角の墨彩画

コメントの返事書かないことが多いですが、お許しを・・・

短編小説

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野村は諦めない。諦めなければならない理由が彼にはないのだ。連行された法的根拠が分かれば、頭を下げて謝り署から早々と退散しても良いと思っていた。
 野村の頭の中は新聞記事の誤りを合法的に指摘してくれるそのことでいいのだ。それが全てだと言ってもいい。もう他のことは如何でも良いことだった。興奮状態にあるとはいえそれ位の理性は残っていた。
 しかし、第三者がいて野村のこれまでの行動や言葉のやり取りを見ていたら、見ていた人の中に野村を知っている人がいたならば、野村さんて警官に喧嘩を吹っかけていたよ、なんて噂になっていただろう。野村は何時しかカウンターに両肘をついて身を乗り出す姿勢になっていたから、細君の様子は分かるはずもなかった。
 五十にはまだ手が届かないであろうボス刑事が険しい表情をした。その刑事が心持ちカウンターに左向きに身をあずけて、野村の右耳に「貴方本当に頑固だ。息子さんは俺の後輩です。後輩に窃盗なんかして欲しくない、と息子さんにも言っときましたよ。勉強して俺なんかより立派になって欲しいと言いましたよ。そうじゃないですか。事件のことは率直に話してくれた。良い息子さんですよ。」と、声は小さいが強い意志が読み取れた。少し間をおいて「これくらいで帰ってくださいよ。もうこれ以上は話しませんから、・・・・・」 と言い終わると背を向けてもとの席に帰った。

 野村は終わったと思った。これ以上彼等に求めても一度決めたことを易々と反古にしないのが警察官の定石だろう。次々に発生する犯罪を解決するには犯罪者側に肩入れすることは許されない、取り調べる警察ないしは検察サイトの都合の良い状況証拠を基にして積み上げ証拠物をそれに当て嵌めていくという方法をとっていると野村は思っている。DNA鑑定を主たる証拠品とした石川事件がそれを証明している。
冤罪事件は真実をとことん追究した結果として起きたのではないように思えてならない。可能性として、想像した結果の証拠集めで犯人を作り、その結果が冤罪事件は処理されたのだと思う。真実犯罪を犯していないといったところでそれを証明するアリバイがない以上は逮捕し調べる側は「人は嘘をつくものだ」と決めてかかっている以上被疑者の真の声、申し立てに耳を貸そうとはしないものだと野村は信じている。そこで如何だろうか。逮捕し調べる側は決して嘘をつかないのだろうか。それはありえないことだ。
調べる側に、まあこれ位は不誠実だとしても許される範囲だと思う心が無いと言えるだろうか。そてとも調べる側は当然の与えられた権利だと思っているのだろうか。
 今回の息子の事件にしたって、警察は息子が盗んだ?自転車が元の所有者に捨てられたものなのか第三者に盗まれてそれを捨て去った物なのかを調べ確信したものではない。自転車そのものについてはゴミステーション前から拾って乗り回した事実とそれが窃盗に該当すると警察サイトは言ってるだけの話しだ。仮に元所有者を見つけ、捨てたものだと証言すれば明らかに冤罪だ。野村はそのことを言ってるだけなのだ。勿論、捨てられていた自転車を確認しないで拝借したことは褒められた話しではない。息子が乗り回した自転車がゴミステーションに長らく放置してあったのを野村自身が見ていなければ、あっさりと息子の窃盗罪を認めて頭の一つや二つ深々と下げて警察署から帰っていただろう。が今までの状況でははいそうですかと帰れない。それに何でもかんでも長いものには巻かれていれば良いなんてこれっぽっちも思わないのが野村だった。
  
 ボス刑事が自分の席について、部下達の方に目をやった。その目は〈このように苦情は処理するもんだ 〉と誇っていると野村は感じた。諦めて納まりかけた昂ぶりが再発した。
 「刑事さん、話が終わってない。何で逃げるんだ。こらァ、先っき言った捨てられた物を拾って窃盗罪になるのは何条何項に書いてあるか答えろよ。息子のしたことを訊ねるのは当たり前だろうが、・・・」
「・・・・・・・・・・」
「おいなんか言ってみろよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 「お父さん、もういいよ。お父さんの気持ち分かったから帰ろうよ。子供も悪いんだからもう良いよ。」そう言いながら細君は後ろから腰に手を回して引っ張るようにした。

