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八百長、野球賭博に比べれば、朝昇龍の事件はナンだったんだと思う。
朝昇龍一人の素行が少しぐらい悪くたってたいした問題ではない。
異国でがんばっているモンゴル人一人を集中攻撃して、
「横綱としての品格に欠ける」と相撲協会も横綱審議委員会もマスコミも世論も騒いだけれど
「品格」ってナンだ!今の問題はあまりにもひどい。国技と呼ぶのを止めるべきだ、恥ずかしい。
相撲界は、相撲部屋の運営にしきたりが多いし、閉鎖的。
もともと相撲は神技でもあるから、宗教的な意味合いが多いが
それをどこまで若い力士や外国人が理解してやっているか。
むしろ一般的なスポーツとして、誰にでもわかりやすいようにする工夫が必要かも。
まわしやまげは日本人としては残して欲しいが、あれがある限り、世界的な
スポーツには絶対にならない。
柔道が世界的な競技になる過程で、「カラー柔道着」や体重別を認めざるを得なかったことを
考えれば、相撲もそのぐらいの抜本的な改革をしたらどうか?
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マスコミは事実を報道しているだけと、思っているだろう。
しかし事実なんてのは、所詮、書いた人の主観のバイアスから逃れられない。
報道は、読者だどう食いつくかが一番の問題。
つまり、結局、電車のつり広告と同じで、いかにセンセーショナルな見出しを
つけるかが重要。
民主党が、政権交代を望んだ国民の期待を大きく裏切ったのは、もう事実だが、
このあとどうなったら、日本国民にとってよくなるのだろうか。
マスコミにはそのビジョンはない。
インターネットで、人はだいぶ情報を自分で選ぶ自由を得た。
しかし情報の元が既存の報道では、なかなか難しい。
「どうなる、どうなる」ではなく
国民の一人一人が
「どうする」と考える時代にならなければならない。
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いかに人を育てるか |
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