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http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/koo.cfm?i=20080311d8000d8&p=1
第7回「大恐慌もバランスシート不況だった」(2008/03/12)
この20−30年間、こういう研究が経済学界で行われていたため、現在では、すべての不況について「民間企業の資金需要はあるにもかかわらず資金供給に問題があった」という視点で研究が行われている。
ところが今回の日本の経験は、私たちに「もし日本と同じように借りる人がいなくなって米国の大恐慌が起こったのなら、ニューヨーク連銀がいくら資金供給しても(下のグラフの31年から33年まで)、景気が良くなる理由はなかった。日本でも日銀が量的緩和で30兆円も流動性を供給したのに、土地も株も下がりつづけ、経済は悪化していった。同じことが大恐慌の時も起きていたのではないか」と考えるきっかけを与えてくれた。
<大恐慌時でも「貸し渋りあった」はわずか14%>
大恐慌時の米国の預金の動きをまとめたのが下記のグラフである。1930年から33年まで折れ線グラフがゼロを割り込んでいることからもわかるように、預金が大きく減少していた。累積するとマネーサプライは3割以上なくなった計算だ。ところが調べてみると、このうち銀行倒産でなくなった分は消失した預金全体の1割以下しかない。
この間、取り付け騒ぎがあったが、取り付け騒ぎで銀行から流出した金額も消失した分の1割以下。合計しても預金消滅の15%しか説明できない。ということは、残りの85%はそれ以外の理由で消えたことになる。これまでは「銀行がつぶれて預金が消えたから、預金が減ったんだろう」と考えていたのが、実際には、銀行がつぶれたことや取り付け騒ぎが起きたことで説明できるのは消滅した預金全体の15%しかないのである。
同じことを銀行の貸し出しで見てみよう。当時の米国も今の日本と同じように「銀行の貸し渋りだ」「銀行はどんでもない」という論調がものすごかった。ところが32年(大恐慌のまっただなか)に米議会の要請を受けて、National Industrial Conference Boardという機関が企業に対して、「銀行の貸し渋りでどの位被害受けていますか」という調査を実施した。
その結果、「銀行の貸し渋りで酷い目にあっている」と答えた企業は全体の14%に過ぎず、残りの86%は「そうでない」と答えたのだ。これは当時のマスコミの“銀行たたき”とあまりに違うので、レポート制作者が驚いたという話が残っている。しかも、この14%のほとんどは中小企業だった。
米国の銀行の貸し出しが44%も減ってしまった(白い棒グラフで示した部分)のに、「貸し渋りにあった」という企業は14%というのは、いかにも計算が合わない。44%も減ったのなら、もっと多くの企業が「貸し渋りにあった」と答えているはずだからだ。ところが、残りの86%は「そうではない」と答えているわけだから、どうして銀行の貸し出しがあれほど減ったのか、という疑問が出てくる。
<「預金減・貸し出し減」が同時に起きたメカニズムとは>
米国のこの預金と貸し出し減の理由は「企業が自発的に借金を返済していたから」以外に説明のしようがない。これまでカネを借りすぎていた、株も下がった、これから不況になる・…と慌てた企業が借金を返済する。返済するには預金を取り崩すわけだから、預金と銀行の貸し出しが同時に減っていく。調査では86%の企業が銀行貸し渋りの問題は起きていないと答えているが、借金返済の方が、銀行の貸し渋りより規模が大きければ、そういった問題は起きないわけだ。こう考えると、大恐慌もバランスシート不況だったといえるのではないだろうか。
だから、フリードマンが主張するように、当時のニューヨーク連銀が潤沢に資金供給をしても、景気が回復するはずなどなかったのである。そもそも銀行不安というのはそれ単独で起きるものではない。景気が悪くなったから銀行不安が起こるわけで、どうして景気不安になったかというと、それは企業が一斉に借金返済に回ったからだ。
<ルーズベルト政権でなぜマネーサプライは伸びたか>
となると、企業の債務超過が解消され、借金返済が終わるまでは、あるいは政府がその借金返済をオフセットするような行動を取るまでは、景気はどんどん悪化していくことになる。これでは連銀がいくら資金を供給しても、企業は借りるわけがない。なぜなら、86%の企業は資金不足で困っているのではなくて、早く借金を返済しないといつ、どこで「債務超過」のレッテルを貼られてしまうかわからないという恐怖の下で借金を返済していたからだ。
実際、当時の米国でも、金利がほとんどゼロまで下がってしまう。借りる人がいないから、いくら金利を下げても借り手がいないという状況は日本とそっくりだ。
その後のルーズベルト政権下でマネーサプライが伸びるが、それは最近の経済学界が言うように「流動性を供給したからマネーサプライが伸びた」のではなく、「政府がお金を借りたから、マネーサプライが伸びた」ということは、以前に見たグラフを見ても明らかである。この間、民間は全然おカネを借りておらずこれもちょうど、今の日本と同じである。
今まで述べてきたことで、これまで30年間の経済学で言われていたことを、日本の経験を元にくつがえすことができたのかな、と自負しているが、それと同時に、やはりルーズベルトの時でも金融政策は機能しなかったことが証明されたと思う。ちょうど今の日本と同じように、当時の大恐慌も資金供給の問題ではなく、資金需要の問題がその原因だったからだ。
<「バブルが崩壊」ならどの国でも起きる危険>
どうして大恐慌までさかのぼることになったのか。実は私がこの「借り手不在の仮説」にたどり着いたのは何年も前のことだ。FRBのセミナーへ行って大恐慌の話を抜きにして日本の話をすると、「そんなことはありうるか」とみんなものすごく変な顔をする。
まず、ゼロ金利で借金を返すことを彼らは理解できない。どこのビジネス書でも経済学の本でも書いていない話をするわけだから、へんな顔をするだけでなく「なんか日本って変な国だな」と日本特殊論で片付けられてしまう。「これは米国でもドイツでも、バブルが崩壊して企業のバランスシートが壊れたときにどこでも起きるんだ」と力説しても、米国人・英国人は「そんなこと、まさか」という反応なのだ。それで議論していくと、だんだん声が大きくなって、最後にはつかみ合いの喧嘩寸前のようなムードになってしまう。
そこで、彼らを納得させるには、大恐慌まで話を戻さないといけないんだな、ということに気付いた。大恐慌もバランスシート不況だったということが証明できれば、「日本特殊論」で片付けられることはないと考えたのだ。そこで、この2年ほどは大恐慌を分析・研究した。2005年10月のFRBでの講演でこの話を説明すると、ようやく「やっぱり、おまえの言うことが正しいようだ」ということになった。その流れを受けたせいか、2006年にFRBに行った時も非常に雰囲気は良かった。
これでようやく、今回の日本のバランスシート不況が示したように、「お金を借りる人がいなくなる」ということがどの国でも起こりうるということが証明されたのである。このことは経済学にとっても、非常に大きな発見であり進歩ではなかったか、という気がしている。
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