 最終的に野村は警察に無視されたのだ。それを思うと自分の子を守ってやれない不甲斐無さに心が沈んでしまいそうになった。息子はこの事でどんなにか苦しんだことだろうと思うと自分が情けなくて、どうしたものかと思うばかりだった。
「お父さん、どんな罪になるんだろう?学校には警察から連絡あるのだろうか?莫迦なことをして可哀想だね。」
「・・・・・・・・・・・・・・」



 十年前の自転車事件はとどのつまり冤罪だったのだ。野村の息子の自白を、警察は現場検証等しないで調書を取り自転車を証拠物件として押収した。その自転車は持ち主に返却されたのか今は知る術もない。
 
 それに、野村の息子はこの事実をどの様に受け止めて十年間を過ごしてきたのだろう。
 真実はやはり時には蚊帳の外に追いやられて、自白と証拠というあやふやな物が確かなものとして認めてしまう現在の警察のあり方は如何考えても可笑しいのではないだろうか、・・・・・・裁判もやはり勝つか負けるかのものでしかないとしたら、真実の価値はあまりに頼りないと思えてならない。

 真実は不条理には勝てないのかもしれない。
 そのような人間社会の有り様が人間の人間らしい生き方にあっているのだろうか。
 また、にんげんはそんなに綺麗なものでもなく
 嘘もあれば騙しも
 裏切りも・・・・・あることは知ってはいるが


 勿論そればかりではない。



                     終わり

野村はこれが最後のチャンスだと思った。相手はうっすらと笑ったが目を野村から離さなかった。ほんの暫らくそんな状態で、野村がその沈黙を破った。酔いは醒めていた。
「おい、刑事さん答えるだけの法律知識を持ち合わせていないのか?反論できる法律的根拠を知らないんだろうなあ。あるんならここに来て反論してみなよ。」
一瞬全員の目が野村の方に向けられたのは間違いなかった。野村が推測したように彼がこの部屋のボスだったのだろう。そのボスに野村は歯を剥いたのだ。野村は無視されてきたのだからそれ以外の戦略はなかった。それが最善の手段だったと思った。野村のプライドを取り返すためには少なくとも無視されることを回避しなければならなかった。プライドは男の最後の砦と常々思い、それが女との大いなる違いだと確信している男だった。
 ボスの動きが止まった。やおら机から投げ出した足を下ろした。その時、彼の顔は物事を決断するときの揺るぎのない顔になったのを野村は見逃さなかった。野村は身構えて身を乗り出していた状態から半歩後ろに身を引き両手をカウンターに軽く置きなおした。
 椅子から立ち上がり野村の方にゆっくりと歩き始めた。ボスは思いのほか細身で中背だった。どちらかと言えば神経質な部類の人間だなあと直感した。彼は野村が手を伸ばせば届くようなところで立ち止まった。その時完全に皆が野村を見たのが確認できた。
 ボスは立ち止まると迷うことなく、そして間髪を入れずに野村に向っていった。
「貴方の言い分は聞いていましたよ。息子さんの取調べには僕も立ち会いましたがなんら問題はありませんなあ。」
 落ち着いたもんである。そりゃあそうであろう。ホームグランドで部外者は野村夫婦だけだし、野村は刑法何条何項で逮捕は無効だと言っているのではない。二日前偶然に新聞記事を読んでそれを盾にして反論してるだけなのだ。しかもつい一時間ほど前に事件を知らされて着の身着のまま車を走らせて来たのだから例え本棚に六法全書や刑法の本があったところで調べて来る時間の余裕はない。あったとしても息子の事件とくれば誰だって飛んでくるだろう。例え軽犯罪であっても子供が罪を犯したとなると大抵の親は慌てて気が動転してしまうものだと思う。だが相手は日常茶飯事に事件と対面し逮補して処分しなければならないことを仕事としているんだ。当然のこと、警察官には建前上誤認逮捕は許されない。テレビでは、警察官は単独行動が許されていない。その理由は間違った判断を回避する為に複数人の行動を原則にしているのだろう。
 警察官は警察官として署に配属される前には警察学校で民法は別として、憲法や刑法等警察官の職務遂行じょう知識として最低知っていなければならないことは頭に畳み込まれるのだから、警察官以上の法律知識や判例を知らなければ反抗は無理だろう。そんなことは野村は百も承知している。
 「刑事さん、じゃあ新聞記事は嘘なんだ。嘘ならば、それがどの法律の何条何項にあるのか教えてくださいよ。連行して調書にサインさせたのだろう。しかも15才を相手に大人が権力をちらつかせて、そいで俺にもう終わったことだから、はい返ってくれだって、横暴じゃないか。それでそうですか、それじゃあ帰りますなんか言える訳がなかろうが。さあ、俺の質問にこたえろよ。」
「貴方もしつこいなあ。酒飲んでんだろ。酔いが醒めてから、明日にでも出直してくるんだなあ。」
「なに言ってんだ。誤魔化すんじゃない。一合二合晩酌したからってお前の言ってること分かってらァ。俺の質問に今答えられないから、今晩勉強して準備する心算だろうが、今答えて貰いたいんだ。そうじないか。息子を連行してきた以上法的根拠があるんだろうが、・・・・・・・・」
 野村は諦めない。諦めなければならない理由が彼にはないのだ。

