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最近は頭のおかしな右寄りが増えてきて困る(笑)
私のような右寄りでさえ戦争礼賛主義者だと思われるくらいだから政治家がこういう発言をすれば批判されて当然となる。 そしてこのことに関して私は同意はしない。 領土を得るためには戦争するしかない。 このこと自体は間違ってはいない(笑) しかしこの言葉が間違っているのは副詞が抜けているということである。 正しくは以下のようになる。 領土を得るためには最終的には戦争するしかない。 この最終的にはという点が大事だ。 悲惨な世界大戦が起こった時代も、現代においても局地的に起き続けている戦争も、最初からそれを始めたわけではない。 戦争に至るまでに長い年月を経て多くの交渉を積み重ねてきた上で互いに譲ることができずにやむを得ず最終手段として戦争を起こしているということである。 この政治家の発言がお粗末なのはその課程をすべてすっ飛ばした発言に聞こえてしまうからである。 そもそも論として右寄りだからといって戦争礼賛ではない。 戦争行為などという事態には出来うる限りしないようにするなどという大前提は当然であるというのは左寄りな方々と変わらない。 問題は日本にいる多くの左寄りな方々は戦争絶対反対といった感情論で戦争の可能性さえも排除しようとする非現実的なことを述べるから私は賛同できない意見を異にすると述べざるを得ないというだけの話である。 右寄りは最終手段としての戦争行為というものもしなければならない事態を覚悟した上で、なるべくそういう事態にならないように粘り強く交渉を重ねることが大事だという立場であるということである。 戦争礼賛主義ではないが、戦争絶対排除主義でもないということである。 どんな交渉事も覚悟なき人物、国が行えば国益を損なうだけなのである。 トランプ大統領が世界最強の国家というものを背景にして様々なブラフや悪くいえば脅しを各国にかけているのは米国ファースト、米国民を利するための方策を講じているという当たり前の論理に過ぎない。 それが行き過ぎて傲慢となれば最終手段としての戦争ということにもなり、その点においては米国は過去何度も強者の驕りである戦争を辞さない国家であり続けてきた。 ロシアは確かに歴史的に酷い国である。 共産主義が酷いというよりも政治的な民族性というものに卑劣なものがある。 北方領土に関してはどう見ても国際法違反の侵略行為を、しかも互いに戦うのではなく一方的な行動によって収奪したことは歴史的に明らかな話である。 しかしそういった国と対峙し北方領土を取り戻すには戦争するしかないとしたり顔で述べることは堅く戒めねばならないだろう。 何故なら現代日本にそれが出来る法も能力も覚悟もないからである(笑) 戦後おかしな絶対平和主義の左寄りな方々が増え、大衆迎合の政治家の多くがそこに寄り添っていたが、最近は逆に愛国無罪の右寄りな方々が増えてきて、これまた大衆迎合の政治家が少なからず今回のような短絡的な発言をするようになってしまっている。 一般人が酒席の場で述べる分には問題ないのだが政治家は酒席の場でも絶対に述べてはいけない発言である。 代々平和交渉をし続けてきた多くの者たちへの冒涜であり、その関係性を破壊してしまう言動となる。 基本的にはこの政治家は辞職すべきであろう。 国益を圧倒的に損なう発言をしてしまったのだから。 政治家は言葉を選んで発言できなければならない。 なんというか曖昧な訳のわからぬ発言になりやすいのはむしろきちんと気をつけて発言しているということである(笑) 特に外交に関する発言は注意するのが基本的な当たり前の話である。 戦争するしかない。 左寄りな方々が罵倒するのは当然としても右寄りな私でもなんという国益を損なう大失態を犯したのかと怒りを禁じ得ない。
これで辞職しないなら政治家などいない方がましである(笑) |
徒然日記
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徒然なるままに、ときには相場から離れて、雑感を語ります。
