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【6月6日 天声人語から】
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次に地球から金星が太陽の前を横切る天体の奇跡を見ることが出来るのは100年先という。
誰もが宇宙に魅せられ、宇宙の謎に迫りたくなる訳だ。
2012年、100年前より随分人間は進歩した。
今や誰もが日食グラスを手に入れ、この奇跡に立ち会うことが出来る。
だが、手軽に立ち会えるようになればなった分だけ、
天体の奇跡までも軽んじられてしまわないかという一抹の不安がある。
われわれの生活はテクノロジーの発達によって、より便利に、
欲しい情報を手早く入手できるようになった。
だが、外山滋比古の著書「思考の整理学」の言葉を借りれば、
<人間は忘却の生き物>であるから、天体観測に限らずの話ではあるが、
欲望の閾値が低下する恐れがあるのだ。
又それは、慣れてしまうものだから恐ろしい。
忘却というのは更に厄介である。地球は長い時間をかけて温暖な気候を太陽との絶妙な
均衡を保って生み出した。
あらゆる生命はこの奇跡の元に生まれたが、
現代人にはその血――感性で自然の奇跡・偉大さを感得する能力を失いかけている。
そこで、血とは違う、科学的な見地から人類の歴史を探ろうとしたのが
アインシュタインを代表とする科学者たちだ。
彼らは世界の最先端を求めて研究に没頭しただろう。
だが重ねて言うようだが、人間は忘却の生き物である。
高慢な態度も生まれよう。事実、この大切な地球で人間は争ってきた。
豊かな生活を営む為、多くの自然を破壊してきた。人類の起源を忘れる事さえなければ、
人類の歴史はもっと深められたはずである。
そして、天体の奇跡に立ち返れば、日食グラスで見る以上に鮮やかなノスタルジーを感じられたのではないか。
だが、これは以上のような現代社会を経験した上での裏づけであるため、
決して無駄ではないと言える。その上でわれわれ人類は、新しい地球との共存方法を模索せねばならない。
これはすなわち、人間が生き延びるための術であると天体の軌跡を見ながら思う。
【補足】
レトリック強すぎワロタ。
でもがんばったけどw
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