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マタイによる福音書10章16節〜25節 本日の箇所には、弟子たちが遭遇するであろう困難について、語られています。イエス様は、弟子たちを、安全地帯に遣わされたわけではなく、むしろ、危険地帯に遣わされていくのです。 「暗闇は光を理解しなかった」(ヨハネ1:5)と語られているように、この世は、イエス・キリストを理解せず、むしろ拒絶し、十字架につけて殺してしまいました。そんな世の中に弟子たちは遣わされていくのです。そんな世の中で、主を告白し、主を宣べ伝えるのです。ゆえに、弟子たちは、苦難を避けて通ることができないのです。 「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」(22節)。この全く同じ言葉が、他の箇所にも記されています。恐らく昔の教会において、皆がよく口にしていたイエス様の言葉だったのだと思います。イエス様を信じていると言えば言うほど、かえって苦しめられる現実の中で、人々はこの言葉を言い合ったのです。 「最後まで」ということは、苦難にも、終わりがあるということです。だからこそ、信仰に留まろうではないか!主を待ち望もうではないか!希望を放棄しないで歩もうではないか!そう語りかけられているのです。 「苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む」とパウロは語ります。私たちは、苦難の中で、変えられていくのです。希望へと向けられていくのです。「最後まで」という期間は、そのために備えられた期間なのかもしれません。(村田悦牧師) |

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