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メジロマックイーンが死んだ。21戦12勝、菊花賞、天皇賞(春)2連覇阪神大賞典、京都大賞典各2勝。
まさに名馬である。関西のレースに強かった。
もっともこの芦毛馬が活躍した頃、僕はもう競馬に興味が無かった。
でも名前だけは覚えていた。
僕が大好きだったメジロアサマの孫だったから。
競馬とは短い期間に血筋とか伝統とか歴史とかいったスケールの大きなことが極めて短い時間に見る事ができる。
マックーンの父はメジロティターンといって21戦7勝の天皇賞馬である。
そしてその父メジロアサマは48戦17勝、体は小さくひ弱なイメージが強かったが、美しい芦毛の馬だった。この馬も天皇賞(秋)を勝利しており、この家系は3代にわたって天皇賞を獲得したことになる。
アサマの父アイルランドの種牡馬パーソロンは、中堅どころの重賞馬を数多く出してきた子供に「ハズレ」の無い血統だったが、いわゆるクラシックには無縁と言われていた。
そのパーソロンが初めて出したクラシック馬がメジロアサマである。
そして、その後、カネヒムロ・タケフブキ・ナスノチグサ・トウコウエルザ(オークス)ナスノカオリ・ダイアナソロン(桜花賞)と多くの名牝馬を輩出した。
アサマ以降牡馬は影が薄かったが、それもサクラショウリ(ダービー)を生み、最後には、なんと言ってもあのシンボリルドルフ(5冠+JC)を出して栄光のきわみに立った…。
パーソロンの血統の話をするつもりはなかった。
ただ、アサマーティターンーマックイーンというメジロ3代の天皇賞馬の現役の姿をテレビで見た僕にとって、マックイーンの死去は胸にジーンと来るものがあった。
それと、もう一つの思い出があった。
数年前、北海道に旅行した時、体の弱ってきた義父に大好きだった競馬馬に会わせようと、
社台牧場に寄った事があった。
そのときクロフネ、アグネスタキオン、ナリタトップロード、トウカイテイオー、フジキセキとともに外に出ていたのが、メジロマックイーンだった。牧場に微動だにせずに立っていた白い体は夕日の中で美しく光っていた。
ずいぶん足の弱っていた義父は、黙って自分の財布を淋しくさせた馬達の写真を撮っていたっけ。
僕も何か親孝行ができた気分だった。
その義父は翌年の春を待たず癌で亡くなった。
競馬についてはまた語ることもあろうが、それはそれとして、
マックイーンの冥福を祈りたい。
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画像については、自分の撮ったものがみつからなかったので、同じ場所の写真を転載しました。すいません。
2006/4/4(火) 午前 1:23 [ ohi*ak*77 ]
まさか産まれた日が命日とは・・・・ご冥福をお祈りします。
2006/4/4(火) 午前 7:28 [ - ]