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昨日までの続きです。初めての方は、昨日までを振り返って読んでみてください。
三日目。
当時の日記より
「4月11日 晴れ マイナス20度くらい
6時起床、外は快晴。風もない。疲れているせいか一度寝ると朝までグッスリだ。今日は天気も良いし、20kmは歩きたいところだが…
いつも通りにテントをたたんで出発。氷の状態は良い。この辺りの氷は毎年夏に溶けてはまた凍るところだろうから古い氷が少ない。
日差しが強いのでそりのすべりも良い。きょうは20kmはかたい、と思う。海岸沿いに乱氷はあるが、少し沖には殆ど無い。ペースを上げて進む。だが、やはり2時くらいになってくるとかなり疲れがたまってくる。長い時間歩けなくなるのだ。歩いては止まり、歩いては止まりを繰り返す。ペースが落ちてくる。午前中はいいペースだったが午後に失速し、午後5時テントを張る。結局18,8km。まだまだ辛抱の日々か…」
北極でも夏になると暖かくなって海の氷は溶けます。冬になるとまた凍るわけですが、夏の間にも溶け切らないで海に浮かんでいる大きな氷があります。
そのような一年以上を経過した氷を多年氷と呼び、年を経るごとに厚みを増します。つまり、一年目の冬に厚さ2メートルの氷になったとして、夏に厚さ1メートルまで溶けてもまた冬になってプラス2メートル、計3メートルになるわけです。また夏に溶けて1.5メートルになったとしても冬にまた凍って厚くなる…を何年も繰り返すというわけです。
一年目の新氷は大抵平らに凍りますが、多年氷が多い場所では大きな氷のブロックが海岸線のテトラポッドのように敷き詰められた状態になります。そんな場所を「乱氷帯(らんぴょうたい)」と呼びます。
乱氷帯はそりを引いて歩くには完全な障害になります。なるべく乱氷は避けて歩きたいのですが、北極の難しさはどこに乱氷があるかはその年ごとに全く状態が違うので、行ってみないと分からない、ということです。巨大な乱氷では、高さ5メートルくらい、二階建ての家がそのまま立っているくらいの氷が一面に広がっていることもあります。
四日目
日記より
「4月12日 快晴 マイナス27度くらい 無風
6時前に起床、8時20分に出発。天気は快晴、風は全くない。とても暖かい。そりの滑りも海氷の状態も最高。ペースがものすごく速い。これは今日は期待できる。
左手にコーンウォリス島を見ながらひたすら北上する。途中バローインレットの前を通過するときに西風が吹き付けてきた。今日は西風なのだが島影を歩いているために風を感じないのであろう。
ペースを上げてどんどん進む。夕方、途中から突然乱氷が多くなる。はじめは乱氷内を進んだが、島から離れた沖の方が海氷が平らなようなので沖に出る。
乱氷帯を出て、平らな所に出たその時、前方の乱氷のかげに動く黄色いものが……ついに来た!あれはまぎれもなくホッキョクグマである!距離にして約70m。こちらを見て鼻を高く上げ、臭いを嗅ぐようなそぶりを見せる。実際この距離で出会うとホントにビビる。
急いでライフルの用意をする。落ち着いているつもりでも手が震えているのがわかる。
「落ち着け、生きる力をくれ…」と、思わずつぶやく。
ライフルの用意をしている間に姿が見えなくなった。乱氷のかげに隠れたのだろう。とりあえず一発、クマのいた方向上空に向けて撃つ。
しばらく様子をうかがうが、姿が見えなくなったのでその場を離れてできるだけ遠ざかる。
しばらく歩いて今日はキャンプ。強い北風が吹いている。が、日記を書いている今になったら弱い南風になっている、どうなってんだ?
寝る前にもテントの周りを確認してから今日は寝よう。クマさん来ないでね」
北極を歩く上で最も脅威なのは寒さでもブリザードでもなく、ホッキョクグマの存在だ。オスは体重600kg、立ち上がったら身長は3mを超える巨大なクマだ。
ホッキョクグマは好奇心旺盛で、何物にも臆せずに向かっていく。よく、日本の山では人間が音を出していれば、ヒグマやツキノワグマは争いを好まずに逃げていく、と言われるが、ホッキョクグマは人間の姿を見ると「確認」にやって来る。
「シロクマって襲ってくるんじゃないんですか?」とはよく聞かれる質問であるが、襲ってくるクマもいるだろうし、襲ってこないクマもいる。あくまでもその時その場所そのクマ次第である。腹が減ってどうしようもないホッキョクグマがいたとして、「なんでもいいからとにかく食いたい!」とイライラしていれば何にでもアタックしてくるかもしれないし、満腹で余裕たっぷりのクマであれば、人間がいたって何の気にも留めないで目の前を素通りしていくかもしれない。あくまでもクマ次第である。
2000年の初めての旅の時には遠くにクマを見たことはあったが、このときは初めて一人で、ばっちり目が合うくらいの距離で出会った初体験であった。相当ビビってしまいました。
その後の旅でも何度も出会ううちに、今ではかなり気分的に余裕も出てきました。クマの行動を観察して「こいつはヤバい奴か?」というのをよく見れば、50m先にクマがいてもリラックスして対抗手段を準備することができるようにはなりました。
つづきはまた明日。
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