 「あんた、ゴミステーションに捨ててあった自転車を乗り回したからって窃盗とはどういうことだ。落し物を拾ったんじゃないぜ。俺はその自転車が一週間近く前からゴミステーションの道路反対側に捨ててあったのを見ていますよ。捨てられたものを拾って使ったからってどんなで犯罪でえ。法律の何条に書いてあるますか。」感情的で攻撃的な言い方だった。それは野村も文句を言いながらも自覚していた、が自制できない自分をどうすることも出来なかった。
「いやもう済んだことです。息子さんも認めて書類にサインして帰りましたから、・・・・お帰りください。
「なんだとあんた、息子はまだ15だよ。親が出向いてきたのに説明もしないで帰れとはなんだ。」
「お父さん、酒を飲んでいませんか。」
「飲んでるよ。晩酌して何が悪い。俺が怒ったのは、誰が取調べをしたのか訊ねたのに、お前等知らん振りで中々出てこなかったじゃないか。なんだよ、その態度は・・・・、それに二日前のY新聞に岡山でゴミステーションの新聞雑誌、アルミカンをトラックに積んで持ち去る業者がいるが取り締まり出来ないものか?市役所がそれは現在の法律では出来ない、と答えた記事がのってたぞ。お前等そんなことも知らんでやってんのか。さあ、答えれよ」そこまで一っ気にまくし立てた。まくし立てることで野村から冷静さが消え、誰が何を言おうともう止められない雰囲気だった。
「まあ帰んなさいよ。飲んでんじゃ話しにならん。」
 比較的若い筋肉質な刑事は、これは無視するに限るとばかり踵を返して奥に行ってしまった。野村は梯子を外された気分に陥ってきた。それからと言って引き下がることも出来ない。カウンターを乗り越えて追いかけることも出来ない。仮に乗り越えれば頑強な刑事達が俊敏に飛び出し取り押さえ、公務執行妨害かなんかできそするだろう。そんな手に乗るほど戦後不覚状態に陥ってはいなかった。
 「おい、今話した奴、どうして逃げるんだ。答えろよ。卑怯じゃないか。弁解できないから逃げやがって・・・・・」もう喧嘩を売っているようなものだった。だが、それでも誰もが無視した。
「お父さん、もう帰ろうよ。誰も相手にしてないみたいだよ。帰ろうよ。」細君はしきりに促すが引っ張って帰るほどの意気込みはなかった。それ以上執拗に説得するとかえって火に油を注ぐことになることをこれまでの二十年の結婚生活で分かったことだった。内心、夫が言うように捨てられた自転車を持ち出して乗ったからといって息子に窃盗罪で連行し調書にサインさせたことを理不尽に思っている。この事が学校に報告されて高校受験の内申書に記載され不利益な扱いを受けるに違いないと確信していた。早く帰って息子に事件の成り行きを聞きだしたいが、余り執拗に説得するのも自分達以外に部外者がいないのだから署員の目が皆此方を向いてしまいそうで、夫の気が済むまで仕方がないと判断したのだった。それに、夫の訴えはまともだとは思うが、晩酌をして来たことは非を認めた。しかし、電話がある前から飲んでいたのだから不可抗力なことだと思っていた。酔いが醒めてきたのでは今回の場合は遅すぎた。
 野村は無視されたからといって引き下がる人間ではない。カウンターないのボスらしい刑事は相変わらず足を机の上に投げ出して背もたれのある椅子をユルリゆるりと揺すっていた。その刑事と野村の目が合った。その目が不敵というか莫迦にした表情を感じた。それを野村は見逃さなかった。野村にしてみれば最後の獲物のように直感したのだった。直感は理屈ではない。きっと喧嘩を買ってくれる相手だと思った。空かさず右手の人差し指を立ててボスに指差し野村は行動を起こした。
 「そこの足を投げ出した刑事さん、聞いてただろう。答えてくれないか。さっきの若い奴じゃあ話しにならん。逃げてしまったよ。」
 野村は目を逸らさないでボスに挑む眼光を送った。

