653m)、ちょっと離れて5つの峰から成るカヨック(5652m)が鎮座しているはずだ。
 
だが、残念ながら今朝はみぞれ交じりのお天気模様、山の眺望は全く効かない。
1眼レフはザックにしまったままだし、コンパクト・デジカメは、只、首の下でぶらぶらしてるだけで、出番がなかった。
 
只々、ひたすら目的地の温泉入浴を楽しみに、温泉、温泉と口にして歩くのみ。
 
テントサイトのある草原盆地を見下ろせる丘の外れに来た
あの狭まったくびれの先にあると、ガイドのギヨさんが言った。
 
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12:30キャンプサイト着。
 
 
 
天気は、徐々に回復して来ている。
 
直ぐに温泉に飛び込みたかったが、14:00から遅いランチタイムだよ、とギヨさんが伝えて来たので、用意したバスタオルの袋を横に、我慢。
 
温泉プールの前には管理人の小屋。小屋の中にはクスケーナの箱が。中に居た管理人に聞くと、自分の管理分のビールは売り切れだそうで、隣の部屋の住人がまだ沢山持ってるから、もう少し待ってな、今、どこかへ出かけてるけど、すぐ戻って来るから、と。
ギヨさんにお金を託して、ランチタイムに間に合うように、手に入れて来てもらう。
 
ランチは、ポテトの塩うでしたのにポーク肉の塩味煮込み添え。二人とも、珍しくお替わりした。
ビールは、チェコブランドの缶ビールだった。5ソル/本。こんな山の中だから、妥当と言うか、安いのでは・・・、とか何とか、話題は弾んでいた。
 
 
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ランチを済ませて、プールを覗いたら、「全員集合!」の感で、満員。
 
ユダヤパーティの何人かが、出たのを確認してから、3人でプールに出向く。
 
お湯の温度は、個々の浴槽で微妙に違うが、一番暖かめな私たちの入ってるプールで40℃位で、ちょっとぬるめ。長湯には丁度良い湯加減だった。
 
入浴している間にも、ぱらぱら雨が舞うことがあった。
慌てて引き上げる人たちも。空いたところでデジカメで、記念撮影。
 
背景の山を、地図で調べたらプカカッカ、別名:サンフランシスコ(5042m)となっていた。なんか曰くがありそうな名前だな・・・。
 
 
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チェコスロバキヤ・カップルも、イスラエルパーティも、それにスペインパーティも、皆4つある入浴槽のどれかに入っていたが、ビキニ姿にカメラ向けちゃまずいもんな・・・。
しかも、ビキニ姿の彼女、彼氏と抱き合って、湯の中でキスを繰り返す。開けっぴろげだ。
近藤さんが隣のギヨさんに、目配せして、「Call up your wife later and want to speak her」とか何とか言っていた。携帯電話が繋がるとこでは、いつも電話してたから。結構、電話の相手の声が響くんだよね・・・。
 
 
 今夕のディナーは、お豆をすりつぶしたスープ?から始まった。
 
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スパゲティ。
久しぶりに、日本から携行したフリーズドのアルファ米を出してみた。
 
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夜半近く、小用に起きた時、星空が出ていたので、用意していた三脚にカメラをセットして、テント前から南半球の夜空を。
サザンクロス(南十字星)が大分傾いて出ていた。
どれか判りますか?
 
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次の写真をバルブ条件でセットしている間に雲が広がって・・・。
 
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もう一度、温泉に入りたかったが、明日も早いので、寝ます。
 
(続く)

ペルー・アンデスの旅:ワイワッシュ山群一周の旅ーその4

4日目:2014/6/14  5:30 起床、 7:05 出発
 
今日の目的地は、ワイワッシュ・キャンプ・サイトである。
 
昨日の午後のティー・タイムにもギヨさんから説明があったが、天候に問題がないなら、一般ルートを取らずにもう一つ山側に沿った三段の氷河湖を辿って、カルニセロ湖の下に出る景色の良いバリエーション・ルートの方を取る、とのことであった。
 
