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マタイによる福音書12章15節〜21節 福音書を書いたマタイは、イエス様に、勝利の期待を寄せる一人でした。預言者イザヤが語った神の僕についての預言の成就をイエス様に見たのです。 かつて、預言者イザヤは、神の僕が「裁きを勝利に導くまで、彼は傷ついた葦をおらず、くすぶる灯芯を消さない」と語りました。「傷ついた葦」「くすぶる灯芯」とは、バビロンによって捕囚され、身も心もボロボロになったイスラエルの民を表しています。捕囚の民として、自由を奪われ、信仰を奪われ、神の民としてのアイデンティティーさえも奪われていく。そんな民を前にして、また、そんな民と共に、イザヤは、勝利の望みを、神の僕に託すのです。 イスラエルの民にとって勝利とは、捕囚からの解放と祖国イスラエルの復興を意味しました。イスラエルの民の大多数は、すでにそのことを諦めていたでしょう。しかし、イザヤは、最後までその望みを捨てずに、語り続けたのです。 福音書記者マタイは、イザヤが語ったその期待を、イエス様にかけるのです。福音書が書かれた時代、教会は、迫害にさらされていました。イエスがキリストであると語れば語るほど、迫害されたのです。きっとその中で、信仰が揺さぶられたり、問い直されたりしたでしょう。自分たちのしていることが正しいことかどうか、わからなくなった時もあったでしょう。でも、マタイは、望みを捨てないのです。イエスにある勝利を信じ、望みをかけるのです。 イザヤやマタイが、困難な中にあって、望みを捨てず、勝利を期待し続けたように、私たちも、イエスにある勝利に望みをかけていきましょう。信仰の言葉が虚しく響く世の中にあって、それでもなお、信仰に固く立っていきましょう。イエス様は、私たちの勝利のため、罪からの自由と解放のために、今日も、明日も、戦い続けられるのです。その戦いは勝利するまで終わることはありません。私たちは、その勝利に、期待しましょう。(村田悦牧師) |

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