「それで窃盗罪になったのか?」
『・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうなんだ。」
詰問すればするだけ感情が昂ぶるのを自覚した。それを抑えようとする自分の、あるとすれば自制しようとする気持が消えてしまいそうな気がしてきた。そんな自制心なんてものは興奮することで何処かに飛んでいってしまいそうなところまでは覚えている。
「あんたァ、そんなことは怖くて聴けんよ。」 
細君はしょげてはいるがはっきりと野村に言った。野村にはそこが理解できない。結果を聞かないでこのままリターンしたのでは息子にどの様な言い訳が立つのだろう、と思えて来た。「父さん警察で何して呉れたん。」と言われた日には「いや、俺は知らんでかあさんに聞いてみい。」と答えたんじゃあこれまた親父失格に違いないと野村は頭の中で不確実なことをイメージしていた。イメージは時として人の心を高揚させる、いや興奮させる。ましてや息子のこととなれば増幅して振幅の上下の幅が激しくなる。それが血の濃さなのだろう。野村はどちらか言うと振幅の激しい興奮をする部類の人間だと自覚している。冷静でいられる人間と即高揚反応を起こす人がいる。それは育った家庭環境にあるのか持って生まれた資質なのかフロイトに詰問してみたい。野村自信は前者だと思っているがどうも感情はそんなに単純明快ではないのかもしれないとも思っている。野村は確実に感情的な人間だ。
「聞けんのやったら俺が聞く、・・・」
野村の作務衣の前が少し広くはだけて肉体が露骨に見えていた。一ッ歩前に出てカウンターから身を乗り出すようにして、カウンター内にいる7,8名に向って言った。
「先ほど息子のことで電話を貰った野村ですが、誰か説明してくれませんか?」
 雑談をしている署員、部屋の中央辺りで痩せて眼光が鋭い一見やくざ風な部屋のボスとおぼしき50才位な奴は、机の上に足を投げ出して先程から野村を見ていた。事務処理をしているような署員もいるにはいたが、彼等は全員私服であった。野村はこの集団は刑事なんだと判断した。そう思うと野村自身のことを棚に上げて、どいつもこいつも例外なく一癖も二癖もありそうな面をして俺には関係ないなんて態度だ。
 見渡す限り他の部所は消灯ないし少し明るい処もあるにはあったが、一般市民は誰もいないようだった。野村夫婦がカウンターにいるのだから此方から声を掛けなくても「なにか御用ですか。」と、近づいてくるのが世間一般の常識だろうが丸でその気はないようだった。
 それとも野村の細君に息子達は取調べがおわったて解放したことを告げたので一件片付いたと知らん振りしているのだろうか。一向に誰も野村の方に来ない。野村は机の上に足を投げ出してる刑事を見詰めていた。
「ちょっと野村の取調べをした人はいませんか?」野村の声の調子が変わっていた。奥の方で雑談していたうちの比較的若い怒り肩で筋肉質そうな刑事が、仕方ないかァという素振りでゆっくりと近づいてきた。その刑事の開口一番が「なんだね。もう帰したよ。」だった。このことで野村はいよいよ我慢がならなくなった。
 「なんだとはなんだ。それが挨拶か。ふざけんじゃねえ。」完全に頭にきてしまった。署に来るまでに何度も細君から大きな声を出さないように言い含められていたのに、興奮を抑える理性は何処かに飛んで行ってしまった。興奮してる姿ほどみっともないことは冷静に第三者として傍観している時は分かっているが、野村は既に興奮の導火線に火が点いてしまって、もう誰にも手がつけられない状態になってしまった。こうなると野村は言いたいことを最後まで吐き出してしまはないと納まらない。
 細君が作務衣の袖に手をやり引っ張るのだがそんな所作は今の野村には通じなかった。



