Life with English - 英日日記 -

お休みしてましたが、また始めました(いつまで続くか!??)

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歴史ミステリ〜??

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I visited Kunouzan Toshogu last Sunday.
The VOIS’s Interpreters’ Training Course includes an on-site guiding practice and this term we chose Kunozan Toshogu.
 
Did you know Kunozan Toshogu has been designated as National Treasure recently?
It’s the only building National Treasure in Shizuoka Prefecture.
 
Not only was the master priest there kind enough to show us around as long as three hours, but he kindly gave special consideration to our admission fees. For a poor NPO, this is really unusual and we felt grateful.  We have often treated coldly by red-tape type authorities, so his kindness was really impressive.
 
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The most interesting point for me was his answer to my question at the tomb of Ieyasu.
As you know, most people believe the remains of Ieyasu were moved to Nikko Toshogu.
So I asked him, “I guess a lot of non-Japanese ask you what is inside the tomb.  How do you answer that?”
He said, “I say, ‘the remains of Ieyasu’”.  I was a bit surprised.
He went on saying “The remains of Ieyasu must be here.  There are some reasons why I say so.  First, the descendants of Tokugawa family visit Nikko Toshogu and Kunozan Toshogu.  At Nikko, they offer prayers at the main building but they do not go up to the tomb.  Here at Kunozan, they offer prayers both at the main building and at the tomb.
Second, the tomb stone yard at Kunozan was built over 20 years after Ieyasu died, after Nikko Toshogu had already been built.  In addition, the construction was done directly by the government.  Usually this kind of construction was ordered to provincial lords those days.  So if the remains had already been moved, the government wouldn’t have had to build this grand grave.  Third, Tenkai, a great Buddhist monk, left a waka, Japanese verse, regarding the transfer of the remains saying “Areba aru, Nakereba nashito, Suruganaru, Kunonakikamino Miyautsushikana”, which I dare translate as follows; “If you think it is there, it is there. If you don’t, it isn’t.  Removing only the spirit of the God in Suruga”.
「あればある なければなしとするがなる くのなき神の宮移しかな」
He said, “Ku ” as in “くのなき神の”, can mean “” meaning the body, so the latter half of the verse says “The God was moved but not the body”.
 
Well, if you are from Tochigi, you have a lot to say for this.
Let’s just believe what we want to believe.  (Running away from a controversial matter....  away .... away  )
 
先週の日曜日、久能山東照宮へ行ってきました。
NPO法人VOISの通訳トレーニング勉強会で、実地ガイド演習が入っていて、今期は久能山東照宮でやると決めたからです
 
最近、国宝に指定されたんですよ〜。ご存じでしたか?
静岡県で唯一の建物の国宝です。
 
宮司さんは私たちを3時間も案内してくださっただけでなく、入場料にもご配慮くださいました。貧乏NPOとしては有難いことです。いつもお役所みたいなところの壁に泣かされているので、ご親切が心にしみます。じ〜〜〜ん。
 
一番興味深かったのは、家康の神廟でのわたしの質問に対する宮司さんのお答えです。
 
ご存じのように、一般的には家康のご遺体は日光東照宮に移されたと信じられていますよね。それで「外国人はこのお墓の中に何が入っているか、聞きたがると思いますが、なんとお答えになりますか?」と伺いました。
宮司さんは、「家康のご遺体です」とお答えになりました。ちょっとびっくりしました。
 
続けてこう説明してくださいました。
「ご遺体はここにあるはずなんです。いくつか理由があります。最初に、徳川家の子孫がお参りなさる時、日光では拝殿でだけお参りをし、お墓には行きません。久能山では拝殿とお墓と両方でお参りをなさいます。
 
第二に、このお墓は家康が亡くなってから20年以上たって、すでに日光東照宮ができた後で、幕府がじきじきに建てています。普通は、大名に建てさせるものですが、幕府が建てているんです。もし、ここにご遺体が無いなら、そういう必要はなかったはずです。
 
第三に、天海僧正がご遺体の移動に関して和歌を残しています。
‘あればある なければなしとするがなる くのなき神の宮移しかな’
この中の「くのなき」の「く」は「躯‐身体」と読むことができ、「くのなき」つまり「体はないが宮を移した」と理解することができます。」
わたしは、とても説得力のある説だと思いました。
 
栃木の方だと、いろいろ反論があるかも知れませんね。
まあ、信じたい方を信じましょう!(逃げた・・・すたこらさっさ〜)
 

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な、なにぬねのの、に、逃がすものか! うんー、ミステリーですね。

