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    [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]

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★丹後・宮津市の天橋立の夏の風物詩「天橋立文殊堂出船祭」が七月二十四日夜、名勝・日本三景・天橋立の文珠の智恩寺一帯で営まれた。あいにくの雨で一部が中止になったが、二頭の龍が参道を荒々しく練り歩き、家族連れなどが見入っていた。
暴れ竜と文殊菩薩の舞う、炎とドラの音が響く豪快な海上絵巻が繰り広げられ見物客を魅了した。
出船祭は、中国五台山から天橋立の久世(くせ)の戸(文殊)に迎えられた文殊菩薩が、地上で暴れ回りする悪竜を千年をかけて説法を続け、竜が仏に帰依し人々を守ることを誓って改心させたという智恩寺の伝説「久世戸縁起」に基づいた海上安全祈願祭で今年で三十四回目。
午後八時頃から文殊水道や海上の舞台近くにかがり火がともされ、ドラや太鼓の音が鳴り響き、体をくねられながら現れた二頭の竜との戦いを表現する「竜舞」を演じた。
雨のため海上の特設舞台での披露は中止になった。花火が盛大に打ち上げられた後の午後八時四十分ごろ、智恩寺の参道に金と銀の龍が登場。ドラや太鼓の音が響く中、二頭の龍が体をくねらせながら参道を行き来し、文殊菩薩の化身の巫女(みこ)も優雅な舞を披露した。
龍の口から激しい火花が出ると、参道から大きな歓声が上がった。最後は見物客も龍を担いで参加し、一体感を味わっていた。

        
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★虫干しを兼ね宝物公開 左京区・真如堂(真正極楽寺)では、虫干しに合わせて寺宝を公開する恒例の「宝物虫払会」が、七月二十五日に行われる。
虫払会は土用の間に一日だけ実施している恒例行事。
ふだんは目にすることが出来ない境内の宝蔵に納められている貴重な掛け軸や巻物など約二百点を年に一度、「土用」の風を通している。
一例:室町時代、応仁の乱の様子などを描いた「真如堂縁起絵巻」(重文)の江戸時代の写本、室町時代の東福寺の画僧兆殿司が描いた「涅槃図」や、江戸時代の絵師・狩野山雪の「寒山拾得」のほか、狩野探幽の水墨、真如堂の歴代貫首の肖像画など、古美術品がずらりと並らび、参拝者は僧侶の説明を受けながら、名品の数々を間近に鑑賞出来る。
※安倍清明奉納極楽往生の「秘印」の授与と暑気払い「びわ茶」の接待などがある。


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★中風封じで知られる「鹿ヶ谷カボチャ供養」が、左京区・鹿ヶ谷の安楽寺で七月二十五日行われた。
約二百四十余年ほど前の江戸時代末期に安楽寺の住職・真空益随上人が、病気で苦しんでいる人を哀れみ、修行をすると、ご本尊阿弥陀如来から「夏の土用の頃にカボチャを供養すれば中風にならない」との夢のお告げを受けたことが始まりとされる。
独特の京都・綾部産のひょうたん形のカボチャ二百五十㌔、二百個、約千人分が用意され、仏前に供えて供養したあと煮炊きした鹿ヶ谷カボチャを参拝者に振る舞い、中風にならないよう祈願する行事。当日は、寺宝が一般公開される。   

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★右京区鳴滝・三宝寺で土用の丑の日(今年は二十五日)に行われる夏越行事「炮烙(ほうろく)灸祈祷」がある。
最も暑いこの時期に行う日蓮宗に伝わる独特の秘法で、頭痛など諸病を封じるといわれている。
住職が祈祷する中、呪文を書いた直径二十㌢の土製の焙烙を頭の上にのせ、もぐさをのせて僧侶にお灸をすえてもらう。
そして木剣で九字を切られると平癒するというもの。一年で最も暑いとされる土用の丑の日に行われる日蓮宗の祈祷で、暑気払い、中風封じに効くと言われていますが、今では、祈とうが頭の魔を封じることから、学力向上を願い受験の合格祈願に訪れる母子が増えているそうです。
一九四二年から始めた。毎年、全国から大勢の人が訪れる。

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     [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]

