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    【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

§「七夕」の七日、京都市内の神社では、ササ飾りが並ぶ境内で、さまざまな七夕行事があり、大勢の参拝客でにぎわった。


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★北野天満宮では、午前中に神前に菅公愛用の「松風の硯」や水差し、梶の葉(短冊の代用品として使われていた)、季節の野菜、御手洗団子等をお供えして御手洗祭を行います。
また、午後から七夕祭として、楼門前広場で七夕の踊り等があります

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★地主神社と言えば本殿前の「恋占いの石」が有名ですが、今日は七夕の日。紙の「七夕こけし」に、自分の名前と相手の名前をそれぞれ仲良く書いて笹竹に吊し、良縁達成・恋の成就祈願をします。
縁むすびの神さま、大国主命を主祭神として祀っており、境内にある一対の「恋占いの石」。一方の石からもう一方の石へと、目を閉じたまま歩いて無事に辿り着く事ができれば恋が叶うと言われています。

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★「七夕」の七月七日、平安時代に蹴鞠を大成した公家・飛鳥井家が守護神として「球技や技芸の神様」として知られる精大明神を祀る上京区・白峯神宮で、恒例の「精大明神例祭」が催され、境内では蹴鞠保存会による蹴鞠奉納と「織り姫」「彦星」役の他、地元の五歳から十二歳までの女児二十人が、元禄時代の鮮やかな衣装に身を包んでおしろいに紅を差し、太鼓を打ち鳴らし、短冊で飾ったササの周囲を音頭に合わせて優美な七夕小町踊「織姫舞」を奉納する。
小町踊りは、元禄年間に西陣の少女が芸能の上達を祈り踊り歩いたことや、公家が七夕の日に詠んだ歌を御所に届ける文使の共が、道中で舞った踊りが始まりとされる。同神宮では元禄時代の衣装を復元し、一九六二年から毎年この日に披露される。蹴鞠の奉納も行われる。

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 §蹴鞠について§
日清戦争の際、広島の大本営で京都在住の公家が明治天皇に蹴鞠を披露した。その後、天皇から蹴鞠を保存せよとの御下賜があり、明治三十六(一九〇三)年に蹴鞠保存会が出来た(今年で創立百十年目)。
雅な王朝風の遊戯であり、サッカーの元祖とも言われる。
蹴鞠の歴史は、約千四百年前に中国から仏教とともに日本に伝わった。
鎌倉時代には後鳥羽天皇のバックアップもあり、「蹴鞠道」として出来上がった。
公家は「歌鞠両道」といって、和歌と共に蹴鞠は必要条件だった。
蹴鞠は勝ち負けがないのが特徴で、使うのは右足だけで、ひざを曲げず、靴を地面に擦るようにして蹴る。鞠を受けたら三回目に上半身は動かさずに相手に渡すのが基本。
蹴鞠の際の掛け声「アリ」・「ヤウ」・「オウ」の意味は神様の名前を呼んで応援を請うている。アリは夏安林、ヤウは春陽花、オウは秋園。鞠の製法は裏返しにした二枚の鹿皮を、馬の背皮で縫い合わせている。
蹴鞠を行う庭は約十五㍍四方の大きさで、四隅に掛かり木があり、神様が宿っているとされ、鞠庭に入るのは、神仏に祈るような心境。装束にも特色があり、装束や烏帽子は位によって色や形が違う。袴は張りがある葛で作られる。鞠靴は革の靴と足袋をくっつけ形で、脱げにくい。
「逸 話」… 蹴鞠で脱げた中大兄王子の靴を藤原鎌足が拾ったことで二人が接近し、六四五年の大化の改新につながったと言われる。

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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】
イメージ 1★水の神を祭る洛北・貴船神社は毎年、六月一日に「貴船祭」が行われる。
神武天皇の皇母の玉依姫が黄船に乗って貴船川をさかのぼり、この地に祠を建てたイメージ 4ことに始まるという。
かっては四月と十一月の両月に行われていた貴船御更衣祭に起源する。
特に四月の祭は、その昔参拝者がいたどり摘み競争を行っていたことから、俗に「いたどり祭」とも呼ばれた
乙女舞・御神輿発興祭・奥宮例祭・お千度詣・出雲神楽奉納がある。   
      
