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S40年卒、ワンゲル同期の人数は、17名。 新年会などの飲み会の常連は、14名。 最近、あっちに逝った1名のほか2名は、ゆえ合って卒業以来殆ど顔を会わせていない。 14名のうち、27年ほど前から毎年のように続いてる同期会山行に参加している常連メンバーは11名。 今回は、このうち2名が、闘病中で、「残念ながら、出席不可」の連絡、そして運悪く抜けられない用事と重なってしまったのが1名。 1月の新年会の別れ際、「明日は何が起こってもおかしくない歳だから・・・、バイバイ」って。 それから数ヶ月して、「俺、脳梗塞でリハビリ中」、「俺、胃全削で、回復が遅れてるから、今回パス」と。 結局、今回は8名で歩く事になった。 富士見高原・鹿の湯に集合。 釜無敦盛草。 黄バナの敦盛草。 熊谷草。 鈴蘭。 小梨の花(ズミ)の花びらが舞う中を。 入笠山山頂。 諏訪大社の4社を巡る。 前宮。 本宮。 春宮の後で詣でた下社、秋宮。 じゃ、また来年・・・。
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山野跋渉(山行記録)
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六花の森に置いてあった坂本直行著「私の草木漫筆」(茗渓堂、2000年1月30日発行)。 躊躇無く買い求めた。 画文集「雪原の足あと」、画文集「原野から見た山」、「山・原野・牧場(ある牧場の生活)」の3冊は私も読んでいたが、「わたしの草と木の絵本」、それと昭和39年にたった800部の限定版で紫紅会から発行された「私の草木漫筆」は、読んだ事も無かった。旧版の刊行後、紫紅会発行の随筆誌「紅」にその後も書かれた24種の植物も加えた新版「私の草木漫筆」を茗渓堂から出版することになった、と後書きにあった。 そして児童詩誌「サイロ」。 創刊号から表紙、カットを直行さんが書いた。 六花の森の「サイロ」館には、その表紙絵がずらりと並んでいた。 点在する美術館の建物(ログ)は、クロアチアの古民家を移築したものだそうです。 直行の絶筆室も、坂本直行記念館も、同じクロアチアの古民家だそうです。 「サイロ」の裏表紙、直行の自筆原稿の写しが掲載されていました。 「コブシ」は5月号だったようです。 表裏には「キクイモ」(1月号)についての原稿が掲載されていました(画像は割愛)。 「北のアルプ館」のラベル。 復元された串田孫一の仕事部屋・小宇宙・書斎(「北のアルプ美術館」のパンフレットから抜粋) 「北のアルプ館」で手に入れた辻まことについての新しい本。 六花の森に立ち寄った後、吾が「山ノ神」のたっての願いで立ち寄った「紫竹ガーデン」。 オーナー夫人にゆっくり庭を案内してもらって御満悦だった山ノ神。 先ずは、よかった・・・。 確かに絵になる! おわり。
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六花の森。 園内には、カタクリの撮影に余念のない女性カメラマンが一人きり。 ほとんど貸切状態でした。 手前の白い蕾を付けているのがニリンソウだったかな。奥はカタクリです。 エゾエンゴグサとカタクリ。 綺麗な小川が流れ、川に沿って黄色のエゾリュウキンカ。 坂本直行記念館の前に立ちました。 何故か知らないが、軽く会釈せずにはおれなくて、頭をたれた。 撮影禁止のマークがあったが、遠くからのスナップなので許してもらった。 こちらの壁には花の絵が。 こちら側にはヒマラヤで描いたマチャプチャレやアマダブラムが。 水芭蕉が咲いていた。 はまなし、かたくり、えぞりゅうきんか、おおばなのえんれいそう、しらねあおい、えぞりんどう を「十勝六花」としているそうな。 この花の絵を描いて暮らしを支える足しにしていたのですね。 ご存知、六花亭の包装紙。 (続く)
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留辺蕊・温根湯から247号・242号と繋いで陸別に出た。 心配していた雪は、留辺蕊峠辺りで残っているだけだったが、最低気温を記録している陸別町はさすがに寒く、「うぅ〜ん、さすがに北海道・・・」。でも足寄に近づくにつれて、広々と広がる丘は、北海道そのものを思わせてくれた。 足寄から道東高速道に乗る。 「ほら、日高だ!」と、助手席で居眠りする山ノ神をこずく。 道東道で池田町に南下し、西に大きくカーブする頃になると、今まで右に見えていた日高の山並みが、進行方向真正面に入るようになる。そちらに向かって車は走ることになるので、白い山並みに向かって突っ込むような感覚。 帯広JCTから帯広広尾道へ。 あぁ、直行さんの画文集で見慣れた日高の山並みが続いている! 一際白いあの三角錐の山は何処だろう? 中札内ICで一般道に降りる。 この帯広・十勝近辺では、立ち寄りたいところが何箇所もあった。 六花の森、中札内美術館、できるならちょっと足を延ばして豊似・下野塚へ。 でも、夕刻には新千歳空港のレンタ・カー店まで行かなければならないから、そんなに遠回りは出来ない。取り敢えず、坂本直行記念館のある「六花の森」へ向かう。 白根葵はまだ芽が出たばかり。あの薄紫の花を付けるのは6月になってから? アズマイチゲだったかな? 立ち木の下は、カタクリの群落が可憐な花を並べていた。 エゾエンゴ草かな。 坂本直行絶筆室に飾られていた絶筆画。 やっぱり日高の山並みを描いていたのだ・・・。 (続く)
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5/6日の朝、釧路空港に着いて、阿寒に向かう道すがら、釧路湿原や、コッタロ湿原を見て、阿寒の宿に入る。 翌日(5/7)、斜里の「北のアルプ美術館」に電話を入れ、「休館の曜日に当たるが、訪問できましょうか?」と尋ねる。「是非、お寄り下さい」との返事を頂き、予定通り斜里に向かう。 でも、斜里に向かう前にアイヌ集落へ寄りたいと。 斜里町にある「北のアルプ美術館」 三角屋根のかわいらしい建物、なんだと思います? そう、公衆電話ボックスなのです。洒落ていますよね。 折角の休館日に押しかけて、約1時間。 アルプにまつわるいろいろな話は山ほどもたれているだろう。 串田孫一さんの自宅の書斎がそっくり、同じ配置で、館の一部に残されていた。 そう、小さな宇宙、と例えていた、あの空間が。 尾崎喜八さん、三宅修さん、岡部牧夫さんの話に。 アルプを読み始めたと同じ頃、私は周はじめの「原野の四季」、「牧人小舎だより」、「カラスの四季」を読んでいた。 「周はじめ」さんにもコンタクトしたのですが、「作家としての周はじめはもう存在しないのです」とのこと。詳しい話も聞きたいが、時間が気になる。 1時間は、あっという間に過ぎた。 この美術館のオーナー、山崎さんと山ノ神。 山崎さんがシャッターを押してくれた。 外は雪が舞っていた。 暖かい季節に、もう一度訪れて、ゆっくりオーナーの話を聞いてみたい。 霙が吹き付ける斜里魚港。 斜里魚港。 (続く)
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