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まさか天下のヤフーがブログサービスを止めてしまうことになるとは思いませんでした(笑)
しかも過去の投稿すべてを消してしまうということのようです。 私だけでなく多くの分野においてブログを懇々と書きためてきた人たちからすると非常に残念な気持ちになりますね。 私自身もたいした内容ではなく反復ばかりであり、基本的には公開日記として自分自身の思考や成長のために書きためてきた側面が強い自分勝手なものとはいえ、10年を超えて日々更新し続けてきており、それを一夜にしてすべて抹消されてしまうというのは暗澹たる気持ちになります。 会社が無くなるわけではないのですからサービスは終了しても記事は削除することなくインターネット上に残し続けるくらいのことは続けるといったサービス提供者としての利用者の気持ちへの配慮というものを示してほしかったものです。 しかしまあ冷酷に損切りしてしまうということなのでしょう(笑) ヤフーならこれから100年と続いていく会社である可能性は高く、今日でも膨大な利益をたたき出している優良企業であったために私もヤフーブログを選択してコツコツと文章を挙げてきたのですが、ブログサービスとしては競合他社に敗れて採算が合わなくなったのが成長がなくなったのかということなのでしょうね。 ビジネス的に見れば大正解なのでしょうが、ブログというものはそれぞれの個人が曲がりなりにも労力を費やして書いているものであり、ある程度の愛着を持ち続けて、過去の文章を読み返して懐かしんだりもするものであり、コメントなども頂いたりしてそれがどのようなもの、賛同から反論、異論、誹謗中傷の類いであったとしても(笑)どうであれ私が書いた文章に対して誰かが何かを残そうという動機が生じてコメントしてもらったわけであり、私は広告宣伝連続投稿を除いてどんなものも一つも私から削除したことはありませんでしたが、ヤフーは平気でそれを一夜にして永遠に抹消してしまうということのようです。 これを良い機会に私自身ブログから完全に撤退し相場を張るというまさに人生を賭けて行い続けてきた仕事に集中するのも良いのでしょう。 なんというか相場で大損するよりも気持ちが落ち込んでいます(笑) 自身で相場の真理を啓蒙してみたいという想いで培ってきたものがすべて失われてしまうというのは相場を張って全資産を失ったような気分になります。 人間心理としてはこの私自身の心理は分析するに足る面白いものでありますが、要するに何らかの執着、愛着が芽生えていたということなのでしょうね。 相場においてはそういうものは一切持ち込んではならず、持ち込むことは全くないですが、人生においてはそういったものも大事となり、私にとってはこのブログはいつのまにかそういうものの一つになってしまったということを私自身の心理状態によって証明されたというところでしょう。 ブログを続けたればさっさと移行しろということになりました(笑) しかしコメント等は移行できなかったり、上手く分類されなかったりといろいろと煩雑な事象が生じるようです。 そして何より大事なことは移行したところでまた再び同じような事態に陥るリスクは消えないということですね(笑) 移行先事業者が突然ヤフーブログと同じようにサービス停止をしたらまた移行しなければならなくなります。 そしてそこで書かれた文章はすべて抹消されてしまいます。 私自身後どれほど生きられるか分からぬ身であるためまた同じ目に遭う確率は低いかもしれませんが、そういったリスク認識をするとそれを避ける方策があればそれを採用したいと考えるのが当然であり、それが過ちを繰り返さない人間の成長というものでしょう。 無料サービスだからこそのことなのか有料サービスでならこういった事態を招くことは皆無となるのか、有料だと自分の死後お金を支払えなくなった時に記事はすべて抹消されてしまうのではないだろうかと思うので無料サービスならサービス事業者が継続する限り残されていくのではないかと見て無料サービスを利用していたのですが、まあゼロにすることは不可能にせよリスクが最も低い選択肢はないものかよく調べて考えた上でインターネットに詳しくない私でも可能な簡単なことであるなら挑戦してみてもよいのかもしれません。 