北極冒険家荻田泰永のブログ 北極点を越えて

日本人初の北極点無補給単独徒歩到達を目指しています!

北極冒険 紀行文

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カナダに来た最大の理由は、レゾリュートで長年宿をやっていたテリーさんに久しぶりに会うため。

テリーさんは22歳の時に、カナダ北極圏のイヌイットの集落に保育園を作るために1人で最北の集落である人口100人余りのグリスフィヨルドに行き、実際にそこで現地の人々からの信頼も得て保育園を作って1人で運営した。しかも自己資金で。

グリスフィヨルドで、発電所の技師として赴任して来たインドからの移民のベーゼルさんと出会い結婚。2人は1970年代に小さなロッジを始めた。

そんな時、そこにやって来たのが北極圏1万2千キロの旅を始めた植村直己さんだった。

植村さんはベーゼルさんテリーさん夫妻のサポートを受け、その後の北極点到達なども成功させた。

夫妻は70年代から90年代にかけて、世界中多くの極地探検家にサポートをしてきた、極地の世界の生き字引のような人なのだ。

1995年にベーゼルさんが突然の病で他界し、テリーさんは一人で宿を切り盛りしてきたが、1999年に宿は人に譲り、2003年にはレゾリュートから故郷のブリティッシュコロンビア州に戻った。

私は2000年から2003年までの最初の4年間、テリーさんにはレゾリュートでお世話になり、一人での冒険を助けてもらってきた。いまがあるのはテリーさんのおかげと言っても過言ではない。

今でも数年おきにはレゾリュートを訪れているテリーさんは、今年の春にもレゾリュートとグリスフィヨルドに滞在していた。
テリーさんがレゾリュートの宿に泊まっていると、玄関口でうなだれて座っているドイツ人の若者がいたと言う。
どうしたのかと話しかけてみると、初めての極地冒険でレゾリュートに来たのだが、計画が全く甘く出発して間も無く村に引き返してきたという。
詳しく聞くと確かに全く甘く、もう少しこうしたらいいんじゃないか、そうすればもう一度チャレンジできるのではないかとアドバイスしたそうだ。
テリーさんは「なんだか、昔たくさんこんな場面を見たなと懐かしい思いと、今でも変わらず若者たちが目標を持ってレゾリュートにやって来ている事が、私には幸せに感じた」と笑顔で教えてくれた。

久しぶりにテリーさんに会えて、本当に来て良かった。

しばしのカナダ

月末からカナダに来てます。

エドモントンからスタートし、レゾリュートで長年ガイドをやっていたピーターの家に数日泊まりながら来年の北極の相談をしたり、いくつかアドバイスももらってきた。

ピーターとは、私の初めての北極だった2000年の北磁極行の時にガイドとして同行して以来の付き合い。それから、私が北極に行く度に会いに行って色々と北極の遠征について教えてもらってきた。私にとって一番の先生だ。

ロッキー山脈方向にレンタカーで移動をし、何ヶ所かでキャンプしながら行きたい方向に走る。

今日はこれからブリティッシュコロンビア州のTrailという町に行く。そこには、レゾリュートで長年宿をやっていたテリーさんが住んでいる。彼女は植村直己さんが北極圏1万2千キロの旅でカナダを通ったときや、北極点挑戦の時に植村さんをサポートした。1995年に旦那さんも亡くなり、2003年にはレゾリュートの宿を辞めて故郷に戻ったテリーさんに会いに行く。私にとって、北極を始めた最初の4年間に大変お世話になった、北極のお母さんみたいな人だ。Trailに来るのは3度目。

これまでたくさんの人にお世話になって北極を歩いてきた。植村直己さんと親交の深かったテリーさんに、植村直己冒険賞を頂いた事を報告できるのは何より嬉しい。

1975年頃にテリーさんと夫のベーゼルさんが宿を始め、最初にお世話をした冒険家が植村直己さんだった。1995年にベーゼルさんが急死し、1999年には宿も人に譲り、2003年にレゾリュートから故郷のTrailに戻る最後の春、私はテリーさんの自宅に泊めてもらいながらレゾリュートでお世話になった。

テリーさんと話していると、昔の凄い話がたくさん出てくる。あの「南極物語」はかなりの部分を北極のレゾリュートで撮影しており、テリーさんの宿に撮影クルーが長期滞在していた。高倉健さんの事などもテリーさんは「スターなのに謙虚で素敵な人だった」と昔教えてくれた。

と、レゾリュートやテリーさんについて書き出すときりがないのでこの辺で。
来年の北極もありながら、あと一ヶ月ちょっとで今年の100マイルアドベンチャーが始まる。

毎年夏休み、小学6年生たちとの100マイル歩き旅。
詳しくはこちら→https://www.100miles.site

今年は2回開催で、新潟〜磐梯山登頂〜猪苗代湖、猪苗代湖〜日光を歩く。8月はほぼ子供たちとの旅で終わる。

100マイルに向けては、スタッフの確保、スタッフの飛行機などの手配、宿の手配、キャンプ用品のチェックと不足分の補充、参加者への案内、宿泊キャンプ場などへの連絡、協賛企業との打ち合わせ、取材メディアとの連絡、予算繰り、ユニフォームTシャツの制作、などなどなどなど…を進めながら、北極計画を同時進行で進めている。

その合間に、依頼された講演を行ったりメディア対応したり、誰かと何かの相談をしたり(何のだ!?)考え事したり、東京と北海道を行ったり来たりしている。

忙しいといえば忙しい。そうでもないと言えばそうでもない。誰かに頼まれてやっているわけでもなく、どこかに勤めていてやる義務を負っているわけでもない。自分でやりたいと思って始めたことで、それをいつやるか、いつまでにやるか、どこでやるか、何をやるか、全て自由。毎日仕事で毎日休み。自分で動けば動いただけ物事が進むが、自分が止まれば何も動かない。

でも、毎日毎日、着実に何かを生み出すための一歩を歩んでいる実感がある。

第22回植村直己冒険賞

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おかげさまで第22回植村直己冒険賞を授賞させていただきました。

植村直己さんを頼って北極冒険を始めた大場満郎さん。その大場さんにきっかけを作っていただいて北極冒険を始めた私が、植村直己さんの名前を冠した賞をいただくことができて光栄なことです。

これまで私の極地冒険に関わっていただいたすべての皆様。ご支援ご協力応援いただいた皆様、本当にありがとうございました。

今年の100マイルの募集は定員に達したため終了しました。

100マイルの参加募集は「募集開始日不告知での先着順」です。昨夜20時にいきなり募集開始し、今朝には14名の応募があったために募集終了しました。

驚きの結果。

第1ルートが男の子1名女の子6名!、第2ルートが男の子3名女の子4名。

女性社会の到来です。今年はどんな旅になるのか楽しみです。

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