二人とも体調も良いし、天気さえ問題ないなら、そりゃ展望の良いルートの方が良いに決まっている。
オトクシャイコ谷を辿る一般ルートでは、前山が邪魔して、イリシャンカ、イエルパハ・チコ、イエルパハ、シウラ・グランデ、カルニセロと、ワイワッシュを代表する連なる山々が隠れてしまう、と言う。
 
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この湖、カルワコーチャから流れ出るリオ・カルワラコーチャ川を飛び石伝いに渡って対岸のキャンプ地を横切って、湖を挟んで我々が宿営したサイトの反対側へ出て、そのまま湖畔の高台を上流に向けて辿る。
(川を挟んで、2か所キャンプサイトがあるのだ)
 
 
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湖面に映る山々が揺れている。
いつも風が流れていて、今朝も鏡のような湖面とはいかないようで、まぁ我慢しておこう。
この風程度なら、歩く身には心地よいが、どの峠を越える時も結構吹いていて、休んでいると上に着こまないと、すぐ寒くなるような勢いの風だった。
 
 
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こんなに遠くまで山羊たちの群れが。子ヤギが可愛い。
 
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真正面のイエルパハ(6617m)にも、イリシャンカ(6094m)の方向にも雲は残っているが、まぁ、まぁの眺望だ。
 
 
最初のガングラヤンカ湖
 
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元気の良いイスラエル組の若者は、対岸の小高い丘に遊びに行った。
 
 
 
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上の氷河が崩壊して、切り立った断崖から下の湖に轟音を立てて落ちていく。
なかなか、その瞬間をカメラでとらえるのは難しい。
 
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うぉお〜!
ちょっと小ぶりの崩壊だったけど、グットタイミング!
 
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この先のシルラ・プンタ(峠)4830mまで、標高差700mはある。
 
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大分上がって来たぞ。
氷河の末端が下になった。
 
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2番目の湖:シウラ湖、3番目の湖:クェシロコーチャが、もうあんなに低くなった。
 
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峠の直前になってこんな平らな高層湿原地帯が現れた。
ミネラルを含んだ地層から水が流れ出しているので、下の湖もあんなに濃いグリーンの色をしているのだろう。
そう、蛇足だが、このアンデスの山岳地帯にはレアメタルなどの鉱物資源も埋蔵されているようで、山道に相応しくないような立派な道路・搬出道路が山に向かって伸びているのが散見された。蛇足のついでだが、ガソリン価格の話になった時、クル−ド・オイルはウルガイ辺りから輸入しているのかと思いきや、北と南に産出井戸があり、国産で賄っているような話であった。
 
左側のコルが今日の峠・シウラ峠(4830m)だ。
 
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峠に登り上がって来た。
 
この峠も太平洋と大西洋に分かれている分水嶺の一つじゃないかな。
通過してきた三つの氷河湖を流れ下ったリオ・カルワコーチャは、クエロパルカの先でリオ・ヌペになって、そしてアマゾンに繋がっているのだ。
 
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峠を越えると、向こう側にも高層湿原が広がっていた。
行動中は雲が出ていて、陽が差している時間はほとんどなかったのが残念だが、素晴らしい距離感で山々を眺められrた。
 
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ワイワッシュ山群の一番奥深いところに入って来たのだ。
 
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ワイワッシュのキャンプサイト。
14:45分着、高度4350m。
 
 
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草原の中央をリオ・ワイワッシュの流れが蛇行していた。
 
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具沢山のスープ。
 
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白米にカレー。
ところで、とギヨさんに聞いてみた;
「リマからワラスへのバスの中から見た光景では、ジャガイモ、トウモロコシ、サトウキビなどの広大な農園は見かけたが、ライスフィールドはなかった。お米は輸入してるの?」、「ウオーター・フィールド or ドライ・フィールド?」、水稲であるとの答え。
「北と南の地方で採れるんだよ」
 
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夕方ののティー・タイムに出された「ユカ」(芋の一種)のフリット(唐揚)が美味しくて沢山食べた割には、結構カレーも食べた。
 
