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先日のブログで亡くなった河野さんの事を書かせてもらいました。
河野さんが亡くなった時、リーチングホームのホームページの掲示板には多くのメッセージが寄せられました。
河野さんが行方不明で、生死も分からない時には河野さんの無事を願うメッセージなどが多く、新聞やテレビで騒ぎはじめて、やがて遺体で発見されると死を悼むメッセージとともに冒険に対する批判的なものも目立ち始めました。
その中で、批判的なメッセージの一つで今でもなぜか記憶に残っているものがあります。たしか、病院に勤務しているという方(医者、もしくは看護士)からだったと思います。内容は「私は病院に勤務していて毎日多くの人の生死に接しています。生きたいと強く願いながらも突然の事故や病気で死んで行く人も多いのです。なぜ自ら進んで死ぬような冒険を行うのか理解に苦しみます。完全に馬鹿げた間違った行為だと思います」
はっきりと文章を覚えているわけではないですが、内容はこのような感じであったと思います。
私は当時、全くの冒険の素人に産毛が生えた程度でしたが、なぜかこの書き込みがとても印象に残っています。
「冒険」の意義って何だろう?
この10年間、北極に通い続けながら常に考えていた命題です。
冒険マニア的な人は、ここで本多勝一の本の一節を例に挙げて「冒険」と「探検」の差異を紹介するところでしょうが、私はあれが好きではありません。というか、キライです。
本多勝一って?という人の方が多いでしょうが、気にしていただかなくても大丈夫です。どうしても気になる方は検索して調べてみてください。
なぜ挑むのか?冒険や登山など、あえて危険であると考えられる行為になぜ臨むのか?
なぜかと問われると、未だに明確な命題の答えは私には出ていません。一言では言いきることができず、いろいろと各方面から理由の説明をするうちに、自分にも相手にも私が北極へ挑もうとする気持ちがわかってくる、というカンジです。
私が北極へ行くようになったのは、大学を中退しその後の人生に対して目標が持てなかった時に、偶然テレビで見た大場さんが言っていた北磁極への旅に参加したからです。
その旅に参加しようと思ったのは、「これに参加してみたらきっと充実した瞬間が待っているはずだ。その先には何かがあるはず」という直観があったからです。
つまり、初めの動機は「変身願望」であったと思うのです。
その後、何度も北極へ通い続けるうちに北極の多くの魅力が見えてきました。イヌイットの人々と接し、彼らの文化や歴史に興味を覚え、またホッキョクグマをはじめとした野生動物を間近に見ることで興味を覚えました。
「変身願望」という動機に「好奇心」がプラスされていきました。
私の中には二つの北極があります。一つは長距離の徒歩冒険行によって自分自身をさらに成長させてくれる「変身願望」「成長願望」を満たしてくれる「北極」
もう一つはイヌイットの文化や野生動物と接することで「好奇心」を満たしてくれる「北極」です。
私は「冒険」という「行為」は何の意義も無いと思っています。私が北極点までもし行ったとしても、なんら世の中に対して影響があるわけでもないですし、行こうが行くまいが世界は同じように回るでしょう。
冒険は完全な「自己満足」の産物であると私は思っています。たとえば木工芸の職人が、ものすごい細かい細工の木彫りの小箱を作ったとして、その細工があってもなくても小箱の機能的な影響は何もないでしょう。「職人の仕事」というのも、「自己満足」の延長であると思います。
しかし、ひたむきに「自己満足」に打ち込む姿は「生き様」になっていきます。
私は「冒険という行為の意義」を問うのではなく、「冒険に挑む人の生き様」が大切なのでは?と最近思います。
職人の細かい仕事を見て感動するのは、何に対して人は感動しているのか?を考える時、できた工芸品の美しさと共に、「これを作った人って、スゴイな」という、人に対する感動ではないでしょうか?
その工芸品に、職人の生き様を見るような気がします。
「冒険の意義」とは、「冒険に挑む人の生き様で、いかに世間の人に対して影響を与えられるか」であると思うのです。「冒険という行為」には、結果的に感動するかもしれませんが、それ以上に「生き様」に人は心動かされるのではないでしょうか?
イチローがなぜ「スゴイ」と思われるのか?結果と共に、イチローのひたむきな「生き様」に感動するのではないでしょうか?
「生きたいと強く願う人がいる一方で、自ら進んで死ぬような冒険を行う事は馬鹿げた行為だ」という、批判的なメッセージがありましたが、そのような意見があるのも当然でしょう。
これまでに説明した冒険と生き様の話では説明しきれないですが、確かに危険な行為を行うという一面だけ見れば、極めて馬鹿げた行為かもしれません。しかし、行為の意義を問う事から少し目をはずしてみれば、そこにいる「人」が見えてくるでしょう。
なかなか真に言いたいことがうまく表現できませんが、私の考える「冒険の意義」を少しでも理解していただけるとうれしいです。ご意見ありましたらコメント欄へおねがいします
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