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★右京区・五智山蓮華寺で弘法大師が残したと伝えられる「きゅうり封じ」が七月二十四日、二十五日に行われる。
病をきゅうりに封じ込め、病を取り除いたことに由来します。

参拝者はきゅうりに名前、年齢、病名などを記し、御祈祷してもらった後に持ち帰り、朝晩三日間ご真言を唱えながら、からだの具合の悪い部分などをそのきゅうりで撫でて、治癒を願います。四日目の朝、そのきゅうりを清浄な土に埋めるか、川に流すと、病気を持ち去っていくと言われている。


    【祇 園 祭 シ リ ーズ】

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★祇園祭・還幸祭の「花傘巡行」が七月二十四日午前、八坂神社から市内中心部(四条通、河原町通、御池通、寺町通〜八坂神社)にかけて繰り広げられる。
この花傘巡行は、別名「後の祭(あとのまつり)」とも呼ばれています。

花傘巡行は十七日の先祭りと二十四日の後祭りに分かれていた山鉾巡行が統合されたため、代わりに花傘巡行が一九六六年から始まった。
七基の子どもの神輿を先頭に祗園太鼓や笛が鳴り響く中、色とりどりの花を飾った花傘や棒振り、さぎ舞、武者姿の子供達や舞妓さんらが都大路を練り歩き、この行列には四つの花街(祇園甲部・先斗町・宮川町・祇園東)の綺麗どころを始め六齋、鷺舞、鉾、祇園囃子の曳山や山車など総勢計一〇〇〇人の行列が練り歩きます。
芸能色彩が濃い巡行で華やかな雰囲気に約二時間を沿道の観客は見入っていた。


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★祇園祭・後祭の山鉾巡行が二十四日、繰り広げられた。
山鉾十基が堂々とと進み、最後尾では幕末以来一五〇年ぶりに復興した大船鉾が重さ約二トンの巨体を揺らした。前方には緑濃き東山の稜線。眼前の光景は前祭の山鉾に続いた昨年までの「合同巡行」から一変した。前祭に比べ数は少ないながら、個性豊かな後祭の山鉾巡行。掉尾を飾るのはかって「凱旋船鉾」とも呼ばれた大船鉾。御池通寺町では、大船鉾の後方に「花傘巡行が」華やかに姿を見せ、八坂神社へと向かった。

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★七月二十四日夕暮れからの「還幸祭」(後祭・おかえり)は十七日の神幸祭(先祭・おいで)以来、八坂神社の御旅所に安置されていた三基の御神輿(中御座・東御座・西御座)が八坂神社に戻る神事。
夕方から七日間鎮座した四条通新京極の御旅所を出発、三基それぞれ別のルートで氏子町を巡行し、白い法被姿の男衆らが「ホイット、
ホイット」の掛け声に合わせ、神輿を勢いよく上下に振りながら高々と担ぎ上げる「差し上げ」や時計回りに回転させる「差し回し」を披露しながら市内を練り歩き深夜に八坂神社に戻る。
八坂神社に三基の神輿が到着すると境内の明かりをすべて消し、神輿から本殿へ神霊を移す神事「御霊遷し」が執り行われる。

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     [祇 園 祭 シリーズ]

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★祇園祭の後祭(あとまつり)の山鉾巡行(二十四日)を前に、中京区で二十三日、本山修験宗総本山・聖護院の山伏が祈祷(きとう)したり、護摩を焚いたりして、巡行の安全を祈った。
山伏たちは午後に六角堂を出発。ほら貝を吹きながら、ゆかりのある浄妙山と北観音山、南観音山、八幡山、役行者(えんのぎょうじゃ)山を巡拝した。
北観音山では、巡行まで会所の二階に安置される楊柳(ようりゅう)観音座像前で山伏が祈祷した。
修験道の創始者、役小角(えんのおづの)を本尊とする役行者山では、山の前で護摩を焚いた。注連縄(しめなわ)で囲まれた結界に入ろうとする山伏が「修験道の開祖はいかに」などと問答を繰り返し、「合格」すると中に招き入れられた。見物客が取り巻く中、護摩が焚かれると、ビルの谷間にもくもくと煙が上がった。

