|
ついにこの日がやってきた。
平成13年の3月から乗り続けてきた、アルトに別れを告げる日が。
走行期間8年10カ月、走行距離約205000㎞、地球5周と少し。
僕の第2の脚のごとく、本当によく働いてくれた。
この車、サイズ的にも、エンジンの性能的にも僕にピッタリだった。
毎日の通勤はもちろん、遠方への1人でのお出かけや、スキーにもこの車で行った。
カートの練習やゴルフの練習にもこの車を使った。
おかげで僕のセカンドカーであるGT-Rは、ほとんど走行する機会がなかった。
買い替えることを決意したのにはいくつかの理由がある。
ひとつは、リアのブレーキに不具合が多くなったこと。
2日ほど動かさないと、サイドブレーキをリリースしてもブレーキが解除されず、リアブレーキを引きずったまま走行することが起こるようになった。
しばらく走行すると、リアタイヤが動くようになるのだが、これをきっかけにそろそろ時期なのかなと思い始めた。
もうひとつは、自分自身に転機的なものを感じたため。
この車に乗り始めた頃とは僕も大きく変わり、そろそろ次のステップに行ってもいいんじゃあないかと感じ始めたため。
日常の最も使うものを変えてみたくなった。
この車のCDでは多くを学んだ。
CD教材を多く聞いたということだ。
ナポレオンヒルは1年、石井裕之さんのダイナマイトモチベーションは3年聞いた。
そこから多くを得て、僕の考え方、行動は大きく変わった。
その変化のすべてが、このアルトから生まれたと言っても過言ではない。
また、この車のステアリングでは、握力を鍛え続けた。
1日最低500回はアルトのステアリングを、握力計のごとく強く握った。
ステアリングが破れるんじゃあないかというくらい握った。
首のトレーニングも、アルトの運転席でするのが日課だった。
とにかくアルトの空間は、トレーニングルームであり、さらに書斎以上の存在だった。
本当にこの車と別れるのは辛い。
廃車になってスクラップされてしまうことを想像するとなお辛い。
しかし、モノとの別れは必ずある。
僕にできるのは、そのモノとの出会いに感謝し、思い出を自分の人生に活かしていくことだと思う。
アルトとしての使命は終えた。
次に多くの部分がリサイクルされて、新しいモノに生まれ変わり、また次の使命を果たされることを願う。
本当にありがとう。
さらば、アルトよ!
|
無題
[ リスト | 詳細 ]
|
前回の書き込みの後も、なかなか体調は回復せず苦しんだ。
迷いが迷いを生み、続けている習慣やトレーニングを疑い始めた。
なんせ、7月末から2カ月以上も体調不良が続いていたのだ。
身体の根源をなすDNAがウイルスによって異変を生じたのではないかとも疑った。
しかし、愚直に信じた道を進むしかない。
食べない時間を十分にとり、内臓をしっかり休ませてやること。
肉体的なトレーニングを続けて、休養もしっかりとること。
前回の書き込みの後、不安なので久々に病院に行った。
案の定、肺炎は再発していない。
風邪の症状が続いているだけだと。
もらった抗生物質、抗炎症剤は数日服用。
どうも僕は副鼻腔炎がひどい。
レントゲンを撮ってみても、常に左の鼻は曇っている。
東洋医学的には、鼻は肺、肺は腸と関係している。
つまり、まだ僕の腸は汚れている。
短期の断食以外に、宿便を排出するお茶も再開しようか。
肉体的にはまだまだ弱い。
前回のカートの練習走行では、まだまだ腕の力が不足していた。
約0.7㎞のコースを80周程でヘトヘトになってしまう。
日常のトレーニング種目も大幅に変更し、100周は平気で走れる肉体を目指す。
新しいトレーニングは今日現在で31日続いた。
この間、ゴルフも再開し、500球ぐらいの打ち込みでは、ほぼ問題ないことを確認した。
先日の石鎚登山では筋肉痛もなく、肉体が良い方向に進んでいることを実感した。
この10日程は、体調はすこぶる良い。
肉体の体調も良ければ、精神状態も良く、仕事やなすべきことはサクサクこなせる。
いかにこの状態をキープさせるか。
それが出来れば、僕は次のステージに乗っかったと確信できる。
今週は久々にカート走行予定。
さて100周を楽々こなせる身体に改造されているか?
