|
ちょっと前の話しになりますが、先週の土曜日24日に、毎日新聞社主催の「ザ・植村直己デー」というイベントがあった。
申し込みが必要で、入場券がないと入れなかったのですが、当日に知人を介して中に入れさせていただいて見てきました。
イベントの内容というのは植村さんの偉業を思い出し、そのスピリットが今にどのように影響しているのか、ということを考えるカンジでした。
植村さんとともにエベレストに日本人初登頂を果たした松浦さんや、田部井淳子さんの講演もあり、最後に現在活躍している数人の登山家によるパネルディスカッション形式で終了しました。
私にとっての興味は、「植村直己」という人物は果たしてどんな人で、どのような思いを持って北極や登山に赴いていったのか?ということ。つまり冒険へのモチベーションと、冒険をする理由が知りたいのです。
全体的な印象では、私が望んでいた答えは見つかりませんでしたが、参考になる点はいくつかありました。特に、最後のパネルディスカッションに登場してきた三浦豪太さんの言葉が印象的でした。これからの冒険が持つべき意義…というお話をしていたのですが、その部分で良い話しを聞けた気がしました。
今の若い人には、植村直己といってもピンとこない人もいるだろうし、第一私の世代だって植村さんがマッキンリーで行方不明になった時にはまだ私は6歳でした。気がついたらいなくなっている人なので、特別影響を受けている世代ではないのです。
そのせいか否か、土曜日のイベントには300人以上の人が集まっていたけども、殆どが中高年でした。若い人(30代以下)と思われる人を探してみたものの、チラホラと見受けられるだけでした。
果たしてこれから20年30年経ったとき、植村直己という存在はどのようなものになっているのでしょうか?今は多くの人(特に中高年)にとっての憧れやヒーロー的な位置にいると思いますが、先日の会場に集まっていた年代層を見ると将来が気がかりでもあるのです。
私にとっては植村さんという人は特別な影響も受けていないし、思い入れもない。ただ、これまでの北極行の中で、現地に住む人々からたびたび植村さんの名前や思い出を聞かされることがありました。植村さんが北極を訪れて30年経っていても、今でも現地の人の思い出の中に残り、語られる存在であるというのは、そのたびに間接的にその偉大さを感じてきました。
「冒険を行なう意義」を考えるには、やはり先人の足跡を知るということも重要なことであると改めて感じた一日でした。
|