グローバル化とダイバシティ時代の異文化共生住宅

外国人など多様な人達(ダイバーシティ)&海外賃貸事情をテーマとするサイトです。

ボーダレス時代の異文化共生住宅

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異文化交流や語学交換などを求める186ケ国の若者の棲み家、外国人と日本人とのコミュニティーハウスの紹介。また、日本における外国人居住の実態の紹介など、外国人の住宅事情満載!
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大家さんたちの異文化共生
 東十条とロンドンは姉妹都市 

「ゲストハウス」について10回程度ということで始めた連載であるが、気づいてみれば今回で55回目。外国人の住宅問題に焦点をあてながら、外国と日本の賃貸借システムの違いや、生活習慣の違いから起こるトラブル、そしてほのぼのとしたエピソードについて紹介してきた。もう話も出尽くしたかと思っていたが、まだひとつだけ忘れていたことが。

「大家と言えば親も同然、店子といえば子も同然」とは古き良き時代のことなのか、今ではすっかり聞くことがなくなった。だがこんな形で、まだ江戸時代の大家と店子関係が残っていたのだ。
私が外国人にアパートの紹介事業を始めた1977年。ざっと30年前だが、当時は今ほど外国人も多くなく、外国人居住が社会問題として取り上げられるような事もなかった。だが外国人入居は今よりはるかに厳しかった。大家も不動産屋も経験した事がなく、対応方法が分からなかった。そして日本の人口の1%にも満たない在住外国人は無視された。

ある日、大きなボストンバックをぶら提げた若いイギリス人カップルが、私の事務所を訪ねてきた。彼らはロンドンで聞いた日本の英語事情から「英会話教師の仕事だったら簡単に見つかりそうだ」と、失業率が高く仕事が見つけにくいイギリスを飛び出し、東京に新天地を求めた。だが日本語がまったく話せない彼らは、何もするにも右往左往。新聞を見て今日から住めるところを探しに私のところに来たのだった。

困った時の神谷(北区神谷の大家)頼みと、これまで何人も外国人を受け入れてくれ、無理も聞いてくれるこの大家のところに連絡。運よく部屋も空いていて、そのまま入居させてもらう事にした。
一旦事務所に戻った私だったが、気になり会社帰りに立ち寄ってみると、驚いたことに部屋にはテーブルやイス、小さいが食器棚、そして食器や鍋まで…。生活できるようにと大家が用意してくれていたのだ。
その後、イギリス人店子は大家が経営する塾を手伝ったり、ロンドンから両親が遊びに来た時は大家宅に宿泊。大家もロンドンに行ってはこの両親の家に泊まらせてもらったりと、まるで親戚・家族同様の付き合いになった。

他にもエルサレムの大学教授に占星術のソフトを開発させ、一緒に商売をはじめた大家。ルームシェアを始めた家主の息子とアメリカ人店子。そして、お正月を中国人、モンゴル人留学生といっしょに祝う大家などいろいろいた。

ボーダレス化が益々加速している。もっと多くの「大家と外国人店子関係」が生まれることを期待して、連載を終了させていただく。                   

                             株式会社イチイ 荻野

インド人の賃貸借事情 
 インド人にとってキッチンはとても重要な場所

最近の外国人学生になにか変化があるのか、久しぶりに代々木にある日本語学校を訪ねてみた。いつものように学校は、アジア、欧米といろいろな国の生徒で賑わっていた。気のせいだろうか以前と比べパキスタン、バングラディシュなどからの生徒が増えたように思えた。校長に尋ねてみると、以前はアジアといえば中国や韓国そして台湾からがほとんどであったが、いまはいろいろな国からいろいろな目的で来るという。今までほとんどいなかったフィリピン人も去年から増えた。理由は看護学校に入る準備のための日本語勉強だ。インド人も日本語スキルを上げるため入学してきているという。景気が回復してきたため企業は人材確保に余念が無く、特にIT分野においては技術者が不足している。そのターゲットがインド人なのである。

その数日後のこと、大柄なインド人男性が大きなボストンバックを重そうに両手にぶら下げながら事務に入ってきた。この男性はIT技術者として日本企業と雇用契約をし、会社で用意したアパートの鍵を受け取る為に当社を訪れたのだ。重そうなカバンの中身が気なり尋ねると、なんと中身は両バックとも米であった。

