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詩人になりたい
避難用ブログとなります。ここは、より私的な主観的な内容になります

石 巻

石 巻
前大臣は石巻を「いしのまき」と答弁イメージ 1
できなかったということ。それは悲し
いことだと思います。人生のキャリア
をどのように積んできたのかと思うと
むしろ哀れです。この人ずっと、言い
間違いと失言の人として記憶されて、
引合いに出されるのだろう、哀れです

私たちは何度も何度も石巻を見聞きし
て、映像を見てきている。石ノ森章太
郎さんもこの地の出身ということも、
広く知られている。          さらってもさらっても水があふれた石巻

私自身は石巻のボランティァが一番数多く、そして、
そのお手伝いの内容も厳しく果てしないものでした。
政治家、国会議員が足を運んで一緒に手伝うというこ
とはほとんど聞かず、黒い車列が通り交通規制がかか
るのを眺めるばかりでした。

  あはれなる失言に泣くおぼろ月

  被災地を思ふ気持ちだけ春日なか

  さらってもさらっても出水でみず石巻

乳児院を忘れないで

名前を伏せて
気になっていたのです。東京杉並で発生した保育士イメージ 1
さん殺害の事件。身柄を捕られている男性も、同じ
乳児院の勤務とは。現場に近い乳児院というのでま
さかと思っていました。私が一歳半で保護され東京
都から保育を託されたその乳児院でした。
 
私には最初の記憶のある場所です。キリスト教系の
真っ白な木造の保育園でした。平成の最後にこんな悲しい事件に遭うとは…。何年か一度、本やビデオを届けに行くくらいのお付き合いしかしていませんでしたが、その院の関係者の事件であるとしたら。

どうか皆様、私たちのように親のない子どもたちを
何人も何人も育ててくれた乳児院だということだけ
はぜひ知っておいてほしいと思います。どれだけ多
くの関係者、卒院者が深く傷ついているか、と。

八年前のこと 短歌

あの時の短歌 あの時から8年…
今日は自作短歌を公開します。
大震災の辛い思いのある方は読まないでくださいね…。

 掘り出せる緑のつぼみに声喚がる怒涛の津波に耐えたるエビネ

 公園のヘドロ掻き出し見上げれば 針止まりたる時計塔あり 

通学の学生の声消えし仙石線 駅舎に残る津波の喫水

見上げれば巣の跡求めてつばめ翔ぶ 東松島青き空中

この家になほ住みたしと老の言ふ亡き妻と建て娘育てし

今まさに証書受けとる瞬間の笑顔を泥よりそっと掬ひぬ 泥中から写真

 土足のまま部屋に上がってくださいと言はれし床の悲鳴哀しも

この清水(みず)があの時皆を救えりと 教へられたり陸前小泉

 井戸水をホースで喉に流し込む子ども亡くせし家の軒先 石巻 
 
 赤錆びた鉄骨のその最上階 マイク握りし乙女ぞありき

 真夜中の東北道をひた走る 漆黒の闇、福島の闇

 泥まみれの晴着をそっと差し出しぬ しばしの沈黙、記憶、諦め

 夥しき数のクルマの積み重なり 未処分のまま夏草茂れり

 泥を掻き浴室のタイル現れぬ五ケ月と言ふはあまりに長し 

その命大切にしてほしと言ふ おそらくあなたのおそらく私の 
 
 見ず知らずだった我らがこの街に来ている奇跡、絆と言ふは

この先にあの街がある人がいる、それだけでもう充分と思ふ

 それまでは短歌を作っていた私が、もっともっと伝えることがあると考えて、
 以来より身近な俳句に挑戦してきました。短歌はやはり重く、深いものです。
 さてブログ閉鎖とか、ここでの吐露もつぶやきもその後の私を支えてくれま
 したが、これを機にまた新しい旅路を見つけようかとも思いながら、移転を
 するしないを考え続けています。

イメージ 1

 目に映るもの、浮かぶ思いはみなすべて無常なるものゆえ。

  活字こそ力ぞブログ越へて春 

視覚障碍のこと

ありがとう
その水曜の朝、人身事故で駅が溢れその女性はイメージ 1
困っていました。ホームから押し出されそうに
なっていて、危ない!と腕をとり、遅れて反対
がわに来た電車に案内して降りる駅まで一緒に
…、それだけのことですが、

こんなにたくさんの人がいて、もう少しで転落
事故。視覚障害の皆さんは、声をかけてもらう
ためにも勇気をもって白杖で外出しています。

私たちは仲間なのですから。私たちに見えているようすを、ことばで伝える、乗っている車両番号とドア番号を伝えたり、席を譲ってもらったり…。それだけでも、仲間ですから。

線路に落ちるところでした、「ありがとう」と言われましたが、何だか…。そのことばに胸は何だか熱くなりました。

 マタイ伝でしたか、目の前のその人を助けよ、とありました。それだけのこと。

はるかのひまわり

はるかのひまわり
平成天皇の主催する最後の皇居の歌会始で、陛下はイメージ 1
 贈られしひまはりの種は生え揃ひ
      葉を広げゆく 初夏の光に
と、阪神大震災で亡くなった少女の遺したひまわり
の種が皇居花園で大きく育っている様子を歌にされ
阪神の震災を振り返られました。このひまわりは、
東北各地でも、福島でも植え続けられていました。
忘れない、いつもそばにいる…とのメッセージ。
私の手元にも三粒になりましたが福島でいただいた
はるかの子孫の種があります。
  

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