シリロさんは、ひと時も携帯ラジオを離さない、ちょっと散歩、なんて時にも小脇に抱えて出かける。
ギヨさんがどこから手に入れてきたのか、ラジオの番組表の切り抜きを手にしていて、今日は日本チームの放送があると期待していたが、ラジオから流れて来たのはイタリアの戦いだった・・・。周波数調整のダイヤルをぐりぐり回して、しばらくのちにギヨさんは「ソーリー、プログラム チェンジド」
ペルー人が聞く放送、そりゃイタリア戦の方がいいよなぁ〜・・・、で納得、残念、日本の結果は「No news」でちょん!
 
(続く)

ペルー・アンデスの旅:ワイワッシュ山群一周の旅ーその3

 
2014/6/13
6:00 起床
7:20頃 出発
 
目指すは、今日の峠・カルワク(4620m)
 
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歩き始めて3、40分、吾がロバ隊が追いついて来た。
早速、近藤さんが「タクシー!」と、手を挙げる。
 
 
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白骨化した動物の骨が綺麗に残っていた。
 
峠付近では、化石探し。
みんな同じ小石に見えて、宝探しは空振り。
 
 
スペイン・パーティが追い抜いて行った。
チェコスロバキヤ・カップルは、まだ来ない。自分たちで重い荷物を担いで来るんだから、ゆっくり上がって来るのだろう。
 
 
 
峠も過ぎて、カルワーコーチャ湖も近いところの、たぶん地図に名前があったインカワインの耕作地。痩せた畑のように見えたが、そうでもないらしい。
農民夫婦二人で収穫したポテトを選別していた。
 
ギヨさんは、我々とは英語でコミニュケーションをとり、普段周りの人達とはスペイン語で会話し、地元の山岳民とはケチュア語でも話ができるようであった。
 
イメージ 3
 
 
何やら話をしていた。
多分、「この新鮮なジャガイモを分けて欲しい」、とでも言っていたのかな、と勝手な想像をしていた。
彼がザックの紐を空け、取り出したのは、財布のソル紙幣ではなく、毎朝、「今日のお八つスナックだよ」、と渡されていた小袋。
中には、クラッカーやチョコバー、オレンジ、マンゴジュースの紙パックが入っていた。
 
何と何と、驚いた、物々交換である!
 
代わりに受け取ったのはビニール袋に詰め込んだ約1Kgのポテトでした。
 
 
 
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キャンプサイトに着く頃、またまた、雲行きが怪しくなって来た。
また、雨か…。
12:45分着。
 
 
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厚い雲は過ぎ去ったようである。
薄日が差して来た。
 
 
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日没、西の空は、夕焼けであった。
 
時間はたっぷりあった;
1:ウノ、2:ドス、3:トレス、4:クアントロ、5:チンコ、6:セズ、7:シェタ、8:オーチョ、9:ヌエデ、10:ディアス
とトレッキングの間も、思い出したように、スペイン語の1〜10を繰り返すが、いつもチンコまでは辿りつくが、「6,7は何だっけ?」、「8はオイチョだったよな・・・」、「9は忘れた」、「10はディアス」。
 
シリロがソニーの携帯ラジオを聴いている、もちろんワールドカップの中継。チリがオーストラリアに3:1で勝ったとか。
アナウンサーの「ゴ〜ーーール!」が偉く長い。
「日本の結果について、何か言ってなかったか?」と聞いたが、「No News」だそうだ。
 
3日目の夜は更けて行った。
 
(続く)
 

ペルー・アンデスの旅:ワイワッシュ山群一周の旅ーその2

 
第2日目:2014/6/12 マタカンチャ〜カカナン・プンタ(峠:4690m)〜チンカナ峰(4618m)のコル〜ミツコーチャ(湖)北端の丘〜リオ・ヤンカ・キャンプサイト(ミツコーチャ・キャンプ・サイト)標高4200m弱
 