サービス事業者の財務、業績よりもそのサービスに賭ける想いの方が大事ということを今回のヤフーの対応によって学んだところですからこの観点から移行先を考えるのが吉かなと愚考しております。 相場に関しては圧倒的自信はあり結果も出し続けることができますが、それ以外のことに関しては私もまた一人の弱者に過ぎずこんなことに見舞われてしまいます(笑) いやはや愚痴ばかりですみません。 相場師も同様ですが、何十年も継続できるということを成し遂げられる人も会社もサービスも極々少数派ですねえ(微笑) |

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他人は意外と他人の意見を理解していない(笑)
このことは理解しておく必要があるだろう。 もちろん私も含めてである(笑) 自分の意見というものは持つ。 同感だ反対だというものも持つ。 だがそういう他人の意見の本質的なものまできちんと理解して解釈できる人間は数少ない。 その現実が誤解を生み、対立を生んでいくのであろう。 しかし誤解や対立を解消するためには意見を述べ続けるしかない。 手を変え品を変え、様々な角度から言葉を選んで述べていくことによって少しずつ他人の意見への理解が進んでいくのである。 巷ではどうしても言葉尻を捉えた短絡的な批判が渦巻く。 述べた言葉に対してその述べたい本質を掴み取るために時間を与えることなく即断的に論破していくことが好まれている。 ツイッターなどでは実際今日もその手のものが行われており、相場においてももう見るに堪えない惨状である(笑) 実名でも匿名でも関係なくそういうことをする人はするししない人はしないという意味で、やはり道具そのものに罪はなく、それを使う人間の問題であることが相変わらずであるということが改めて証明されている。 私はインターネット上でいわゆる議論というものはしない。 まず何よりその相手と会ったこともない人に対して語る言葉の真意が想像できないからである。 普通は対面して話し、その人の語る言葉のみならず、表情、しぐさ、オーラ等も加味して吟味するし、その人自身の背景、これまでの関係性の経験なども含んだ上で語る言葉を解釈しようと努める。 それでも誤解を生むこともあるのにインターネット上でその人の語る文字だけで手前勝手に解釈してその言葉の本質を曲解したままに反論やら批判をするのはやはり避けるべきであろうという考えを私個人は持っている。 従って私がそういうことをやることはまずないだろう(笑) もちろんやっている人たちを非難するわけではない。 いずれにせよやりたい人はやってしまうからだ。 そういったことによって憂さ晴らしとなったり、ストレス解消になるといった人も少なからずいるのである。 それはまあ犯罪レベルでない限りにおいては社会的に容認すべきことであり、実際容認されるのであろう。 他人の意見はその語る言葉だけで正確に理解することはなかなかに困難である。 この認識は必要だろう(笑) |
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私は皇室に対して一切批判はしない。
異なる意見を持っていても決して批判はしない。 何故なら皇室におわす方々は反論出来ないからである。 今話題になっているご成婚問題も一介の国民に過ぎない人間たちが好き勝手に批判している。 一昔前なら不敬罪で罰せられるような罵声を平気で浴びせている(笑) しかし皇室におわす方々はこれに対して反論は出来ない。 反論できないことを良いことに表面上の報道だけを見て言いたい放題の人間は最低の屑である。 もっと大いに反論してくる政治権力者などの強大な対立者に立ち向かっていくような人間でありたいものだ。 しかし現実はそういった強い人間はヨイショし、常に反論できない弱い立場の人間を徹底的に虐めていくというのが多くの人間の本質のようである。 現在の皇室に対する惨い世間の風潮によって実際悠仁親王が通われる中学校の机の上に刃物が置かれる事件が起きている。 