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コリントの信徒への手紙12章12節〜27節 本日は、創立65周年記念礼拝です。これまでの歴史に感謝しつつ、新しい歴史に向かって、祈りを合わせ、共に歩みだしていきたいと思います。しかしながら、私たちが踏み出す一歩は、どこに向けての一歩であるべきなのでしょうか。私たちが目指すべき教会とは、いったいどのような教会なのでしょうか。本日の箇所は、教会を語る上で、必ずと言ってよいほど頻繁に触れられる箇所です。教会とは何か、教会は何を大切にすべきなのかということを、教えています。 パウロは、教会を、キリストの「体」と言い、また一人一人はその「部分」であると言っています。手や足などの様々な部分があることによって一つの体が形成されているように、教会にも、多くの部分が必要なのです。しかも、その部分には、それぞれ違う役割が期待されています。足には足の、手には手の役割が期待されているのです。そうして一つ一つの部分に、それぞれ固有の使命が与えられているのです。どの部分も、決して、軽んじられることはありません。全ての部分が必要なのです。 当時、コリント教会の人々は、そのことを見失っていました。神様から与えられた霊の賜物を、個人の優劣と結びつけ、人々は、能力ある者を価値ある者と考えました。そして、ある者は傲慢になり、ある者は自らを貶めていました。人々は、教会の中に、必要な人と、そうでない人がいると考えました。そのような考えが、コリント教会を、危機に追い込んでいったのです。 教会は、「キリストの」体です。私たちは、キリストの体を担うのです。一人で担うのではありません。皆で担うのです。あなたはどこを担いますか。あなたに託されている使命とはなんですか。共に見つけていきましょう。(村田悦牧師) |

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