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★宵山の二十三日の深夜、南観音山で独特の儀式「暴れ観音」が行われる。
ご神体の揚柳観音を台座に縛り付け、激しく振りながら町内を走り回る豪快な行事。 南観音山だけの珍しい儀式。  

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        [ 祇 園 祭 シ リ ー ズ]

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★祇園祭は二十一日、後祭(あとまつり)の宵々々山を迎えた。京都市中心部では、夜になると山と鉾が駒形提灯に照らされ、コンチキチンの祇園囃子(ばやし)が響いた。
後祭は、露店が出ない静かな祭り。市民や観光客は、豪華な懸装品や個性豊かなご神体人形をじっくりと眺めながら、そぞろ歩きを楽しんだ。
後祭の山鉾は、全三十三基中一〇基。京都市中心部の蛸薬師通以北に八基が立ち、それ以南の新町通に南観音山と大船鉾が立つ。
黒主山の町内では、マンション一階に飾り席が設けられた。六歌仙の一人で桜を見上げる大伴黒主のご神体人形が目を引いた。町内の各家の玄関先に、傘をかぶせた提灯が掲げられ、祭り風情を醸した。近くの浄妙山では、平家物語に登場する一騎当千の筒井浄妙明秀と一来法師、鯉山ではヒノキ製の巨大な鯉の木彫が飾られた。

     [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]

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★澄んだ水に足をつけて、無病息災を祈願する「御手洗(みたらし)祭」が二十二日、左京区の下鴨神社で始まった。
セミの鳴き声が響き、夏空から強い日差しが降り注ぐ中、額に汗を浮かべた家族連れらがひとときの涼を楽しんでいた。平安時代に貴族が夏の疫病を防ぐためにみそぎをしたのが起源とされ、「足つけ神事」とも呼ばれる。
この日は早朝から多くの人が訪れ、境内の御手洗池に入った。地下からの水の冷たさに歓声を上げながら、手にしたろうそくの火を消さないようゆっくりと進み、台の上にそっと供えていた。
土用の丑(うし)の三十日まで行われ、献灯は午前五時半〜午後十時に受け付ける。

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★京の夏を彩る伏見稲荷大社の「本宮祭」が七月二十二日と二十三日に行われる。    
二十二日の宵宮祭では、
午後七時から稲荷山をはじめ、境内全域にある石灯籠と数千もの奉納された提灯などに点火され、京野菜や花を描いた行灯画など幻想的な雰囲気が漂う中、「万灯神事」が行われ、浴衣姿の家族連れが柔らかな光の中で夕涼みを楽しんだ。  
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本宮祭(二十三日)は、稲荷大社の分霊を祀る全国の崇敬者が年に一回,本社に参拝する盛夏の大祭。日没から,鳥居が連なる稲荷山参道などで約六千個の提灯に次々と明かりがともった。参道の灯籠約三百五十基,奉納された提灯約数千個にともす神事が厳かに行われる。
本殿周辺では,京都市やその近辺に在住する日本画家や洋画家、工芸家らが奉納した約四百点が行灯画として色鮮やかに展示され、夜風に吹かれながら訪れた人たちの目を楽しませ、夏の夜を満喫していた。
 

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    [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]

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★夏を乗り切る“秘伝” 「きゅうり封じ」
きゅうりに病気を封じ込め、健康を祈る夏の伝統行事が土用の入りの二十一日と土用の丑の日の二十五日に北区西賀茂・神光院で営まれる。  午前七時〜午後四時半まで。
神光院は弘法大師(空海)ゆかりの寺で、「京の三弘法」の一つと称される。   
きゅうり加持は弘法大師が中国から持ち帰った疫病除けの秘伝とされ、同寺では体力の衰えやすい盛夏の弘法大師縁日の丑の日前後に営んでいる。
用意されたきゅうりは約千五百本。参拝者の名前や数え年と病名を書いた祈願文に包まれたきゅうりを本堂で祈祷を受けた後、きゅうりを家に持ち帰り、身体の悪い所を撫でて地中に埋めると土にかえる頃には病気も自然界にとけ込み、消滅するとされ、健康で猛暑を乗り切れる。  境内のきゅうり塚に埋めることも出来ます。

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