まあ、無理なら次のトレーニングを考えればよい。
この歳にして、自分の進化がますます楽しみになってきた。
|
|
前回の記事を書いた後、再び熱が出始めた。
結局、富士登山の3日前に病院に行くと、風邪をこじらせて肺炎になっていると診断される。
確かにレントゲンで右の肺が曇っている。
熱が下がらないわけだ・・・
先生は念のために大きい病院に行ったほうが良いという。
とんでもない!3日後には富士山に行かなくてはならないのに・・・
頼み込んで、薬で何とかしてもらうことになったが、菌が特定できていないので、効かなかったら入院になるかもしれないと脅される。
先生の処方に賭けるしかない。
その日からまじめに薬を飲み始める。
抗生剤に頼りたくはないが、2種類の抗生剤を信じて飲む。
一日何度熱を計ったことか。
6度台になっては喜び、7度台に戻って悲しむ。
しかし、薬を飲み始めて2日目の夜、ついに6度台で安定を始めた。
やった!富士山に行ける!
富士登山前日、再び病院へ。
先生「薬は効いているようだが、油断はできない。まだ抗生剤は続けないと。そして安静に。」
先生、薬は飲みますが、申し訳ないが安静にはできません。
なぜなら、明日から富士山に登るからです。
久しぶりに、続きものを書いてみよう。
続きは次回へ
|
|
この間、いろいろやりすぎましてついに原因不明の高熱を出してしまいました。
梅雨が明けて、ゴルフ→登山→海→野球→カート→海と休みなくやっていたら、38度以上の熱が下がらなくなり、日曜日ついに39.5度に!
救急外来に行くも、原因不明(おそらく夏風邪)と言われ、頓服と抗生剤で帰されました
でも、ご安心ください。
ついに復活です(早)
高熱で遺伝子構造が変化して、以前よりもパワーアップした感じです。
少しずつこの間の成果(?)を報告していきます!
来週から、富士登山→野球→カートレースと続く・・・
|
|
先週の日曜日に、大阪でのセミナーに参加した。
一人目の講師の先生が木下晴弘先生だった。
先生の話は、終始「与えたものが自分に返ってくる」ということだったと思う。
もちろんその考え方は知っていたが、先生の実体験をもとにしたエピソードでより深く納得できた。
悪口には悪口が、文句には文句が、喜びには喜びが返ってくる。
先生の話の中で、僕の心に最も突き刺さったのが以下のエピソードだった。
先生が以前、塾の講師されていた時のことだ。
あるクラスの生徒の言葉づかいがとても悪かったらしい。
普通ならどういう対応をするだろう。
「おまえら、言葉づかいくらいちゃんとしろ!」
「ええ加減にせんか!」
僕だったらそうするかもしれない。
しかし、「与えたものは自分に返ってくる」。
怒りには怒りが返ってくる。
そのような対応では、決してクラスは良くならない。
ますます荒れる。
言葉づかいを直させたいなら、まず講師である自分が丁寧な言葉を使う。
なぜなら、「与えたものは自分に返ってくる」から。
もちろん、木下先生も最初から冷静な対応ができたわけではなく、紆余曲折あってそこにたどり着くわけだが、その結果どうなったか・・・
1か月目、変化なし。
2ヶ月目、変化なし。
3ヶ月目、少し変わり始める。
6ヶ月目、完全に言葉づかいが改まる。
木下先生曰く、3ヶ月目くらいから良い変化が現れ始め、その後は坂道を転げ落ちるように良い方に変化するという。
普通、3か月も待てまい。
僕なら3日かもしれない。
待つということがどれだけ大切か。
石井裕之さんも言っていた。
「大きく変化する前に、自分でその続けていた行動をやめてしまうことがある。それは、現状を維持させようとするためのメカニズムが働くからだ」と。
石井さんの現状維持メカニズムについては、もちろん知っていた。
そして、それを利用して、僕自身大きく変化してきた。
だから、僕自身の問題については、ほとんどの問題を自分自身で克服できる。
しかし、今までの僕に不足していたのは、
他人にも現状維持メカニズムがあり、集団にも現状維持メカニズムがあるということ。
現状維持メカニズムが破壊されるための期間は、おおよそ3カ月であるということ。
変化が現れる直前に、バカらしくなって自分自身でその行為をやめてしまうことが多いということ。
悩みは、多くの場合自分自身だけの問題ではなく、他人や属している集団と関係している場合が多い。
だから、自分自身の問題に、自分自身の範疇だけでとり組もうとするのではなく、関係している他人や集団にどう接していくかという観点を持って取り組むことが大切なのだと改めて気付いた。
そして、自分から変わること。
他人や集団に求める変化を自分から行なうこと。
そして、3か月は待つこと。
変化を求めず、気長に待とう。
そう思える、とても良いセミナーだった。
|