昨夜のキャンプサイトは、イスラエル人の7〜8人パーティ、ポクパから徒歩で歩いているところを私たちのワゴンが追い抜いて来たチェコスロバキヤからの若いカップルパーティ、それともう2パーティが宿泊していた。
 
ポクパの集落でこの山域に入るための入山料をギヨさんが払っていた。
 
それに、マタカンチャのキャンプサイト利用料を地元コミュニティの管理人が徴収に来ていた。チェコスロバキヤのカップルの女性は、ポクパで入山料を払ったのに何故又ここでキャンプサイト使用料を払わねばならないのかと、英語で管理人と口論をしていたが、管理人は現地語(スペイン語)でしか話さないから、ややこしい。
見かねたギヨさんが間に入って、最近この地域のキャンプサイトの管理方法が変っていることを英語で説明してやって、やっと納得して使用料を払ったようだ。
彼女達の携えて来たトレッキングの情報はちょっと前の古い情報らしく、各テントサイトで個別にサイト使用料を払うようにはなっていなかったようである。
しかも、ガイドやロバ方を付けない大型ザックを背負ったトレッカーで、食料も全行程分自分たちで背負って来ているようである。若いから出来るのだが、良くやるなぁ、と感心させられる。
 
後で、ギヨさんから聞いたところでは、このワイワッシュの山域は三つの州(
アンカッシュ、リマ、それにワヌコ)の入り組んだ山域で、それぞれのキャンプサイトが地元のコミュニティの管理下で運営されていて、従って各サイトで個別に管理人が使用料の徴収にやってくるのだと。
 
その件が、落着したので、これから先の彼らの行程を聞くと、私達と同じ工程で進むらしい。
明日は峠から、一般ルートは取らず、バリエーション・ルートを辿ってミツコーチャ・キャンプ・サイトに出る話をすると、「後を付いて行っていい?」、「Why not?」
 
イメージ 1
 
5:00起床、モーニングティ、5:15アブ、5:30朝食、6:30出発。
 
カカナン峠(プンタ:4690m)まで、イスラエル人若者パーティと前後しながら登った。
ギターを背負って軽装で登っている者や、かなりの装備を詰め込んだザックで山慣れた格好をしている屈強な若者も玉石混交のパーティのようだ。
 
峠で大休止を取っていると、チェコスロバキヤのカップル・パーティが上がって来た。
 
蛇足だが、南北に長大に連なるアンデス山脈、西は太平洋に面し、東は大河アマゾンに面してる。ここは、その分水嶺の一つ。ってことは、ここで小用をすれば、太平洋と大西洋に分かれて行くってこと・・・。
 
 
イメージ 2
 
一般道は、峠から見下ろす上の画像に見えている道まで降りて、それを辿ることになるのだが、それじゃ面白くないから、この峠から続く主脈に沿ったトラバース道を途中のちょっとしたコルを抜けて、目の前のチンカナ峰の肩を捲くようにしてミツコーチャ湖の脇に降りるようだ。
 
 
イメージ 3
 
峠からガシャ(4880m)峰に続いている岩稜。
チンカナ峰(4618m)は、この稜線の左側に独立して突き出た岩峰だった。
その間のくびれ、コルに向けてトラバースして行く。
 
 
イメージ 4
 
 
 馬を引いて先に進んでいたシリロが腰を下ろして休んでいた。
ここでランチらしい。
 
イメージ 5
 
 
ここがコルらしい。
 
イメージ 6
 
 
一面この緑のスポンジのような苔、植物が敷き詰められていた。
サンパと言う名だそうだ。
これは棘が無いので腰かけることができるが、もう一種類似たような苔(?)があって、そっちは腰かけたらえらい目に合うそうだ。掌で触ってみないと判らないぐらい似ている。
 
 
イメージ 7
 
(峠で、遊んでいる間にチェコPが上がって来た)
 