                            つづく

「怒らんで聞いてよ。あなたすぐ怒るから・・・・、嫌なんじゃ。いい、怒らんでよ。」
「起これへんわ。どうしたん。」実はもう既に怒りたい気分になっていた。
「早く言えよ。」
細君は何処まで話せばよいのか迷っていたが、初めから話さないとどうも夫が誤解しそうに思えて来た。もうすっかり辺りは暗くなって、国道2号線の手前信号で停止した時は数多の流星が途切れることのないように車のライトが流れていた。「
「家の近くに塵ステーションがあるやろう。そのステーションの道端に1週間ほど前から自転車が放置されていたのしってる。」
「ああ、知ってるよ。誰かが捨てたんだろう。」
「その自転車で二人乗りしてる所をパトカーに見つかって補導され、色々と調べられてじてんしゃを盗んだことになってしまい、認めたんだと、・・・・・」
「そうか。然しそれは窃盗にならんで、二日前のY新聞記事で岡山市内のごみ収集所に市民が出した新聞雑誌やアルミカン等をリサイクル屋が車で乗り付けて無断でゴッソリ持って行ってしまう。何とか成らないのか?という質問に対して窃盗にはならないと現場写真と一緒に載ってたで、・・・・・俺がそのことを言ってやる。大丈夫だ。」
「捨てたのか誰かのを盗って放置して逃げたんかは分からんやろう。」
「そりゃそうだけど、本人が塵捨て場の前に捨てられていたから不用品と思っていたんで良いんだよ。善意の第三者だよ。」
「それなに、第三者ってどういう意味なのよ。」
 野村の細君は納得いかないで小声でブツブツ言った。野村にしても絶対大丈夫だと言えるだけの法律に裏打ちされた確信がある訳ではない。たまたま二日前の新聞記事に掲載されていた記事を根拠にして窃盗罪にならないと思い込んでいるに過ぎない。
 そんなやり取りをしていると倉敷警察署の手前信号まで来て赤信号で停車した。
「あなたァ、頼むから警察で大声を出して無茶は言わないでよ。あの子が困るから、・・・」
 信号が変わって車が20m先の正門を通り越して右折して玄関脇に駐車した。所々に消えかけているような寂しい街頭が二人を迎えた。署内はさらに人っ気がない様に植え込みが遮っていた。

 野村の細君が署内に5歩、3歩も先に入った。玄関に入ると事務方らしい人達の姿はなく、薄暗い室内が嫌な予感を与えた。玄関のすぐ右側は直線状に、肋骨下あたりの高さにカウンターで仕切られていた。高くしているのは部外者が安易にカウンター内に侵入できない為だろう。先に入った細君がカウンター内の若い署員とカウンターを隔てて話していた。
 野村は下駄履きだから署に一歩踏み入れた時、少々甲高い下駄の音が気になって細君の忠告を素直に聞き入れておけばと後悔したが後の祭りだ。儘こういうことがない訳ではなかった。既に遅いのである。それに野村は顔つきと言うか目つきで損をする類の人間だ。例えば、友達に誘われると金がないか先約がない限り夜の街に出かける。自分の行きつけのバーには行かない、が手持ち軍資金が少ない時は2次会に誘う。相手の行きつけに行く方が相手が盛り上がって喜んでいるのを野村は楽しんでいる。そのほうが野村は気分が良い。飲み屋の姉ちゃんが初対面の野村に、仕事や趣味のことを聞いてくるので答えてやると「本当ですか。そんな風に見えない。」きまって言う。野村は無視することにしている。丸でデリカシーのない人間のように言う。
 桐下駄のことは後悔した。後悔したが息子の運命が掛かっている以上細君に全てを任すことは出来ないと思っている。助けてやらなければ親父失格で後々息子に申し訳が立たないと思っている。我慢して1歩1歩抜き足差し足のようにして細君の居るカウンターまで窮屈に進んだ。細君に「息子達はどこに居るんだ。まだ取り調べされてるんか。先ほどの署員はなんと言ったんだ。」ここまで一っ気に細君に聞いた。
「さっき帰ったって、・・・・・」


                    続きます

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