皇族を芸能人のように扱い、スキャンダルを追い求め、噂憶測をまことしやかに報じる三流週刊誌のように個人においても自分がどれほど立派な人格者なのかと言わんばかりの上から目線でこうしろああしろこれは駄目だなんだと批判していく。 そのことに対して彼ら彼女らは何も反論できないのである。 そして反論できる権利を持たせれば良いのかと言えばそうではない。 そもそも論として天皇とは現代においては日本国の象徴という言葉を使っているが、日本の権威であり、過去支配してきた権力を保持してきた日本の宰相たちもその権威を求めて天皇に近づいて利用してきた。 要するに権力と権威が分留した特異な国家なのである。 そのことに対して私のような右寄りな人間は伝統であり文化であり法を超えて保守すべきものであるとする。 天皇陛下という立場に誰がなるかという判断にその人物の人気や人格ではなく血統を求める最大の理由である。 この辺のところを全く理解しないままに天皇陛下となられるお方は人格者でなければならない、皇室は国民が敬意を抱くような人気のある人たちでなければならないとしてこの人は適格だ、あの人は適格ではないと私好みで決める権利があるとするのはまさに国民主権というものの近代主義の弊害であろう(笑) 天皇の権威は人格から生まれるのではなく血統から生まれているのである。 すべての日本国民がこのことを共通理解とするようにするのが大きな課題であろう。 歴史を見れば過去天皇となった人物は様々な人格を持っていた。 その中にはとんでもない酷い方もおわし、書物として残されているものもある(笑) 皇族という枠の中では相当数おられた。 人格ではなく血統で選ばれている人たちの集まりなのだから当然そういう例も生じるということに過ぎない。 もちろんそれは現代の三流週刊誌のようなものだったのかもしれないし、天皇を利用してきた人間による策略であったのかもしれないが、いずれにせよ大事にしてきたのはその血統を代々つなげていくことによる圧倒的な権威である。 そこに理屈はない。 国民が敬意を抱くような人物でなければ天皇陛下として相応しくない、皇室に国税を支給する義務はない。 そのような現代人的な変な歴史の浅い民主主義、大衆主義で凝り固まった狭い発想ではないのである。 何故かは分からずその理屈もないが我々過去の日本人たちは何千年という長い歴史の中で万世一系であるということを重んじ、いかにこれを保ち続けるかに苦心し続けてきたのである。 人格者で人気者であることを第一に考えるなら血統などどうでもよくなる。 苦心しながら長い歴史の中で万世一系で紡いできたからそこに権威が生じる。 これが過去の先人たちが抱き、必死に紡いできた日本人の思考である。 その思考を我々現代日本人が現代的思考で、我々自身の考えが絶対なものであり、そのためには先人たちの思考を排除しても構わないという思考になることは堅く戒めねばならないことである。 と、私は個人的に考えている(笑) 残念ながら最終的には現代に生きる国民の総意という名の下に決められてしまうことになるだろう。 いわゆる万世一系は絶たれ、人格とやらが第一の国民好みの選択によって皇統断絶が生じる瞬間も来る可能性も近い将来あり得ることだろう。 私は日本というものの中心にあり長年紡いできた皇統を破壊し得る唯一のism、主義は現代最高のものとされている民主主義ではないかと危惧している。 それほどに大衆の多数決制というものは移ろいやすく確固としたもののない時代の風潮に流されやすいものだからである。 直近の現代は効率性や合理性、生産性などという言葉が流行り、少子高齢化で何事も効率化が大事とされる世の中となった。 その最も対極にあるのが天皇そして皇室である。 非論理的な宗教的な側面を持つ何千年という時を血統という一点で紡ぎ続けてきた神話の世界を保守すべきなのかどうか、狭い水平軸でしか考えられなくなった多くの現代日本人にとっては意味がわからない判断ということになるのだろう。 しかし主権を持つ人間たちがこれを理解せずに天皇、そして皇室の本質的な継承はないのである(微笑) |