ランチを摂ってる間にチェコスロバキヤ・カップルが追いついて来た。
女性が、貝殻の形をした化石を幾つも拾ったと、嬉しそうに見せてくれた。
これに味をしめたのか、又同じ場所に引き返したのか、戻って行く姿を目にしながら、我々はミツコーチャへ下る斜面の緑の苔の上を、苔から苔に飛び移るように下って行った。
 
イメージ 11
 
眼下にミツコーチャの湖が見えて来た。
ニラシャンカ(5607m)、イリシャンカ(6094m)が見えているのだろうか、山頂に雲がまとわりついてるので、いまいち判らない。
 
 
 
 
イメージ 8
 
どこまでもサンパが続いている。 
 
 
ミツコーチャ湖は、目の下だ。
湖畔のテント・サイトは、使用禁止になって、新しいミツコーチャのテントサイトは、この湖から流れ出るリオ・ヤンカの下流にあるらしい。
 
 
たまたま子牛の死骸に出くわした。
キツネにやられたらしい、とギヨの説明である。
死後、1〜2日、母牛が傍に佇んでいた。
 
イメージ 9
 
 
 
更に山腹を左に左に捲いて、ミツコーチャから続く北端の草原に向かって降りていった。
 
イメージ 10
 
中央の双耳峰がロンドイ(5870m)かな、 右がニナシャンカ(5607m)、左がイリシャンカ(6094m)かな。ロンドイ北峰は、1961年6月に、あのワルテル・ボナッティが登った山だ。(「わが山々へ」白水社、1966年発行)当時、チクワンの町からこのミツコーチャのキャンプ・サイトまで徒歩で5日かけて入ったと書かれていた。もう半世紀も前のことだ。
 
新しいミツコーチャのキャンプサイト。
 
イメージ 12
 
14:00 ミツコーチャのテントサイト着。標高約4200m。
 
 
スペインからのパーティが先着していた。
 
我々と前後してカカナン峠に登ったイスラエルパーティは、この先のテントサイトまで進むということで、正面の丘を遅れ気味の数人が上って行くのが見えていた。この先、まだ4時間ぐらいはかかるだろうと、ギヨは言っていた。
別なイスラエルの若者パーティが到着していた。
 
3:00 頃、テータイム。
とっておきの紙パックの赤ワインを開ける。
携帯ラジオは、ブラジル対クロアチア戦。得点が入る毎に「ゴー〜〜〜ル!」の絶叫と、周囲から歓声が上がる。「Who got a goal ?」、「ネイマール」の得点とシリロがにんまり。彼らもブラジルは強いと予想してるのだ。「どこの国のレフェリー?」と聞いてみたら、しばらくして「日本のレフェリーだよ」と(後で、帰国してから調べたら、西村レフェリーがこの試合をさばいたようだ)。
 
カップ1杯のワインが効いて来た、この標高だから。
早々に、シュラフに入って昼寝。
 
18:07 霰交じりの雨になった。
雷鳴がなって、1時間以上強い雨がテントを叩いた。
風が強くなりテントをばたつかせた。
 
雨に遭わずに次のテントサイトにたどり着けただろうか、イスラエルの若者パーティは・・・。
 
イメージ 13
 
ディナー・タイム。
 
傘は持ってきてないので、レインギヤに身を固めて、篠突く雨の中をダイニング・テント(キッチン・テント)に向かった。
 
二人とも、快食、快眠、快便、いいことだ!
 
 
イメージ 14
 
残照のニナシャンカ(5607m)
 
 
イメージ 15
 
ギヨさんが各テントのペグ、張り綱を点検に回っていた。
この山塊の東側は、アマゾンに続く高原。取り立てて高い山がある訳でもないから東側の気候の影響を受け易いのだろう。
 
いかに草原の芝生の上にテントを張るような好条件の設営環境でも、あれだけ強い雨に叩かれるとテントの底の芝生の方にも水が回って来て、エアーマットの下がびっしょりだ。
強い雨は1時間半程度で過ぎ去ったから良かったが、一晩中だったらやばかったかな・・・。
直ぐに寝入っちゃったから判らないが、夜半に小用で外に出たら星も幾分見えてたから安心した。
 
(続く)

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