東大での学位取消は創立から133年間ではじめてという。
しかも、取り消された本人は同研究科の現職助教とのこと。
以前より、経歴詐称や業績詐称の疑いでネットを賑わせていたようではあるが。
東大を含め複数の大学で博士を審査・授与する立場を経験し、今もその立場にある者としては、大変に考えさせられる事件である。
学位授与における不正は見抜けなかったのか
まず、今回の事件は、 学位審査の段階で見抜くことができなかったのか。
審査を担当する主査、副査であれば、本人の主要論文はもちろん、学位論文の内容に密接に関連する他著者の論文に目を通して、本人に対する試問(口頭試験)を行うのが普通である(少なくとも私や周りの同僚はそうしている)。
報道発表されただけの剽窃があれば、そうした調査の段階でおかしいと気づくはずである。
やはり今回のケースでは、博士の学位審査を担当した教員の責任は極めて重いと考える。
(報道内容のみから判断する限り、審査の主査などは、辞職に値すると思う。)
加えて、工学系研究科の学位審査体制そのものにも重大な欠陥があるといわざるを得ない。
それに、博士授与後、同年に出版されたはずの主要業績とされる原著論文が実在しないというのであるから驚愕である。自分が指導した学生や部下の業績リストが架空のものであることに気づかない教授というのは、もちろん大問題である。
不正防止と、学位(博士)の質の確保
今回のケースとは異なるかもしれないが、 提出された論文が博士の学位に値するかの判断も、難しいところであり、実際によく議論になるところである。
こうした問題に関連して、 学位の審査システムについても、まだまだ改革の余地がある。
学位の授与を決めるのは教授会だが、具体的な審査システムは大学によっても、また学部によっても大きく異なる。
(判断基準そのものも、大学や学部によって異なる。例えば、医学博士は一般に内容の審査が甘いと言われている。)
しかし多くの場合、審査は 5 名程度の主査、副査(通常、常勤講師以上)にほぼ一任されている。
すなわち、教授会における授与決定は「シャンシャン」であることが多い。
というのも、「工学」「薬学」などといっても、カバーする学問領域は広いため、自分の専門領域でない研究については、正直学位に値するのかどうか、判断できないケースも多いからだ。
しかも、指導教員が主査だと、副査に選ばれたときには、不合格の評点はつけにくい。
(当該主査のメンツをつぶすことになる)
裏を返せば、論文を提出できたら、ほぼ確実に学位が授与されるような大学・部局では、審査が十分機能していない可能性もある。
なお、「規定の年限で修了しない学生が多い学部はマイナス」、という大学評価の項目があり、これも、学位の質の低下を助長している面がある。指導力が足りない、ということらしいが、「門戸を開け」「規定年限で修了させよ」「学位の質を下げるな」を同時に満たすことが困難なことは、容易におわかりいただけると思う
同じ東大でも、薬学系研究科では、審査が機能している方だと思うし、工学系研究科のようなことが生じる可能性は低いと信じている。すなわち、学位論文が提出されても、不可や保留と判断された例もあるし、自分の時も、複数の主要英文論文のうち、最後の 1 報が投稿中であったため、それが受理確認されるまで学位の授与は保留、となった。
自分が現在勤務している大学では、業績発表会(=口頭試問)に出席しない限り、教授であっても学位授与の決定における投票権はない。また、実際に教授会において無記名投票が行われるため、「シャンシャン」ではない。博士はおろか、修士であっても、発表までこぎつけながら、最終投票で内容的に不十分と判断されて不合格となるケースもある。
何はともあれ、今後は、学位審査のシステム改革、審査の厳正化、透明化がますます求められていることになるだろう。
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