インド米(インディカ米)が日本では手に入らない、もしくはインド料理店が日本にはないとでも思ったのか、彼がわざわざインドから米を日本に持ってきた理由はなんなのだろう。実は、このインド人はベジタリアンで、日本にはベジタリアン向けの店が少なく、しかも料金が高いと友達から聞き、自炊用に当座の米を持ってきたのだ。

ところで、インド人にとって台所の広さや設備の良し悪しは部屋を決める上で重要なポイントになる。国ではメイドに食事を用意させている者も、日本では自ら台所に立ち、主食のカレー料理を作る。問題は、日本のカレーと違い多くのスパイスを混ぜて作るインドカレーは、匂いが強烈で台所の換気が悪いと匂いが部屋中に充満し染み付いてしまう。掃除はメイドがやるもと決め、自分で掃除をした事のない人の台所は悲惨だ。シンクの中は汚れた皿の山、それが無くなるのは次に料理をするときだ。
さて、インド人IT技術者が多く住むアメリカ・シリコンバレーのインド人台所事情はどうだろう。日本とは少し事情が違うかもしれない。なぜか・・・。台所にはディスポーザル、皿洗い機が間違いなく付いているからだ。

これも一つの異文化共生方法かもしれない。

                         株式会社イチイ 荻野

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宝石の研磨技術を勉強するインド人


インド人の賃貸借事情 その1
 「清掃は自分でするものなの?」とインド人

2004年夏、私は不動産賃貸業者を対象とする「外国人入居安定化のためのガイドライン実践セミナー」の講師として山梨県甲府市を訪れた。会場前でセミナーが始まるのを待っていると、慌てて来たのだろうか、息を弾ませながら「あ〜、間に合った。今日のセミナーすごく期待しているのよ。いろいろ質問もあるし…」と地元の不動産業者であろう中年女性が受付の人と話しを始めた。そばで聞きいていた私は、どんな質問があるのか気になり「セミナーで質問してみたい事ってどんなことですか」と、たずねてみた。すると「最近甲府には、宝石商や水晶の研磨技術を学びに来るインド人が多くて、その人達がアパート探しに来るけど、どう対応して良いか分からないのよ。部屋は余っていて、大家さんからは早く決めてと催促されるから、入れたいのはやまやまなのだけど、どうかね〜。インド人に貸して出た後の部屋を覗いたらすごい汚れ方だった、なんて話も聞くしね」と話しだした。

山梨県にインド人が増えたという話しは初めて聞いた。調べてみると数自体は少ないものの、確かに03年の205人に対し05年は224人と1割弱増えている。日本全国でも13,340人から15,480人と1,000人以上増えた。宝石ブローカーなど、短期滞在者を含めればもっと増えているのだろう。

ところで、インド人の入居トラブルはどうなっているのだろうか。そんなに部屋は汚れているのだろうか。もしそうだとしても、それはインド人特有のことなのか、それとも入居者個別のことなのか。いろいろな人の話を纏めてみると、どうやら個々の問題というより習慣の違いで、インド人特有のことのようだ。インド人は自分で掃除をする習慣が無いらしい。ここで重要なことは“自分で”というところである。掃除をしないのではなく“自分ではしない”のである。それはお手伝いさんの仕事なのだ。日本に来ているインド人の多くは、本国ではお手伝いさんを雇用している。そのため洗濯も掃除もお手伝いさんなのだ。インド人にとってお手伝いさんは不可欠な存在といえる。でもここはお手伝いさんをそう簡単には雇用できない日本。そこが問題だ。

この辺についは次回詳しく…。

                         株式会社イチイ 荻野

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第52回  もっと知りたい外国人事情
 フィリピン人の賃貸借事情 その2
 下宿屋にメイドさんがいるのはあたりまえ?

