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「それじゃあまた後で。―」

 さらりと言う口許をじっと見ていると自然と表情と造形を注視してしまい不躾だと思ったが、壱真はしばしそうしてしまった。だが不躾な上不自然なので退室の礼は素早く行い、軍部の重鎮と大尉を残して場を辞した。

 重厚な扉が音をたてて閉まると、冷たい漆喰の床から脚を値踏みするようにして顎をしゃくり、同期が言った。

「何ですのん今の」
「いや別に」
「『いまの言葉が嘘です』って、言い方ですわな」

 ねっとりと高めに発音される言葉は二十歳の声音にして大時代だが、気取らず耳に馴染む。
 この同期は少子化と男女平等と戦争の迷惑を被ったとも救われたとも言える日本三大色窟の出身で、一生女郎言葉を話していたに違いない人生を今でも別段疑わず、言葉遣いも上官がいないとこの調子だった。

 かつりかつりと外に向かう道すがら、 

「まあアタシの屋敷にも…もうミサイルで吹っ飛んだそうですけど、とにかく、いましたわ。あんさんみたいなお勤めでな。けどあれはお勤めで、あんさんは無関係と違うかしら」
「さあ」
「まあ昨今じゃ、どこまでが給料なのか判別しませんからね。最近は懐かしい、太平洋戦争みたいな、魚雷でしたかのぅ? ああいうのまたできるらしいけどあんさんもそのクチかしら。生き残って二人で稼ぎませんか」
「聞こえるだろうが」

 ぼそりと囁くと、同期は口許を緩めてこともあろうに軍歌を鼻歌のように歌いながら上機嫌な表情で廊下を歩き始めた。
 傍から見ればおかしな軍国主義者か軍国主義を嘲笑する不良軍人でありこの戦時下でまともな神経とは言いがたい。
 だが壱真が注意した『聞こえるぞ』と言う言葉を聞いてくれる見張りの軍人は一人も立っておらず、監視カメラも真っ黒い画面を晒して眠りこけていた。
 
「明日も終わり、明後日も終わりぃ―」

 戦時下で流行している歌を同期は口ずさむが、それすら誰もいないので虚しいまでに高い天井に反響した。昭和初期に建築され太平洋戦争の空襲でも残った冷たい鉄筋造りの建築は軍服で歩けばまるで映像が変わらないを、壱真は同期の姿で確認した。

 ふざけた歌詞を取り締まる法は残っており人々はそれをおそれているはずなのに、嘲笑するかのような言葉は電波に爪を立てるように、細々と流れて耳に入ってくる。

「なあ佑香」
「わっちはそんな色気のない名前じゃありんせん」
「ああ悪い、白梅鞠」

 さらりと彼女の源氏名でもって本名を訂正し、壱真は死線を投げてわざと呟くような口調で、「おまえと今度会うとしたら地獄かな?」と言った。
 同期は唇を子供のように笑わせ、特に精神の異常もない様子で言う。

「その時はよろしく、朋輩」
「ああよろしく」

 地獄で待ってるさ、と、壱真は地獄で先に待っているであろう人間との昨夜の交わりを思い出した。


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