 
★上京区・北野天満宮で六月一日、平安時代から続く通称「雷除大祭」といわれる雷除け、火難除け、五穀豊穣祈願が営まれた。
火雷神をまつる摂社・火之御子(ひのみこ)社の例祭。「北野の雷公」と親しまれ、平安時代からイメージ 6雨ごいや豊作祈願の対象。最近は電気工事関係者などが安全祈願に訪れる。
古式通り火打ち石で火を起こして祈祷された雷よけのお札やお守りが授与される。
雷が雨を呼ぶことから豊作のご利益もあるとされ、農業を営む人からの信仰があつい。
境内絵馬所では京都産業大学落語研究会による落語や漫才等の演芸が催されます。
当日は野菜の種苗等の露店も出て、たくさんの参拝者が訪れる賑やかな一日です。
 
★嵯峨・車折神社は、六月一日より一ヶ月間に亘って、茅の輪くぐりができイメージ 2唯一の神社で、境内には人形が置いてあり、半年の罪や汚れを移した人形(ひとがた)を献納して、いち早く身も心も清らかになり、下半期を無事に過ごせるよう祈イメージ 5願する。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【京 の 季 節 の 花 だ よ り】
イメージ 3★花の寺として知られる宇治・三室戸寺アジサイ庭園でアジサイが咲き始め、六月一日より七月十日まで庭園が公開される。
境内の庭園には三十種、一万株が植えられ、杉木立の間に咲く様は紫絵巻のようで素晴らしい景観です。
青、紫、白、ピンク、赤・・色とりどりの西洋アジサイ、額あじさい、柏葉アジサイ、幻の紫陽花・七段花等が咲き乱れ、『あじさい寺』とも称されています。
アジサイが目を楽しませてくれる、京都最大の規模を誇る。
紫陽花は咲き始めの淡い色からシーズンの深まりとともに紺、紫へ微妙に変化するという。
六月中頃には見ごろを迎え、十一日から二十六日までの土、日の週末だけの夜間拝観が実施され、青や水色のアジサイが竹のオブジェに刻まれた文様を通して浮かぶほのかな光がアジサイを照らしている。ライトアップされた庭は幻想的な雰囲気に包まれる。
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】
 
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イメージ 2★東山区・清水寺で、清水の舞台を勇壮な龍が練り歩く「青龍会」が、三月十五日〜十七日まで観音加持として行われる。イメージ 3
清水の音羽の滝に、観音の化身である青龍が飛来したとの故事にちなむ催し。
ほら貝を吹き先布令を行う「転法衆」を先頭に音色が響きわたる奥の院を出発し、青龍を守護する十七㍍の「四天王」・「夜叉神」・「十六善神」・「会奉行」らの神々を模した行列・大群会道が清水寺の境内から清水坂を練り歩く。
なかでも、観音の化身である青龍を掲げる龍衆は風雅で迫力満点
 
 
 
イメージ 4★右京区・清涼寺(嵯峨釈迦堂)で三月十五日、釈迦が入滅した日に遺徳を偲ぶ「涅槃会」で披露される重要無形民俗文化財の「嵯峨大念仏狂言」が、狂言堂で特別公演される。
夜には涅槃会法要のイメージ 5後、釈迦涅槃の荼毘(だび)を暗示する伝統行事で、京都三大火祭りの一つで春の到来を告げる、「お松明式」が営まれる。
お松明式は、逆三角すい形に組んだ高さ約八㍍、直径約二.五㍍の松明が三基あり早稲、中稲、晩稲に見立て燃やし、それぞれの火の勢いでその年に豊作になる稲を占う伝統行事で、起源は不明だが江戸時代には行われていたという。
材料は赤松の枝とフジのつる。材料探しや松明作りは感覚的な要素が多く、後生に残せるよう経験を伝えることに苦労している。
 
★天龍寺……法堂で刺繍製の「八相大涅槃図」公開は二十一日まで。
 
イメージ 6★本法寺……長谷川等伯が六十一歳の時に描いた日本最大級の縦十㍍、横六㍍の「釈迦涅槃図」(重文)   は、 桃山時代に隆盛を誇る狩野派に対抗して独自の画風を 創造した彼の気迫が感じられ必見です。 國の名勝である光悦作の「三巴の庭」も鑑賞することが出来る ..
公開はは四月十五日まで。 
 