ただ、家康公のご遺体を日光まで運んだ、という記録はやまほどあるのですよね。例えば、多摩川渡しの溝の口あたりの、道中の下々の町役人の記録とか・・・。しかし、その段階で「ご遺体」の意味が遺体ではなくなっていた可能性はなくもない・・。私も少し考えて見ますね。

ヽ(^o^)丿ヽ(^o^)丿ヽ(^o^)丿

2011/5/25(水) 午後 4:13 [ KABU ]

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聖なる遺物にまつわるミステリーは尽きないから興味がわきますねー

あちこちにあってもよろしいかと思います
ジンギスカンとか楊貴妃とか義経とか沢山伝説がるね

2011/5/25(水) 午後 6:06 エクル

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KABUさん、ぐおっっ、捕まった〜〜(>_<)

ネットで調べてみても、大体日光に移したという説ばかりです。
いっそ、お墓のなかを見せていただきたいです〜。

2011/5/25(水) 午後 9:47 [ ohio ]

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エクルさん、ほんとに、日本版ダビンチコードみたいです!
どっかのTV局で特番やってくれないでしょうか〜。

2011/5/25(水) 午後 9:47 [ ohio ]

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こんばんはオヤジです。
面白い話ありがとうございます。同じ東照宮なので何が違うのだろうか?何となく理解できました(^_^.)

2011/5/25(水) 午後 11:33 [ kiyo_ohashi ]

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久しく行ってないですね〜。真偽はわかりませんがいろいろと想像するのもまた楽しいです(^^)

2011/5/26(木) 午後 9:28 kou

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kiyoさん、以前、久能にお子さんと遊びにいらしたのではなかったですか?
わたしは東照宮は、日光、久能、鳳来山と三つだと思ってたんですけど、ネットで調べるともっとあるようですよ。

2011/5/26(木) 午後 11:51 [ ohio ]

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kouさん、わたしも20数年ぶりに行きました!
もう1159段の階段を上りきる自信がなく、ロープウェイで行きました。(>_<) こういうお話は面白いですね。ダビンチコードとか、皇女和宮とか、ミステリーじみたお話が好きです。

2011/5/26(木) 午後 11:53 [ ohio ]

東照宮の勉強会ツアー、無事に終了ですね。お疲れ様です。

それにしても、そんなミステリーがあったとは・・・私も日光にある説を信じていたので(何しろあちらは大きいし)。
でも、久能山の宮司さんの話もなんだか説得力たっぷりです。

それと”red-tape”、こんな意味があったんですね。メモメモ。
ホント、ohioさんの記事は勉強になりま〜す。

2011/6/8(水) 午後 11:37 [ kajikawatmr ]

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昨年家族でいったばかりだし、本当に興味深く読ませていただきました。宮司さんのお話面白いですね。もしほかにも面白いトリビアがあったら教えてくださいね♪そのとき三保の松原にも行き、海岸の道路沿いにマッケンジー邸もみつけ懐かしく感じました。

2011/6/17(金) 午前 7:03 ann**in_*ei

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kajikawatmrさん、お返事が超遅くなってすみません。m(__)m
わたしは白黒はっきりつけるタイプなので、それじゃ〜お墓の中をみてみればいいじゃ〜ん。と思ってしまうのですが、ミステリーのままにしておくのもおもしろいですね。

2011/6/19(日) 午後 8:45 [ ohio ]

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ANNEさん、お久しぶりです。
わたしは20年ぶりくらいに久能山東照宮に行きました。近くだけど、階段は長いし、ケーブルカーは高いし、なかなか行く機会がありませんでした。やっぱり、案内してくれる人がいると面白さが100倍くらいになりますね。

2011/6/19(日) 午後 8:47 [ ohio ]

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むふふ(^−^)私の実家は日光東照宮から徒歩10分のところです。
東照大権現の遺体が、実は日光ではない、というほうが、ミステリーらしいし、お話もまた一理ありそうですねえ。安全のために日光には移すと言って移さなかったというのもありかも。

2011/10/13(木) 午後 8:03 Lotus

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lotusさん、え〜、ご実家がそんなに日光東照宮に近いのですか。
パワースポットじゃ〜ないですか。
焼津市のある旧家では、「家康が焼津に狩りに来たとき、銃で暗殺された」という文書が詳しい情景が書かれて残っているんですよ。も〜なにがなんだか・・・
久能山東照宮の説はダビンチコードみたいで、interestingです。

2011/10/17(月) 午後 10:54 [ ohio ]


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