FC. MARIOLO2006

監督(小楠 博)HAKU OGUSSOの独り言。

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鎮西学院で寮生活を、始めることになった主人。


倒れてから、3ヶ月余り。

まだ、左手、左足を使えない生活に慣れてないまま、親元を離れる事に。

寮では、食事以外の全てを自分でやらなければいけません。

制服を着ることも、物凄く初めは大変だったそうです。

主人は、今現在ほとんど手助けをしないでも服は着れますが、私自身、片手だけでボタンを留めたり、ズボンをはいたりしてみたら、ものすごーく大変でした。


きっと、一番悩んだのが、部活だと思います。

中学の頃、県選抜などで一緒にプレーした子なんかもいたそうで、サッカーが出来ない自分に腹が立ち、トイレで何度も泣いたと聞きました。

入学して数ヶ月は、学校が終わり次第、歩いて40分程の病院にリハビリに行っていたそうです。

だけど、ある日。

「オレはこれでいいのか??皆の為に何かできる事はないだろうか??」

と、悩み抜いて男子マネージャー的存在へと、変わっていきました。
自分で、栄養学を学んだり、応急処置なんかの本も読んだと言っていました。


この頃、少し自分はサッカーはもう、現役でプレーする事ができないと、悟っていたのではないでしょうか??


主人は言います。

この、鎮西学院で学んだ3年間がないと今の、自分は居ないと。

つい最近も、恩師(田中先生)が、主人のスクールを視察に来ました。
恩師も、主人の事をいつも気がけてくれています。






主人の人生は、病気をした事で180度変わりました。

今の、スクールを立ち上げられたのも、病気をしたからだと思います。



いつも、口癖のように言っていますが、サッカーの神様がいたとしか、考えられません。

もうすぐ、健常者だった年数と、障害者になってからの年数が同じになります。

病気をして、得たものは多いとも言います。


テレビの、翔君もリハビリして今の生活を楽しんでいるように見えました。


私は、これからの1日1日を大切に生きていかなければならないなと、切に思いました。


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