フィリピンの大学に1997年〜99年の2年間、交換留学生して留学していた、現在ゲストハウスのサブマネージャーをしている佐藤さんが、当時の下宿屋(地方からの学生、会社員が主に利用)のようすについて話しをしてくれた。彼女が利用した下宿屋はサイドビジネスでやっている一般家庭の間貸しスタイルのものであったが、そこには田舎から呼び寄せられた遠い親戚の17歳の女の子が“お手伝い”として働いていた。女の子は年頃の変わらない子供たちの食事を作り、服にアイロンを掛け、おつかいに行くなど家事全般を1人でこなしていた。とても明るく笑顔のかわいい子だったそうだ。あるとき佐藤さんは彼女に「なぜここで働いているの」と聞いてみた。そのとき彼女は「お金を貯めて家族に牛を買ってあげるんだ」と。その言葉を佐藤さんは今でも忘れることができないという。
ここが下宿屋だからというわけではなく、マニラの中流家庭では、彼女のような地方から出てきたお手伝いさんはよく見かけるという。
失業率が高く満足な仕事がないこの国の事情がそうさせるのか、重労働でしかも精神的にもきつい「メイド」の仕事が、この国では好条件の仕事になっている。一方フィリピン人には他人の世話をする介護や看護、そしてメイドの仕事が向いているようでもある。
理由のひとつは、フィリピン人はマレー系、中国系、スペイン系にわかれ、マレー系は「同士」、中国系は「家族の絆」、スペイン系は「宗教心」を大切にする。そして全てのフィリピン人に共通するのが「陽気で素直」であるということだ。
03年末の海外で働くフィリピン労働者の数(及びその家族)は776万人で、フィリピンの人口8000万人に対して1割弱を占める。また、海外労働者からの母国への送金金額もGDPの1割近くを占め、この国は海外労働への経済依存度が世界一となっている。
フィリピン人労働者が最も多い国は米国で、次いでサウジアラビア、マレーシア、カナダ、日本とつづく。日本には30万人が働いているといわれている。
陽気で素直な、そして家族おもいのフィリピン人メイドさんが世界中いたるところで活躍をしている。日本の一般家庭で、家族と一緒に生活をしながら働くフィリピン人のメイドさん。こんな光景を目にする日も近いかもしれない。

                     株式会社イチイ 荻野

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もっと知りたい外国人事情

 フィリピン人の賃貸借事情 その1
 増えるフィリピン人はどこに住む? 

在日外国人(外国人登録者)の数は年々増加の一途をたどり、2004年末の集計では197万人と200万人の大台に近づいた。増加率の高い国としては中国とフィリピンが挙げられる。95年の在日フィリピン人の数は7.4万人で、全体(136万人)に占める割合も5.5%とさほど高くなかったが、04年ではその数を19.9万人(女性が80%)、占有割合も10%まで伸ばした(05年は入管法の改正により大きく変動)。
今後、FTA(自由貿易協定)によりフィリピン人女性のさらなる増加が予想される。少子・高齢化による日本国内の労働者不足と、彼女たちの経済事情が合致したわけだ。特に人手が不足している看護や介護といった分野に、多くのフィリピン人女性が進出してくるだろう。
さて、急激に増加するフィリピン人であるが、彼女たちの日本における住宅事情はどうなっているのであろうか。フィリピン人の住宅事情と言えば、まず浮かぶのは一つの建物に同国人同士が複数で住み、互いに助け合いながら生活する様子ではないだろうか。実際、同国は相互扶助意識が高く、他人の子供の世話などをしあうことも多い。その反面、地域の日本人とほとんど接触を持たないため、地域コミュニティに溶け込んでない。生活実態そのものを把握するのが難しいの状況だ。
ある時、在日フィリピン人向けの雑誌を発行している会社の人が当社を訪ねてきた。住宅に困っているフィリピン人向けに、情報の提供をして欲しいとのことであった。相手の求める住宅は、やはり建物全てをフィリピン人専用とするもので、さらに管理は入居者の雇い主または派遣会社がやるということであった。
フィリピン人の場合は、個人が部屋探しで不動産屋を訪ねる事はほとんどないようで、あっても配偶者の日本人と一緒の場合がほとんどだ。日本に来た目的が就労にあり、国の家族に稼いだお金を仕送りしている人が多い。そんな彼女たちにとって、日本での「住まい」は寝れれば良いだけの物なのかもしれない。そのためであろう「住まい」を手配するのは派遣会社や雇い主の会社が多い。
増え続けるフィリピン人。老後お世話になるかもしれない彼女たちの日本での「住まい」。いまから地域の一員としてお互いが共生できる「住まい方」を考えていきたいものだ。

  株式会社イチイ 荻野

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