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環境問題から食糧問題まで、今日は極めて深刻な事態に直面している。この世界の、地球の環境保護を唱えるエコ運動やリサイクル社会論、食糧問題等の考え方に大きなブラックホールはないだろうか?あくなき欲望と現代高度資本主義に叛旗を・・・
僕は1947年に生まれて、貧しい生活から高度成長時代、バブル経済を享受し、その崩壊の後始末そして団塊世代のこの日本に今後引き起こすであろう問題等に心を傷めている。自分を振り返ってみますと働くという行為が実はあらゆる欲望を満たすための、私自信の内部に潜む本性を実現させるための無駄な行為ではなかったかと、今からの僕の生き方を模索している。つまり、「生きる」にはなにが必要でかつ必要でないか?生きるとは人間だけの特権なんだろうか?
赤福、売れ残り品再利用 三重県が営業禁止処分 こんな新聞記事が大々的に掲載されています。関心があるのは、元々、出荷後1-2日を消費期限として販売しているため、再出荷品は大幅に超えており、JAS法と食品衛生法に違反するという。食べ物に関して、雪印製品等これまでに数え切れないほど虚偽、偽装問題が暴露されてきました。又か?懲りないの?・・・って、感じがします。
さて、どうでしょう?極端な話しかも知れませんが我が家には僕が15歳のころまで冷蔵庫が無かったと記憶しています。となれば、食糧の保存は如何していたのでしょうか?おそらく、その日に必要な分だけ買っていたのでしょう。勿論、母は必要な量だけその都度料理して、つまり食べきっていたと思います。今思い出しますと、夏場に食べ残しのご飯で少し腐りかけたものは、水道水で洗ってザルに並べて干して保存食にしたり、雑炊にしたりして残飯として捨てたりしていなかった。家族7人、そんな食事であっても体の不調をきたした者はいなかったと気憶している。戦後の農地改革で、1反ばかりの畑が残されて、母が主になって季節の野菜を作っていた。畑からその日に必要な量だけを収穫していたので保存の必要も勿論無い。
今のこの国の食糧自給率は40%を下回っているとの報告です。本当でしょうか?コンビ二ストアー業界では売れ残り商品を肥料等にリサイクル化を進めています。問題なのは売れ残りの量なのです。日本の国内で、食べ物として生産されて売れ残って廃棄される厖大な数量も自給率と見做されているのは確実です。問題なのはこのことなのです。食べ物の偽装工作の、全ての始まりは過剰生産で売れ残りをどのように処理するか?です。処理する費用も莫大でしょう。
どうでしょうか?食べ物を生産している全ての企業に破棄している量を報告する義務を負わせてはいかがなものか?破棄することはただ単にそれだけの問題ではない、多くの問題を抱えている。所謂、負の生産といえる。我々消費者も、赤福が欲しくって買い求めても「売り切れ」であっても、それはそれで我慢が出来る。コンビに弁当が売り切れていれば他で買うことが出来る。なにも消費者は困りはしない。困るのは売り上げが減る「店」だけの問題だ。過剰生産と廃棄処分が引き起こす諸問題に対し経営者が何も罪悪感を持たないとしたら・・・・・そこが問題なのだ。売れようが残ろうが、工場は動き続けなければならない宿命にある。労働者に給料を払う為に全ての工場は動かさざるを得ないのである。結果としてこの国には物が溢れ、今や埋め立てる場所がなくなり、此の儘では環境悪化・破壊が進み困ってきたからリサイクル事業が国家事業として台頭してきた。ところが、現在のところ国内で処理できないでいる有害物質を含む廃棄物は中国を始め東南アジアに輸出し、それらの国で処分している。
どうでしょう?高度に発達した先進国の負の遺産で発展途上国は国土が汚染されている現状でこの日本は環境問題を解決しようとしている、のだ。二酸化炭素排出削減にしても、途上国に植林をすることで逃れようとしている。これは明らかに先進国のエゴ以外の何物でもない。
続く
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