すなわち、平成6年以降の第二種は、英語では Class II Information Technology Engineer とされ、システムの開発、保守、運用のいずれか又は複数の業務に従事する人が対象となっています。これは、今の「基本情報技術者」に近い内容です。 これに対して、平成6年以前の第二種は、英語では Programmer Examination と訳され、「高校卒業程度の一般常識を有し、1年程度以上のプログラミング経験を有する一般プログラマー」を想定した試験となっています。 私が受験したのは昭和59年秋季ですので、後者の Programmer Examination ということになります。 試験内容もう 25 年前の内容ですから、もちろん今とは大違いの試験内容でした。外部記憶媒体として出題されていたのは、フロッピーディスク(8インチ、5.25インチ)、磁気テープ、そして磁気ドラムなど。 特に磁気ドラムは当時でも時代遅れの品でしたが、いまや完全絶滅種。博物館でしか見られませんよ。 試験科目は (1)ソフトウェアの基礎知識 (2)プログラムの作成能力 (3)ハードウェアの基礎知識 (4)関連知識プログラム作成の試験の言語は、FORTRAN、COBOL、PL/I、アセンブラ言語の 4 種からどれかを選択。 自分はアセンブラで受けました。 一言でまとめると、
ただ、コンピュータの基本動作原理は変わっていないので、知識として全くムダというわけではないです。 昔の車が機械的にはわかりやすかったのと同じで、昔のパソコンはハードもソフトも隅から隅までわかってました。 ですから、OS を改造するなんてのは結構普通でした。 あ、ちなみに国家資格としては生涯有効(爆)。 当時使っていたパソコンは、NEC の PC-8801 という 8 ビットマシン。 ディスプレーが 20 万円とか、5.25インチミニフロッピーディスクドライブが 20 万円とか、5.25インチフロッピーディスクのメディアが 10 枚で 7,000 円、とかいう時代です。(それでも、秋葉原が徒歩圏なので安い方だった) でも、機械語(アセンブラ言語)でのプログラミングができたので、ゲームソフトの移植(当時は機種ごとに OS が異なったので、ある機種用のソフトを他の機種用に書き直す、という作業が必要だった)のバイトは、高校生にしては結構よい稼ぎになりました。 というわけで、プログラマーとしての試験はそれほど難しく感じなかったと記憶しています。 |

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