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今日は久しぶりにおススメの本を紹介します。
タイトルは「こんな夜更けにバナナかよ」です。変わったタイトルの本ですが、筋ジストロフィー患者と彼を介護するボランティアたちを描いたノンフィクションです。
この本は、筋ジストロフィーという重い病気を持ちながらも、自宅で学生や主婦のボランティアに介護を受けながら自立した生活を送るという選択をした、鹿野靖明さんを著者自身もボランティアに参加して描いた作品です。
この本の素晴らしいところは、読者が勝手に持つ「筋ジストロフィー=介護=不幸」という固定観念を完全に破壊してくれます。
筋ジス患者の鹿野は、進行性の筋ジストロフィーで幼少期から身体障害者施設で育ったが、成長した彼はある決断を下します。本文からある一節を紹介します。
「親とは一緒に暮らさない、と鹿野が決意したのは1983年、23歳のときだった。「親には親の人生を生きてほしい。僕が障害者だからといって、その犠牲になってほしくない」という強い思いがあったからだ。また、そう思わざるを得ない、別の事情もあった。
しかし、当時の障害者福祉の状況からすると、身体障害者の生きる道はほぼ二つしかなかった。一生親の世話を受けて暮らすか、あるいは、身体障害者施設で暮らすか、である。
鹿野は、そのどちらでもないイバラの道へと足を踏み出した。重度身体障害者がいどんだ「自立生活」への挑戦だった」
鹿野は筋ジスが進行して自立呼吸ができません。人工呼吸器を常に使用しており、痰が詰まると呼吸困難に陥り死んでしまいます。そのために常に傍らには誰かがいて、定期的に痰の吸引や寝返りのための体位交換を行わないといけないのです。
施設に入っていれば常にだれかが面倒を見てくれますが、鹿野にとって「施設」は、「監獄」のようなまるで自由の無い世界でした。
重度障害者でも「自由」を得るために、自分の介護をしてくれるボランティアを自分で集め、「自立生活」を始めたのです。
介護、障害、というと、重い内容のように感じるかもしれませんが、この本は鹿野とボランティアたち(学生、主婦)の交流記、というか戦いの記録のようなものです。
障害者というと、人の世話になって感謝しながら生きているなんて固定観念があるかもしれませんが、鹿野はものすごくワガママで、ボランティアたちを時に罵倒しながら、時に号泣しながら、ものすごく人間臭い人なのです。
そんな鹿野とボランティアとの交流、トラブル、戦いを描き、また現在の福祉行政の問題点、障害者はロボットのようにただ同じ毎日を繰り返すのがあたりまえだと思われている社会、そんな事を気付かせてくれます。当たり前のようで当たり前ではない「障害者の自由」についても考えさせられます。
この本に込められたメッセージは強烈に心に響きます。ぜひご一読を。
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