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「それで窃盗罪になったのか?」
『・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうなんだ。」
詰問すればするだけ感情が昂ぶるのを自覚した。それを抑えようとする自分の、あるとすれば自制しようとする気持が消えてしまいそうな気がしてきた。そんな自制心なんてものは興奮することで何処かに飛んでいってしまいそうなところまでは覚えている。
「あんたァ、そんなことは怖くて聴けんよ。」
細君はしょげてはいるがはっきりと野村に言った。野村にはそこが理解できない。結果を聞かないでこのままリターンしたのでは息子にどの様な言い訳が立つのだろう、と思えて来た。「父さん警察で何して呉れたん。」と言われた日には「いや、俺は知らんでかあさんに聞いてみい。」と答えたんじゃあこれまた親父失格に違いないと野村は頭の中で不確実なことをイメージしていた。イメージは時として人の心を高揚させる、いや興奮させる。ましてや息子のこととなれば増幅して振幅の上下の幅が激しくなる。それが血の濃さなのだろう。野村はどちらか言うと振幅の激しい興奮をする部類の人間だと自覚している。冷静でいられる人間と即高揚反応を起こす人がいる。それは育った家庭環境にあるのか持って生まれた資質なのかフロイトに詰問してみたい。野村自信は前者だと思っているがどうも感情はそんなに単純明快ではないのかもしれないとも思っている。野村は確実に感情的な人間だ。
「聞けんのやったら俺が聞く、・・・」
野村の作務衣の前が少し広くはだけて肉体が露骨に見えていた。一ッ歩前に出てカウンターから身を乗り出すようにして、カウンター内にいる7,8名に向って言った。
「先ほど息子のことで電話を貰った野村ですが、誰か説明してくれませんか?」
雑談をしている署員、部屋の中央辺りで痩せて眼光が鋭い一見やくざ風な部屋のボスとおぼしき50才位な奴は、机の上に足を投げ出して先程から野村を見ていた。事務処理をしているような署員もいるにはいたが、彼等は全員私服であった。野村はこの集団は刑事なんだと判断した。そう思うと野村自身のことを棚に上げて、どいつもこいつも例外なく一癖も二癖もありそうな面をして俺には関係ないなんて態度だ。
見渡す限り他の部所は消灯ないし少し明るい処もあるにはあったが、一般市民は誰もいないようだった。野村夫婦がカウンターにいるのだから此方から声を掛けなくても「なにか御用ですか。」と、近づいてくるのが世間一般の常識だろうが丸でその気はないようだった。
それとも野村の細君に息子達は取調べがおわったて解放したことを告げたので一件片付いたと知らん振りしているのだろうか。一向に誰も野村の方に来ない。野村は机の上に足を投げ出してる刑事を見詰めていた。
「ちょっと野村の取調べをした人はいませんか?」野村の声の調子が変わっていた。奥の方で雑談していたうちの比較的若い怒り肩で筋肉質そうな刑事が、仕方ないかァという素振りでゆっくりと近づいてきた。その刑事の開口一番が「なんだね。もう帰したよ。」だった。このことで野村はいよいよ我慢がならなくなった。
「なんだとはなんだ。それが挨拶か。ふざけんじゃねえ。」完全に頭にきてしまった。署に来るまでに何度も細君から大きな声を出さないように言い含められていたのに、興奮を抑える理性は何処かに飛んで行ってしまった。興奮してる姿ほどみっともないことは冷静に第三者として傍観している時は分かっているが、野村は既に興奮の導火線に火が点いてしまって、もう誰にも手がつけられない状態になってしまった。こうなると野村は言いたいことを最後まで吐き出してしまはないと納まらない。
細君が作務衣の袖に手をやり引っ張るのだがそんな所作は今の野村には通じなかった。
つづく
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