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 明治の時代、日本は不平等条約を改正し、世界の一等国として列強と肩を並べるために、自ら文化革新をしようとした。鹿鳴館などがその象徴だが、ついこないだまでチョンマゲを結って、または着物を着ていたご婦人が欧米の猿まねをして、洋装でダンスというのは、今考えれば滑稽なことだが、あの時代は必死であった。そうしなければ日本が生き残れないと考えていたからだ。豊かな時代に生まれて、生きてきた現代日本人は笑えない。

 日本は今後、世界から必要とされない国になる、このままでは。

 空間としての面積を占め、そこに人が住んでいれば、確かにその国がなくなることなど、今の日本人には考えられない。かつての植民地時代のように武力を持って、国境を乗り越え他国を侵略、占領するということは、ありえないかもしれない。だから「生き残る」うんぬんという話は、想像できないから、明治時代の人々のような危機感は持てないのかもしれない。

 国と違って、民間企業は常に生き残りをかけて、切磋琢磨している。成功し、存続するために企業は海外へ生産工場を移し、そしてマーケットも世界に広げる。最近は世界市場を主な舞台とすることを目的に、社員の意識改革を進めるため「社内英語効用化」を宣言した企業が出てきた。ユニクロや楽天だ。このような動きは、日本人の国際化を進めるのだろうか。国際的な視野を持った日本人を育てるのだろうか。

 残念ながら違うと思う。将来を見据えた企業はもっと大きく舵を切ったのだ。企業が発展するために、社員が日本人である必要がないということだ。新卒の就職が超氷河期を迎える中、優秀な留学生の採用は増えているという。新卒採用の2割、3割を留学生にした企業もある。新卒の日本人を入社させて、研修に時間とお金をかけて英語や中国も学ばせ、ゆっくり育てる時間などない。もともと英語も中国語も、そして日本語もできる留学生を採用した方が世界戦略に有効である、という判断は当然だ。

 昨今の新卒大学生はゆとり教育の真っ盛りの世代である。もちろん玉石混交だとは思うが、ろくでもない日本人より優秀な留学生ということなのだろうか。サバイバルレースを勝ち残るために必死な民間企業は、日本の政策に注文をつけたり、教育制度に意見を言ったりするより、日本を相手にせず、活動の舞台を世界市場にして、世界中から優秀な人材を集めた方がいいという判断をしたのだ。年功序列、終身雇用が形骸化した今の時代は能力主義であり、国籍も問わずという方向になりつつある。

 日本は企業に見捨てられる。たかだか5%法人税を下げても、根本的なこの動向に気づかなければ、企業は海外に逃げ、雇用するのは優秀な外国人となる。

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