|
像には、「天明四甲辰八月吉日奉寄進康申○有川一一○」と刻まれ、顔の下部分が一部欠けています。 田植えには早苗が、刈り入れの時は稲穂が供えられました。衣装はベニガラで、顔は米の粉、目・鼻・口は墨で化粧して豊作を祈念していました。石原麦牟田地区の畦にあったものを工場敷地造成のため、昭和49年1月20日に旧中央公民館の庭に移転し、さらに、平成5年10月9日みそめ館(現溝辺公民館)の開館に合わせて現在地に移しました。 以来、溝辺出張所生涯学習課で管理しています。 昭和57年6月1日指定(市指定民俗文化財) 所在地:霧島市溝辺町麓3391 みそめ館 |
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
溝辺町の北部、大字竹子祝儀園地区の水田地帯を見渡す国道504号線沿いにあります。 上部に円のある板碑を背に座し、右手に大きなしゃもじを持った田ノ神像です。 田植えの時には早苗、刈り入れの時は稲穂が供えられます。衣装はベニガラで、顔は米の粉で、目・鼻・口は墨で彩色され、きれいな姿で祭りに出る習わしでした。 多少の風化は見られるものの、状態は良好です。地域の方々が花やお供え物をあげ、大事に保存しています。 昭和57年6月1日指定(市指定民俗文化財)
所在地:霧島市溝辺町竹子祝儀園 |
|
竹子宮川内上牟田と旧横川町との境界を流れる久留味川に架かっています。迫持ち式(アーチ)の石橋です。明治12年頃、島津氏が山ヶ野金山の金鉱を運搬するために、加治木舌出しを起点とした道路を開きました。その折布越下の井出向の橋を金山橋(第一橋)、溝辺町有川大王橋を金山橋(第二橋)、上牟田橋を金山橋(第三橋)と命名したものです。欄干部分はすでに欠落していますが、保存状態は良好です。 平成3年11月8日指定(市指定有形文化財)
所在地 霧島市溝辺町竹子上牟田 |
|
||