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日産自動車に関してはそんなものだろうというところだ(笑)
カリスマを排除してしまえば業績など出るわけがない。 確かに自身の評価が高く結構な金銭を搾取していたのかもしれないが、それ以上に日産自動車に貢献し続けていた人物がいなくなればさもありなんということになる。 日産自動車の問題はゴーン氏一人の問題ではない。 フランス国家がルノーを通して国策で行っていることであり、ゴーン氏はむしろフランス国家を抑えていた側であった可能性は否定し切れないのである。 実際フランス政府におけるゴーン氏の評価は低い。 フランス政府の思惑を実現してくれるだろうと見ていたゴーン氏があまりにフランス政府に対立する方策を講じ続けてきたからだ。 多くの日本人は勧善懲悪を好み、ゴーン氏だけを日産自動車の悪者として排除さえすればすべてが良くなると考えているようだが、実際はゴーン氏だけが今の日産ルノー体制、フランス国家を抑えることができる状況を維持できていたのではないかと私は見ている。 その足かせが無くなった今、フランス政府は再び攻勢を強めることは明らかであり、前にも述べたが敵対的TOBさえ仕掛けてくる恐れがあるだろう。 業績不振で株価が下がっていけばその実現性はより高くなっていく。 日産自動車は民間企業なので関与すべきかどうか賛否が分かれるところだが、ルノーは国策企業であり、そこと対抗していく以上、日本政府が関与していくしか対抗することは出来ないだろう。 ゴーン氏の個人的な問題は金額的には日産自動車の収益規模と比して微々たる話で些末なことであり、それを見逃してもフランス政府を抑えるパイプ役としてのゴーン氏の役割は大きかったといえるだろう。 そのゴーン氏に対してクーデターを起こして検察と手を組み追い落とした現日産経営陣はこの対処もきちんとした上での行動だったのか非常に疑わしい。 ゴーン氏がしたことには何の言い訳も出来ない罰を受けるべきことではあるが、日産自動車全体のことを考えた場合、ゴーン氏後のこともすべて対処した上での行動でなければならなかったが、現経営陣の言動を見ている限りにおいては無策のように見える(笑) 必要悪という言葉がある。 悪いものだがあることによってより悪くなることがなくなる故に必要であるという意味である。 やくざなどがその類いであり、法律違反行為をする暴力行為を辞さない団体ではあるが、そういう存在によって犯罪組織が統制されたり、犯罪情報を得ることが出来たり、外国勢力を排除できたりするわけである。 そういったものを完全排除してしまえば中国マフィアやらロシアマフィアやらの外国勢力が日本でのさばって縦横無尽に犯罪を行うようになってしまうということである。 この辺のところに現代日本人はずいぶんと潔癖症のように悪いものは悪いからすべて排除すべきだという発想になってしまっている。 別の例を出せば例えば毒物がある。 毒物は過剰量摂取すれば生物を死に至らしめるものである。 しかし少量ではむしろ生物の身体強化に繋がったりする。 多くの薬剤は毒草の成分を少量摂取することによって薬剤として売られている。 日産自動車の問題はゴーン氏一人の問題ではない。 マスコミで大騒ぎするほどゴーン氏の問題は大きなものではなく些末な事象に過ぎない。 個人としては多額な金額でも日産自動車全体としてみれば非常に些末な金額なのである(笑) この程度のお手つきでフランス政府が抑えられるならゴーン氏を泳がせたままにしておくのも悪くはない選択だったといえるのではないだろうか? 私は日本人離れした特殊な思考なのかもしれない。 悪いことはもちろんしてはならないし、犯罪など犯すべきではないとは思うが、ゴーン氏をただのリストラ屋と考えることは早計に過ぎる過小評価だと私は考えている。 今となってはどうにもならないことだが、ゴーン氏に変わるフランス政府を抑えられる人物を日産側に擁立することが急務であろう。 繰り返すがこんなことはすでに行った上でのゴーン氏の逮捕の筋書きかと思っていたのだがどうもそうではないようなので非常にお粗末な話なのである(笑) |



