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マタイによる福音書10章32節〜11章1節 「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ」(10:34)。この言葉に、衝撃を覚える人は、少なくないのではないでしょうか。平和の主と呼ばれるイエス様が、なぜ、こんなことを言われたのでしょうか。 「もたらす」と訳されている言葉の、基本的な意味は「投げる」です。つまり、「平和をもたらす」という言葉には、「平和」が外側から投入されるというニュアンスが含まれているわけです。ここが、重要なポイントなのではないでしょうか。イエス様は、山上の説教の中で、「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」(5:9)と言われました。「平和」というのは、外側から投入されるものではなく、内側から実現していくものなのだということです。 そして、そのためには、私たち自身が、変わらなければなりません。置かれている現実に満足せず、平和を作り出すために変わっていかなければなりません。その時に、必然的に起きる衝突があります。それは、変化を嫌うものとの衝突です。変えたくない、変わりたくないという力との衝突です。この衝突とどう向き合っていくかが、問われているのです。 それまでの自分の生き方や、在り方を変えるということは、大変なことです。大きな決断のいることです。しかし、イエス様は、「わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである」と教えています。変わっていく先に、本当の命との出会いが約束されているのです。この約束に向かって、ご一緒に、一歩踏み出してみませんか。(村田悦牧師) |

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