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】
 
イメージ 1★北区・上賀茂神社で一月十四日、「御棚会神事」が行われる。
三段で一畳程の棚に、山海の珍味を盛り、神様に捧げます。四人の白丁(はくてい)が棚を担ぎ、玉橋〜楼門〜中門〜斎庭と移動して運び,神事を行い、その後境内の各摂社に献饌してまわります。
 
イメージ 2★伏見区・日野の法界寺で一月十四日夜、寒中の伝統行事「修正会裸踊り」が行われる。
厳しく冷え込んだ境内で、下帯姿になった男達が「ちょうらい(頂礼)、ちょうらい」と勇壮に叫んで体をぶつけ合う。
元旦から二週間、薬師堂で五穀豊穣・天下太平を願って厳修してきた修正会の最終日の行事で、江戸時代中期から続くとされる。
薬師堂で厳かに法要が続くなか、下帯姿の子供達や成人男六十名ほどが国宝・阿弥陀堂を駆け抜けて登場。
寒の入りの一番寒い底冷えの時期だけに、その寒さを吹き飛ばす勇壮イメージ 3な踊りは、頭の上で力強く両手を打ち鳴らし、井戸水を浴びた男たちが激しくもみ合って踊ると、体からは白い湯気が上がり、境内は熱気に包まれた。
乳薬師と親しまれる安産・授乳の神様で、裸踊りのふんどしは安産の腹帯として人気がある。裸踊り終了後まかれる「牛王札」も人気で、取り合いになります。
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】
 
イメージ 1★初詣に混ざって親に付き添われた子供の姿が目に付く北野天満宮。
「筆始祭」で神事のあと、子供達が書き初めを行う。
真剣な表情がかわいらしい、新春の風景です。三日間で約四千点の作品が奉納される。
天神書きともよばれる子供達の書は一月中旬頃から、境内に張り出されます。
書家としても知られる道真公遺愛の硯や角盥などを神前に供え、書道上達を願います。
 
イメージ 2★洛北大原・来迎院は慈覚大師・円仁が創建した天台宗古刹。一月二日に「修正会」が行われる。
大師が中国で学んだ声明を日本に初めて伝えた地とされています。その声明が唱えられる中、来迎院町の青年達が本堂に集まり、時を見て鉦・太鼓を打ちならし、一斉にササラをすりながら堂内を円座をなして回り、声明のじゃまをします。
ついには法力で堂外に追い出され、邪気を祓い無病息災を祈願するというもの。午王宝印が無料で授与されます。
 
イメージ 3★右京区・広隆寺で一月二日に「釿始め」(ちょうなはじめ)が行われる。
建築関係者の一年の無事を願う古式ゆかしい仕事始めの儀式です。
「わ、き、ず、え、よぃ〜と〜」。響き渡る木遣り音頭は労働の喜びと施主の誇りを託したもの。音頭の流れる中、狩衣をつけた職人さんが宮大工さながらに古式にのっとり、木材の運搬・計測・荒削りといった所作を演じていきます。
番匠が行う斧始めは、奈良時代に起源を持つもの。一般の番匠の家でも昭和初期まで行われていましたが、まもなく消滅。番匠保存会が昭和五十六年に年頭儀式として釿始めを復興しました。儀式用の宮大工の道具が興味深い。 
 
イメージ 4★東山区の八坂神社で一月三日、新春恒例の「かるた始め」が行われ、古式ゆかしい王朝絵巻さながらの優雅な催しに大勢の参拝客が楽しんだ。
八坂神社の祭神スサノオノミコトの詠んだ「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作るその八重垣を」と日本で初めての和歌を詠み、和歌の神とされることにちなむ行事で、お正月気分を充分に満喫できます。
イメージ 5和歌の起こりとの伝承にちなみ、百人一首ができた京都でかるた文化の伝承をしようと催している。今年で四十一回目。
会場になった境内の能舞台には、初詣の雑踏が続く中、神前にかるたを奉納したあと、十二単におすべらかしの王朝装束に身を包んだ水干姿の童子、童女や、紅袴に子袿姿の古式ゆかしい衣装を纏ったかるた姫が二十四が、二人ずつ向かい合い、百人一首の札を取り合う「初手合わせ」(歌の上の句を読み上げると、かるた姫らは「はいっ」と声をあげながら床に並べられた下の句の札を取り合う)を行った。
 

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