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撮影:オリンパスμTOUGH-8010 車のODOメーターが66666km、tripメーターが6.6km ちょっと意識して写真撮ってみた 北海道はまだ雪積もってません
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北海道生活
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我が家の薪ストーブ 撮影:オリンパスμTOUGH-8010 パンを焼く 撮影:オリンパスμTOUGH-8010 今日は日中特別用事もなく、朝から薪ストーブに火を入れてパンなんか焼いてみる。 今日の産経新聞に記事を載せていただきました。私自身はまだ見てないんですが、けっこう大きく書いてもらったようです。後日、ホームページにアップします。 新聞を見てブログをのぞいていただいている方もいると思います。北極点に向けてスポンサー集めや協力者集めにほうぼう走っていますが、まだまだ厳しい状況が続いています。 しかし、絶対に実現させるために動いています。 夕方からは士別市の知人宅に招かれてジンギスカンを食べてきました。本場のジンギスカンは美味いよ! 石狩川にかかる旭橋 撮影:オリンパスμTOUGH-8010 |
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一晩明けてみたら外は一面の雪景色です。 まだうっすらと積もっているだけですが、しだいに根雪になっていくのでしょう。冬の訪れです。 撮影 オリンパスμTOUGH-8010 撮影 オリンパスμTOUGH-8010 本日16日(火)20:00〜21:30 NHK BSハイビジョン プレミアム8「世界史発掘!時空タイムス編集部」に出演します。 1909年4月、アメリカ人探検家ロバート・ピアリーはついに北極点に人類初到達したと世界に発表した。現在の歴史の教科書にも「ピアリーが1909年に北極点初到達した」と記載されており、歴史的にはピアリーが北極点初到達という認定がされている。 しかし、ピアリーが北極からアメリカに帰り、世界に北極点到達を発表するわずか2日前、同じアメリカ人探検家フレデリック・クックが「私は1908年4月に北極点初到達を果たしていた」と発表。一度はクックが北極点初到達者として世間に認知されていた。 世間は探検家クックの偉業を称賛。ピアリーは二番手という認定であった。国家の威信を背負ってルーズベルト大統領や、経済界、新聞社の大物が後援についているピアリーに対してクックは個人探検家。探検の規模や資金面では比較にならないものだった。 やがてピアリーのクックに対する猛攻撃が始まる。新聞でクックに対する疑惑をあらゆる角度から展開し、かつてアラスカのマッキンリー山にクックが初登頂したという事実を当時のガイドより「あれは頂上まで行っていない。写真もねつ造だった」という証言を引き出す。 マッキンリーでの疑惑が決定的となり、クックは法廷での偽証罪で収監。一躍ピアリーが初到達者として世間的認知を受けることとなる。しかし、クックの疑惑を証言したガイドには、ピアリー側から5000ドル(現在の価値で1000万円)の小切手が支払われていた… こうして世間的信用を失ったクックは世間から去り、ピアリーは名誉を取り戻した。しかし、そもそもクック、ピアリー両者は本当に北極点に行っていたのだろうか?当時は探検家の言葉は疑わず、「確かに自分はそこへ行った」と言えば、それを信じるのが不文律であった。 しかも、常に氷が流れ動く北極点には証拠の品も残せず、決め手となる目印もない。人工衛星の発達した現代と違い、当時は北極点到達を証明する手段は何もないのだ。クック、ピアリーそれぞれの行程日誌を第三者が検証し、矛盾がないかをチェックすることしかできない。 ただ、ピアリーの日誌には多くの点で矛盾がある。疑問を挟む余地が多数あるのだ。一方のクックの日誌は、ピアリーの差し金によって多くが失われてしまい、検証できない。多くの点で両者に疑問が残るのである。 果たして北極点に初到達したのはだれか?クック、ピアリー両者は北極点に到達していたのか?番組では海外で制作されたドキュメンタリーを基に、当時の写真からの分析や、行程の推理によって真実を追求していきます
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北海道(を含め雪国)の人にはお馴染の生活必需品。ママさんダンプ。 |
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いよいよ北海道には本格的に冬がやってこようとしています。 |





